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AIとESG評価のこれから(後編:AIによる企業評価への対策)

ESG(環境・社会・ガバナンス)およびサステナビリティに関する情報開示は、すでに多くの企業にとって部分的であれ義務化されており、今後さらにルールが整備され、情報開示の質と量の充実が求められることは間違いありません。
従来こうしたESG開示情報に基づき、アナリストがESG評価(ESG格付)を行なってきましたが、最近ではAIもこれらの評価の一端を担うようになっています

前回の記事では、AIによるESG評価の特徴について詳しくお伝えしました。今回は後編として、企業がAIによるESG評価を効果的に受けるために実施すべき対策と、注意すべきポイントについて解説していきます。ESG評価に限らず、AIが関わる広範な企業評価に関連する項目も多く含まれていますので、ぜひ最後までお読みいただければと思います。


AIによるESG評価への対策

その場しのぎの開示は許されない

AIは従来のアナリスト評価と比較して、膨大なデータを参照し、多面的で複雑な評価を行うことができます。前編でご紹介したMSCIによるESG評価も、実際にESG評価の根拠となるデータソースとして政府・NGO発行のデータセット、企業開示、3,400のメディアソースを挙げていました。

例えば、自社の開示で「サプライチェーンの人権対応をきちんと行っている」と報告していたとしても、NGOのレポートや個々人のソーシャルメディアの訴えなどから、強制労働などの人権侵害問題が明るみに出て、実際には管理体制が不十分だったことが判明する場合があります。AIによって従来よりも、自社のバリューチェンに関する情報発見が容易になるでしょう。

このような場合、「サプライチェーンの人権対応をきちんと行っている」としていたにもかかわらず実態は異なっていたことになります。これはいわゆる「ウォッシュ」の事例として批判される可能性があります。

一方、環境分野の一例として、企業が再生エネルギー施策として風力タービンを設置した場合があります。GHG削減に資する施策である一方で、その土地への影響を考慮・開示できていなかった場合、その影響が明るみに出ることがあります(沼地など、土地のGHG吸収能力を破壊し、回復に数十年かかる場合もある)。

サステナビリティ開示情報の読者であるステークホルダーや、ESG評価機関のアナリストは必ずしも各分野の専門家ではないため、施策の真の影響に気付かない場合もあるでしょう。しかし、AIであれば、ある分野でのサステナビリティ施策が、別の分野で被害を引き起こしている場合も検知することができると考えられます。

AIによる評価が進む中で、企業はその場しのぎの開示ではなく、実際の取り組みの充実と透明性を高めることが求められます

タイムリーな開示更新が標準となる

従来、企業のサステナビリティに関する開示はレポートの形で年に1回更新されることが通例でした。しかし、ESG評価にAIが導入されることで、ESG評価の効率化が進み、格付の更新頻度がますます高くなることが想定されます。

このような背景もあり、ステークホルダーにいち早く自社の取り組み状況を伝えるため、現在多くの大手企業がサステナビリティ開示を「随時更新」しています。代表例として、キリン、コニカミノルタなどが挙げられます。

せっかく競合他社と同時期に取り組みを行ったとしても、自社のみ開示が遅れることでESG評価に反映されないことは避けたいところです。

また、英文開示義務化も待ち受けているため、企業は取り組みの実施からデータの集計・整理、開示方針の検討(ESG格付など外部評価の基準も考慮)など、一連のプロセスを効率化することが求められます。

また、インシデント発生時においても素早い開示対応が求められます。AIによって今までよりも早くインシデントの発生がESG評価機関や投資家に知れ渡るでしょう。多くの場合、インシデントが生じた原因は何であったのか、管理体制に問題があったのか、今後の予防策は何かという事後対応をいち早くステークホルダーに開示することが重要です。このような適切かつ迅速な応答(Responsiveness)は評価機関からも評価対象となっています。

なお、インシデント発生を検知するために、今まで以上にバリューチェーン上のサステナビリティ問題に関するモニタリング体制を強化することが考えられますが、その手段として企業としても膨大な情報からリスクを検知するためにAIを利用することができるでしょう。AIによる評価に対して、AIで対抗するということになりそうです。

AIの技術面を考慮した対策

AIが評価を行う相手であっても人間であっても、まずは分かりやすい開示を行うことが原則です。

AIの進化により、非構造化データであっても分析が可能になってきています。今後AIが人間のように、あるいは人間以上の精度で評価を行うようになるでしょう。とは言え、技術が成熟するまでの過渡期においては、読みやすいテキストデータをきちんと開示することなど、基礎的な対応も依然として重要です。情報は画像だけでなくテキストでも説明し、文章を簡潔にすることが求められます。また、AIによる自動翻訳に備えて、文章の構造をわかりやすくしておくことも大切です。PDFのコピー制限も外しておくことが望ましいでしょう。

さらに、AIのバイアス対策は企業側で行うのは難しいですが、できるだけリスクを下げるためには、適切な情報の開示量を増やすことが重要であると考えています。自社の開示が不足しているために評価が下がること自体は、アナリスト評価でも同様ですが、AIのアルゴリズムによって開示不足が想定以上に広範囲の評価低下を招くケースも考えられます。したがって、情報を可能な限り詳細かつ包括的に開示することが重要です。

AIの進化を開示プロセス見直しのきっかけにする

AIによる評価を念頭に置いた開示対策についてお伝えしてきましたが、いかがでしたでしょうか。これを機に、自社の開示内容を見直すことが重要です。AIによるESG評価が導入されたからといって、必ずしも不必要な工数が増えるわけではありません。本来必要な本質的かつタイムリーな情報開示が一層求められるようになったのです。

AIの進化により企業の開示内容が充実していくのは確かであり、業界全体にとっても望ましい動きだと個人的には考えています。しかし、企業担当者としては、これまで以上に開示対応にリソースを割く必要があるでしょう。正確で透明性のある情報開示を行うことが、AIによる評価でも高く評価される鍵となります。

このような状況に鑑みると、今後ESG情報開示のプロセスにはAIをはじめとしたテクノロジーの活用が必須となりそうです。AIの能力を最大限に活用し、効率的で効果的な情報開示を実現することで、企業の評価を高めることができるでしょう。企業はこの技術の進化をチャンスと捉え、積極的にESG情報開示に取り組むことが求められます。


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