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終わらない鎖国政策~入国制限の水準引き上げ、影響は軽微~

大々的に報じられているように、政府は新型コロナウイルス感染症対策の段階的緩和に動き始めることで調整に入りました。なかでもG7で最も厳格で、恐らくは最も非科学的と揶揄される水際措置が軌道修正されることに注目が集まっています:

ヘッドラインでは現在、1日あたり2万人とされる入国者数の上限が5万人引き上げられることが取りざたされています。もちろん、この期に及んで「上限」を設けること自体、異常な政策姿勢であることは間違いありません。5月初頭、岸田首相自らがロンドンで「6月にはG7並みにする」と謳った水際措置はあれから3か月経過した今でも殆ど変わっていません。既にG7のどの国も採用していない「上限」を残すのはどう見ても前言と矛盾します。

しかし、周知の通り、何事も保守的な対応に努める岸田政権の特質を踏まえれば「1日5万人」は及第点でもあります。というのも、インバウンドがピークに達していた2019年は年間で約3200万人、1日あたり約8.8万人が日本を訪れていました。この3200万人のうち、約30%に相当する959万人が中国人でした。周知の通り、この部分のインバウンド需要は同国のゼロコロナ政策により消滅した状態にあります。約8.8万人の▲30%減は約6.2万人です。これが今の日本が享受できる潜在的なインバウンド需要である。これに対して「1日5万人」は十分な回答ではないですが少な過ぎるという話でもありません。ちなみに、2019年の旅行収支黒字は約+2.7兆円だったので、単純計算では7掛けの約+1.9兆円までの復元はイメージできます。

しかし、周知の通り、円の実質実効為替相場(REER)が半世紀ぶりの安値まで下がっています。それだけ日本における外国人の購買力が高まっているという意味でもあり、訪日外客数の量(人数)が伸びなくとも1人当たりの価格(消費額)が2019年よりも高くなる期待はあります。とすれば、旅行収支黒字も単純に「中国人の分が減った」とはならないのかもしれません。直近のREER(2022年7月60.0)は2019年平均のREER(79.4)よりも24%も安くなっています。観光庁データによれば2019年の訪日外国人の消費額は約4.8兆円、1人あたりで15.9万円でしたが、半世紀ぶりのREER安値を更新し続ける日本の財・サービスを消費するにあたっては、こうした1人あたりの消費額が増えても不思議ではありません。ラフに言えば、中国の分、訪日外客数が減っても「24%、安くなった日本」で旺盛に消費してくれれば、1日5万人の上限でも旅行収支黒字や消費額は相応に回復が見込めます。
 
問題は上限設定以外にある
しかし、真の問題は入国者数の上限ではないでしょう。7月に観光目的で入国した人は7903人、1日当たりでは250人でした。上限(現状では1日あたり2万人)に全く届いていない以上、問題は別のところにあるはずです

海外から日本への入国を阻んでいる障害としては①(現地を出国する前)72時間以内の陰性証明書、②観光ビザの要求、③添乗員付きツアー客限定の3つが悪名高いです。このうち、①に関しては今回の緩和をもってワクチン3回接種済みならば不要になると報じられている。しかし、②や③が残るのであれば、恐らく入国者数は大して増えない可能性があります。

現状、観光目的での日本への入国が許可されているのは感染リスクが最も低いとされる米国、アメリカや韓国など102の国・地域に限定されます。その上で、コロナ以前は不要だった国も含めて例外なく観光客がビザの取得を求められています。今や世界の新規感染者数の半分をコンスタントに記録している国が「感染リスクが低い」かどうかをランク付けして水際対策を行う姿は滑稽と言うほかありませんが、今回の規制緩和でこのビザの扱いが残るならば状況は変わらないでしょう。その上で添乗員付きツアー客に限定され、個人客を拒絶する姿勢も修正されない可能性があります。入国制限以上にビザ要求やツアー客限定の条件が訪日外国人を遠ざけている現実を直視すべきでしょう。なお、これ以外にも任意の医療保険加入を推奨したり、マスク着用を強要したりする執拗な感染対策も日本が好まれない一因だと思います。多くの外国人はもっと自由な国から来ます。わざわざ窮屈な思いをさせられることは避けて当然でしょう。そこまでしてお金と時間を日本に使う理由はありません。

インバウンド解禁は旅行収支黒字を通じて円売り超過の需給を修正し、停滞している内需を刺激する契機にもなり得る一石二鳥の策です。既に日本の感染者数は世界的な高水準にあり水際措置を謳う意味は客観的に消滅しています。保守的な世論に配慮するのは政治的心情として理解するものの、もはや感染対策としても経済対策としても水際措置は全く合理性がなくなっています。だからこそ支持率低下の中でも今回のような決断に踏み切ったということなのかもしれませんが、上記の②や③に切り込めない限り、旅行収支黒字の復元は相当に難しい状況が続くと思われ、円相場ひいては日本経済に与える影響は限定的なものにとどまるでしょう。

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