見出し画像

W杯で浮き彫りとなったイスラム経済圏の発展とグローバリゼーションの課題

大盛況で終わったW杯とカタールの人権問題

世界中を熱狂の渦に巻き込んだFIFAワールドカップのカタール大会は、2022年を締めくくるにふさわしい素晴らしいスポーツイベントだった。反面、カタールでの開催は欧米を中心として倫理上の問題が懸念事項として挙げられ続けてきた。特に、スタジアム建設などの開催に向けたインフラ整備で対象に雇用された外国人労働者(移民労働者)に対する人権問題がクローズアップされた。ガーディアン紙によると、カタールW杯開催が決まった2010年から2020年の間に6500人以上の外国人労働者が死亡したと報じられている。

また、カタールはLGBTQ(性的少数者)への差別や、女性の権利侵害でも非難を受けた。これらの問題は、イスラム教の戒律(イスラム法)と密接な関係を持つため、一概に欧米の価値観で語れないことだ。イスラム教では、原則としてLGBTQ(性的少数者)は認めず、教育や就労など女性の権利も制限される。世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数で116位の日本より低い順位の国の多くがイスラム圏の国家だ。(イスラム圏のマレーシアとインドネシアは日本より順位が上だが・・・)

これらの問題は、カタールという国の事情とイスラム教という宗教の問題が関係してくるため、欧米の価値観で簡単に判断を下すことが難しい。そのため、イスラム圏の経済学者や経営学者との議論で必ず出てくるのが「イスラム経済」という言葉だ。イスラム圏の国家や企業は、明確に「キリスト教的な欧米の価値観とは違う世界で生きている」と意識している。

労働力を大量の外国人労働者に頼る小人数国家の課題と戦略

よく私たちは「日本は小さい国」だと言うが、中東には日本ほど多くの人口を持つ国家はない。いわゆる中東と呼ばれる13カ国の人口を観てみると、人口が最も多いイランとトルコで約8千5百万人だ。第5位のイエメンが約3千1百万人で第6位のヨルダンで約1千万人まで落ちる。今回のカタールになると人口はわずか2.6百万人しかいない。カタールは大阪市よりも人口が少ない。
カタールは人口の少なさに加えて、自然環境も過酷だ。国土の多くが乾燥した砂漠地帯であり、夏場の日中は摂氏50度近くまで上がり、冬季は摂氏5度まで気温が下がることもある。雨もほとんど降らず、降水は年平均100mmとごくわずかだ。しかも地下水は飲料用や灌漑用には適さない。そのため、水資源は海水を淡水化する大規模な浄水施設に頼るしかない。
つまり、過酷な自然環境の中で生活するためには大規模なインフラが必要となるが、インフラに従事するだけの国民がいない。そのため、原油と天然ガスで得た利益で、マンパワーのいる労働集約的な産業を外国人労働者に依存してきた歴史がある。
このような状況はカタールだけではなく、UAEやバーレーンなどの他の産油国でも同様の問題を持つ。ドバイのブルジュ・ハリファのすぐ下には建設で命を落とした外国人労働者の碑が建っている。かといって労働者保護を手厚くすると、ただでさえ何をするにも高コストなカタールの生産性が低下する。もちろんマネジメント上の問題もあるだろうが、過酷な自然環境で肉体労働に従事する外国人労働者は労働環境を良くしたくても難しいカタールの事情もある。
カタールとしては、外国人労働者の問題に対処するよりも、有限である天然資源に依存した産業構造を改革する方が優先度が高い。その中で、20008年に打ち出した知識集約型経済への転換を目指した「National Vision 2030」でのスポーツビジネスへの投資とブランドの強化は最優先事項となっている。世界的なスポーツイベントの開催地となることで観光産業を活性化させるとともに、自国のアスリート育成にも投資を惜しんでこなかった。その成果の1つが、AFCアジアカップ2019の決勝で日本を下して手に取った優勝だ。

中東のスポーツと観光戦略から学ぶことは多い

オイルマネーと一括りにされがちだが、中東諸国はイスラム教の戒律と折り合いをつけながら、世界経済の中でプレゼンスを発揮するための戦略を立て、取り組んでいる。
小国家であるためにできることが限られているからこそ、切ることのできる手札と資源の選択と集中を行っている。そのビジョンと戦略性から、日本が学ぶことは大いにあるだろう。
特に、日本の地方は規模としては中東の1国家と大差がない。自分たちの持っている資源と手札を整理し、そこから持続可能な発展のためにどのようなビジョンを描き、戦略を導き出すのか、中東の小国家で見られる戦略性から大いに学ぶべきだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?