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私の「好きな起業家」・坂本孝さんへ(追悼)

たまに「好きな起業家は?」と聞かれることがあって、そのたびに「坂本孝さん」と私は答えてきた。最近、たまたま友人が坂本さんと親しいと聞き「ぜひ機会があれば、お目にかかりたい」とお願いしたところ「今は体調を崩されているので元気になったら紹介するよ!」とお返事をもらっていた。しかし、それが叶うことはなく今年1月26日、坂本さんは81歳の人生の幕を下ろされた。今日は、追悼の気持ちを込めて、私がなぜ坂本さんのことを「好きな起業家」として回答するようになったかを書きたいと思う。

「ブックオフ」「俺の」の創業者、坂本さん

よく知られている通り、坂本さんは「ブックオフ」の創業者だ。そして、「ブックオフ」の会長職を辞した後に、「俺のイタリアン」「俺のフレンチ」など「俺の~」シリーズで知られる「俺の株式会社」を創業した。今風にいえばシリアルアントレプレナー(連続起業家)だ。そして素晴らしい経営者でもある。ブックオフは名前の通り、古本販売からスタートした。俺の、は飲食店だ。私が好きなのはここだ。つまり、坂本さんにとっては、書籍販売も飲食業も同じなのだ。坂本さんは、業界の違いも、業界のルールも掟も常識も顧客価値の最大化の前には優先順位を下げることができる人なのだと思う。
「顧客(エンドユーザー)にいかに価値を提供するか」ここ1点に集中したtoC(一般消費者)向け事業創造と行動力とブレない信念を尊敬している。

ブックオフは業界の掟破り

出版業界には、再販制度(正式には再販売価格維持制度)というものがある。出版社が書籍、雑誌の定価を自社で決め、書店などで定価販売ができる制度のことだ。出版社と販売会社(取次)、販売会社と書店、それぞれの間で再販契約を結んでいる。しかしブックオフは消費者から本を買い取り、それをまた消費者に売るので、この再販制度には則っていない。ブックオフ創業は1991年だから、まだインターネット登場前夜の時代である。さぞかし出版業界から敵視されたことと思う。(私は、インターネットの黎明期は1995年のWindows95発売からはじまり、1999年にiモード登場でネットの民主化が始まったと考えている)
しかし、おそらく坂本さんにとっては関係ないのだ。業界ルールは知っていても、それが本を売りたい消費者やお得に買いたい消費者には関係がないことだから、坂本さんが大切にする「顧客(エンドユーザー)にいかに価値提供するか」にとってみれば、優先順位を下げられるものなのだろう。
※再販制度およびブックオフに対する是非は両者に主張があるところなので、ここでは置いておく。つまり以下のブログのようなことだ。(ブログ:ブックオフは出版業界の「悪」なのか?)

私は前職在籍時代も観光振興による地域活性化に取り組んでいたたため、ある時、スノーアクティビティ人口を回復させたくて「雪マジ!19」というプロジェクトを開始したことがある。スノーアクティビティを最初に始めることが多い年齢が19歳と特定し、市場エントリー年代だけをリフト券無料にすることで参加人口を増やそうと考えた。ロジックとデータを携えて日本中の雪山を行脚して説明したわけだが、これがもう、私の想像をはるかに超える賛否両論で、もの凄かった。「おもしろいね!」と飛びついてくださる経営者もいれば顔を真っ赤にして怒鳴り怒りまくる経営者もいた。業界では「加藤さんがやってきても話を聞くな」と事前にお触れが回っていたし「夜道に気をつけろ」とも言われたが、そんな勇気のある業界ならここまで縮小していないのではないかと考え、気にしないことにした。ただいくら私が前職で「鈍感力」を鍛えてきたとはいえ、生身の人間なのでやっぱり怒鳴ったり怒られたりすれば、傷つくし、かなり落ち込んだ。そんなとき、もちろん規模は圧倒的に坂本さんのほうが大きいから、くらぶべくもないのだが、坂本さんの「ブックオフ」にまつわるストーリーは私に沢山の勇気をくれたのだ。

