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戦略的なサボりが許されるのは、自己管理の技術がついてから

20年ほど前、筆者はコカ・コーラの自販機とiModeをシステム的に繋ぐ、その名も「Cmode」というプロジェクトをコカ・コーラ側で担当していました。これは携帯電話で飲料が買えたり、自販機でコンテンツが買えたりする様にする、当時としてはかなり画期的な内容だったのですが、カルチャーがまるで違う数社を横断してのプロジェクトは複雑を極め、最初に決めた記者発表のデッドラインは、刻一刻と迫ってきました。

そんな中で、私が非常に頼りにしていたのが、ゲームクリエーターとして名高い、故 飯野賢治さんでした。彼はコンセプト開発やデザインに非常に長けており、常にクリエイティブかつパワフルで、その着想や推進力は尽きぬ泉の様でした。

今考えてみても、彼はCmodeの実質的なプロジェクトマネジャーでした。ご自身のオフィスを開発拠点として開放してくれ、担当者はそこに昼夜を問わず集まり、ガリガリと仕事は進みました。

そんな中、まさに開発の佳境というタイミングで、飯野さんが3日休む、とおっしゃいました。「ちょっと気分転換に南の島に行ってくる」由。

チームメンバーは驚きました。ここでの3日は平時の一月。ここで自分が抜けることのインパクトのわからぬ飯野さんではあるまいし。

しかし彼は意思を曲げず、南の島から帰ってこられた後は、何もなかった様に仕事は進み、プロジェクトは予定通り陽の目を見ることができました。

今回のお題「平日朝からネトフリOKですか?」をみた時、私が想起したのはこの時のエピソードでした。

それにしてもこのお題は、なかなかに味わい深いです。

「朝から」という3文字には、「何も仕事らしい仕事をする前から」という含意が感じられ、「始業時にはコンディションを整えておくものである」「100歩譲ってサボることに目をつぶるにしても、朝からいきなりっていうのはどうかと思われる」などの「サラリーマンに求められる心構え」の様なものが感じられます。

また「ネトフリ」の4文字には「同じサボりにしろ、タバコやコーヒーの様な隙間時間的なものでなく(30分以上などの)まとまった時間をそれに充てることの是非」という様な、いわば「サボるにしろ五分の忖度」「サボりの常識」的含意を感じます。

まこと勤め人道は、奥が深いと言えましょう。

ところで、冒頭にご紹介した飯野さんの3日間のリゾート行きは「サボり」でしょうか?

他のメンバーが汲汲と仕事を回し、またスケジュールも切迫している、という状況から機械的に判断すれば、これは「サボり」判定を受けてしまうかもしれません。

しかし今の私には、当時の飯野さんの気持ちやその判断の妥当性・的確さがよく分かります。

パフォーマンスが落ちてきたこと、落ちそうなことを察知したら、仕事を請け負ったプロとしては、なんとかそれを回復しなければなりません。飯野さんは冷静な自己分析の結果、休息することを選択されたのです。

その意味から、当時飯野さんが休まれたことは、休むことにより責任を全うされた、と言えると思います。逆に言えば、ロクに調子も出ないのに、ともあれ仕事に取り組む、もっと悪ければ仕事しているフリをする、というのは、責任ある態度とは言えないのではないか、とも。

「朝から」「ネトフリ」について考えてみれば、始業開始直後であろうが、パフォーマンスが上がらない状況を自覚したら、なんとかそれをできるだけ早くリセットできる様にするのが勤め人として誠実な態度であり、それに寄与するのであれば、ネトフリだろうが、なんでもやれば良いのではないかと思います。

ところで念のために。

上記の私の主張は、「コンディションを整え、パフォーマンスを上げるためであれば、いつでも何でもしていい」ということではありません。

仕事への取り組み方、仕事のやり方には技術があります。

例えば「資料作りをしなければならないが、どうにも気が乗らない」時は、兎にも角にも書き始めてみる、ということをすると、段々と調子が乗ってくることがあります。これは資料に含めるべき要素や文脈が脳のあちこちにとっ散らかっている状態で、手の付け所が不明確だったところを、まずは言語化することにより強制的に整理し、道筋をつける、という効果であると思います。

また「何かアイデアを考えなければならないが、どうにも気が乗らない」時は、「問題となっている事情・モノ・コトと何か全く違う別のものを組み合わせ、それを一つの言葉で表現してみる」ということをすると、展望が開けることがあります。ヤングが喝破したのを引き合いに出すまでもなく、アイデア創造は2つの違う性質の要素を組み合わせ昇華する、弁証法的な営為。そしてこれは強制的に自それを分に課してみることによりアイデア生産モードに自分のギアを入れる、言ってみれば技術です。

パフォーマンスが上がらない時は、自分の仕事に必要とされる、この様な技術を一しきり試してみて、それでもダメだという段になって、初めて気分転換や休息は実行されるべきです。

その時は、必要な転換の上げ幅に応じて、適切な方法があります。コーヒー一服で解決しない状況であれば、ネトフリをみるのだって、もちろん有力な方法だし、これはネトフリに限った話ではありません。自分の状態を冷徹に判断し、必要な措置をとるのが重要なことです。

では、この様な技術を持ち合わせず、気分が乗らない時は自動的にコーヒーやタバコやネトフリに流れたくなってしまう様な、言葉を選ばずにいうと「半人前」の場合は、どうすれば良いでしょうか?

私は、まだ半人前の人々には、やはりまずは技術の習得に励むことを、お願いしたくなります。きちんとベストを尽くして、その上で必要な行動としてネトフリを見る、というのと、いきなり「気分が乗らないからとりあえずネトフリみよう」というのでは、天と地の開きがあります。

そして、まだ自分が半人前だ、と思われる方には、心理学や行動科学の本を紐解いて、モチベーションと行動の仕組みを勉強してほしいと思います。ここにはご自身を含めた人間の中で、どの様にやる気が生成されるのか、といった仕組みが説明されています。

また、それと同時に、周りにいるプロフェッショナルな先輩から教えてもらう、見て盗む、というのも有用なやり方だと思います。

以上、「朝からネトフリ」が是か非か、を論じていたら、リモートワークはさして関係ない、仕事への態度や技術の話になってしまいました。

読書の皆さんは、どの様に考えられますか?


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