「俺の」も常識破りで顧客価値を最大化

坂本さんにとって業界の垣根は全く関係ないのだろう。書籍販売の次は飲食店業だった。
2011年9月、「俺のイタリアン」を東京・銀座にオープン。フォアグラやオマールエビといった高級食材を使って有名店出身のシェフが料理しながら、1000円台という安価で提供する今までにないレストランは大きな話題を呼んだ。通常、飲食店の食材原価率は3割程度に抑えないと経営が成りたたない。家賃や人件費の他に集客のための広告宣伝費もかかる。私は前職でホットペッパーグルメという飲食店が広告主である事業をやっていたため、いかに「俺の」のスタイルが型破りなのかがよく理解でき衝撃を受けた。でも、顧客(エンドユーザー)にとってみれば自分の支払うお金が広告宣伝費に使われるより食材原価に使われる店に行きたいに違いない。だってレストランの価値は様々なあるといっても、間違いなく主たる価値の1つは「美味しい料理」にあるだろうから。
やがて「俺のフレンチ」が登場する。私は再び度肝を抜かれた。なんというか、イタリアンはまだわかる。立食スタイルもカジュアルで活気があっていい。しかし、フレンチやぞ。フレンチの名店といえば「マキシム」とか「ジョエルロブション」みたいな名前が頭にちらつく。シルバーの数も多く外側から順番を守って使えとか、ある程度はドレスコードも気になるとか、スープを音を立てて飲むなぞ言語道断とか、常識・マナーに関しては人より疎い私ですら、「イタリアンより大変そう」という想像はつく。しかし、坂本さんの「美味しいものを安く食べられれば広告宣伝なぞしなくても、人は集まる」というシンプルな事業創造の前にはフレンチだろうとイタリアンだろうと何も関係ないのだ。

「真の価値を生み出す人」へのリスペクト

そして坂本さんの事業には「真の価値を生み出す人」へのリスペクトが根底に流れていると思う。例えば、坂本さんは「俺の~」創業のモチベーションを以下のように語っている。(引用元:https://net.keizaikai.co.jp/35281#i-7)

料理人のほとんどが専門学校卒業生なのに、10年後にはそのうちの1割しか業界に残っていない。なぜなら厨房に魅力がないから。おいしい料理を食べたいお客さんは山といる。しかも日本食ブームが起き、日本の料理人の腕は一流であることが世界に知られるようになった。まさに料理王国日本です。それなのに料理人が、厨房で働くことに魅力を感じていない。ならば料理人が職業に誇りを持ち、料理が楽しいと思える職場をつくろうと思ったのです。

またブックオフを去る時の心残りについて以下のように語っている。
(引用元:https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00059/020300335/?P=2)

4月1日、愛媛県の松山市に「俺の」で初のフランチャイズ店となる「俺のフレンチ松山」がオープンした。そこでは、ブックオフの加盟店だったオーナーが経営に当たっている。
 「今、思い悩んでいるのは、ブックオフで一緒に戦ってくれたオーナーさんたちに、もう一度、ビジネスで恩返しをすること。途中で投げ出したことが、とにかく悔しい。この償いが終わらないと、僕のブックオフ人生は完結しないと思っている」

私も超零細スタートアップの経営者として、わかるのは、経営というのは抽象度の高い仕事である。顧客(エンドカスタマー)へ価値提供をしたいと思っていたとしても直接、お客さんに美味しい料理を提供するのは料理人だし、ブックオフの店長なりスタッフだ。しかし、直接、自分がお客さんの笑顔をみたり感謝の言葉をもらう立場になってしまっては事業がスケールしない。ここのジレンマが起業家にはあると思う。
だからこそ、顧客(エンドカスタマー)に対して直接の価値提供をしてくれる料理人やフランチャイズオーナーに対して坂本さんはリスペクトを忘れなかったし恩返ししたいと思い続けてきたのだろう。

私なぞは坂本さんとくらぶべくもない駆け出しひよっこ経営者なのだが、それでもその気持ちはすごくわかる。私がWAmazingを創業した理由は日本の観光を支える事業者さんたちの力になりたいという気持ちが大きい。現場で地域を愛し旅行者の笑顔のために、料理をつくったり、掃除をしたり、温泉の管理をしたり、雪を圧接したりしている人を尊敬している。しかし私がその現場に入ってしまったら、日本中の事業者さんに貢献することはできないから、「訪日向け手の中の旅行エージェント」なんていう抽象度の高い事業を、これまた抽象度の高い経営という立場で始めることにした。

時代の空気を先駆けてかぎ分ける嗅覚と行動力

ブックオフの創業は1991年。実はバブル経済崩壊は1991年とされる。バブルは崩壊し、日本経済は長期の経済停滞に陥り、雇用情勢は悪化を続けるこ ととなった。ブックオフのようなリサイクル品の2次流通業は好景気の時にはあまり流行らない。(もちろん今後はSDGs観点で、そうとも限らないが)
しかし不況時は大いに流行る。私は、前職でクーポンフリーペーパーを出すホットペッパー事業に在籍したことがあった。長い平成不況の中で、この事業は大いに隆盛し、たとえデートであっても「ホットペッパーのクーポンあります」と出すことが恥ずかしくはなくなっている風潮があった。バブル期であったらデートのディナーで割引クーポンを使う男なぞ、女性陣にそうそうに見切られていそうなものだが、これが時代の空気というものだ。
前職のリクルートでは、景気が好転し始めたときにはじまった「ポンパレ」というサービスがあったが競合のグルーポンとともに短い期間で姿を消すことになった。好景気が続く中で極端な割引に飛びつくことが少し時代の空気にあっていなかったのだと思う。
「俺の」創業は2011年。私はホットペッパーグルメのネットメディア運営に2007年まで在籍していたのだが、その時に明確に感じている社会の空気があった。それは「広告よりクチコミが強い」というものだ。スマホが普及した結果、インターネットが完全に民主化し人々の生活に定着しつつあった。結果、人々は「(たとえ派手な広告はしていなくても)美味しいお店、コスパの良いお店」が手元で簡単に探せるようになり、そういうお店に集まるようになっていたのだ。ホットペッパーグルメは、よく「ぐるなび」をベンチマークしていたが個人的に(競合サービスとして)最も怖いと思っていたのは「食べログ」だった。「俺の」は、まさに集客のための広告宣伝にはお金を使わず、高級食材と一流料理人と立食による回転率の良さで利益率を悪化させず「美味しい料理を出す」というキラーコンテンツで人々の「クチコミ」により集客する戦略であった。
事業というものは同じ戦略で立ち上げても、その時代の空気、タイミングにより、波に乗るかどうかが大きく違う。
坂本さんは、時代の空気をかぎ分ける嗅覚に優れ、ベストなタイミングで行動を起こせる起業家であった。
奇しくも2011年は雪マジ!19を立ち上げた年だった。私も広告屋が本業の会社に所属しながらも「いかにお金を使わず、クチコミで拡散するか?」を考えていた。

19歳限定の理由のひとつは、スキー場の収益が減るリスクを抑えるためだが、もうひとつは、“広告屋”としてのカンだ。
情報過多の今、発信する側で絞り込みをかけなければ、情報はターゲットに到達しないと加藤は言う。若者に関していえば、「SNSでの友達のお勧めや、人気ランキングなどを通して、自分に必要な情報だけを知りたいと思っている」(加藤)。
“19歳のあなた”と限定して訴求すれば、その年齢の人は振り向くし、「なぜ19歳?」という興味も持ってくれる。


何歳になっても挑戦し続ける人は若い

加齢は誰にでも平等に訪れる、生まれてから何年たっているかというもの。今までは加齢=老化だったが最近は「健康寿命」という概念も浸透し、必ずしも加齢=老化ではなくなってきていると思う。内臓脂肪に気を付けるとか、高血圧に気を付けるとか、適度な運動と睡眠とか、健康法は巷に沢山あるがやはり「何歳になっても挑戦し続ける人は若い」と感じる。
70歳代にして、次なる創業に挑んだ坂本さん。
この世ではお目にかかることはできなかったが、追悼と感謝の気持ちで今後も「好きな起業家は?」と聞かれたら「坂本孝さん」と答えたいと思う。
きっと今頃は天国で、天国住人に価値提供できる斬新な新事業のアイデアを考えついて準備しているころではないか。



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