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テレワークは、リアルな現場があるかどうかで部門長が個別に決めよう

テレワークとセットにされる生産性の議論

コロナ禍で最も注目を集めた新しい働き方は、やはりテレワークだろう。テレワークの導入は、国土の広い米国や中国、複数国とのビジネスの機会が多い欧州諸国でコロナ以前から導入が積極的になされてきた。当然、これらの国でもコロナ禍によって制度の導入率や運用率は高まったのだが、コロナ以前から日本のコロナ禍の数値よりも高い状態だった。

日本でも、大企業、とりわけグローバル企業を中心としてテレワークが一気に広まった。しかし、日本ではそこまで定着しなかったようだ。各種調査のテレワーク導入率も2割弱という数値で落ち着いている。現状、テレワークは一部企業だけの制度となっている。

しかし、これらの企業でも課題がある。また、テレワークに挑戦したものの、うまくいかずに取りやめたという企業も多い。その際に出てくるキーワードが「生産性」だ。テレワークが生産性に及ぼす影響も、様々な組織が調査している。しかし、どれも日本企業ではテレワークで生産性に対してネガティブな反応を示す傾向にあると結果を示している。他の主要先進国では、テレワークと生産性について、比較的肯定的な回答が多いのに対して、日本は反対の様子を示している。

それでは、日本だけが特殊な商慣習を持ち、その結果、テレワークがうまくいかないのだろうか。日経COMEMOでも、ご意見募集として「#テレワークで上げる生産性」というテーマで記事を募集している。

しかし、そもそも論として、テレワークと生産性を同じ文脈で語ることが正しいのだろうか。本稿では、テレワークと生産性について、そもそもこの関係性を語ることが正しいのかという問いから考えてみたい。

テレワークは働き方の1つの選択肢でしかない

まずはじめに、テレワークと生産性の議論については、すでにわかっていることがいくつかある。日本の調査で最も代表的なものが、神戸大学の江夏准教授らの研究チームが行った研究だ。研究チームの調査結果は、書籍としてまとめられている。

これらの調査結果からは、コロナによって働く人びとは就労環境を大いに変化させることとなり、それと同時にストレスを抱えることになったことがわかる。

また、テレワークに関して言うと、コロナ禍以前からテレワークの制度を導入していたり、準備を整えていた企業では比較的運用がスムーズになされていた。一方、急にテレワークを行うことになった企業では好ましい結果を得ることができなかったという結論が提示されている。

つまり、日本が諸外国と比べてテレワークの評価が低いのは、そもそもテレワークの導入について議論や準備がなされてこなかったことが一因としてあげられる。

しかし、テレワークはそもそも生産性を向上させるために導入する施策ではない。テレワークと生産性の議論における基本仮説は「テレワークは生産性の面で対面での就労を代替できるか否か」である。

これは、テレワークは働き方改革における多様な働き方の一種であり、働く人々の状態の多様化に適応するためにある。状態の多様化とは、例えば子育て世代や介護等の仕事以外での負担が大きな従業員が、テレワークでどこでも働けるのであれば、労働の制約がなくなって継続して勤務することができる。また、ビジネスの規模が大きくなり、地理的に離れた人々と協業の機会が増えたとき、テレワークが可能かどうかで働くときの効率が対面しか選択肢にないときよりも向上する。

つまり、テレワークは対面とトレードオフの関係にあるのではない。主な目的は2つだ。1つは、働くことの自由度を高めたとしても、変わらずに成果をあげることができことだ。もう1つは、対面によって制約を受けて生産性が下がっていた要因を排除することが目的となる。そのため、テレワークは多様な働き方における選択肢の1つでしかない。

テレワークの運用のスペクトラム

日本企業よりも、海外の企業でテレワークの導入が容易な理由の1つに、現場の管理職が部下の働き方を決める裁量権が大きいことがあげられる。海外の企業では人事権を管理職(部門長)が持っていることが多く、どこで働くのか、どのように働くのかを部門長が部下と相談しながら決めることができる。例えば、シリコンバレーで働いている日本人の人事部員が、配偶者がボストンにいるためにシリコンバレーとボストンと東京の3拠点で働かせて欲しいと上長に交渉し、許可が下りればテレワークができる。つまり、働き方の条件は交渉可能であり、なおかつ個別にマネジメントされる。

一方、日本企業の多くは、どのような働き方をとることができるかは就業規則などのルールや人事制度で決められることが多い。テレワークの可否も、会社単位か部署単位で制度を導入し、希望者が上長に許可を得るか、対象者全員に一律で運用がなされることが多い。

例えば、「明日から、第1営業部は全員テレワークです」というお達しが下ると、一律でテレワークが実施される。また、「週に何日かは、必ず出社すること」のようなルールが適応される。その結果、例えば地方で1人しか担当者がいない営業所でも誰もいないのにオフィスに出社しないといけないことがある。実際に、大分でテレワークをしている某社の営業員は所属が北九州支社であり、北九州支社に配属されている同じチームのメンバーはいないため、片道2時間をかけて週1日誰もいない北九州事務所に出勤している。

テレワークは、基本的にこの一律での制度運用と相性が悪い。なぜなら、テレワークの向き不向きは仕事内容に依るためだ。テレワークに向かない仕事内容の場合、日本だろうと米国だろうと中国だろうと、どこであってもテレワークをすることが無理だ。例えば、製造現場の生産管理や宿泊施設の接客係、小売店の販売員など、基本的にテレワークが向いていない。オーダーメードスーツの店員はテレワークでは働けない。しかし、オーダーメードスーツの生地の在庫管理や売上管理などの管理業務は、IoTやICTのデジタル技術が導入されているとテレワークができる。

つまり、同じ部署や拠点で働くメンバー同士でも、職務内容に応じてテレワークができる度合いが異なる。そして、現場レベルでの職務内容は多様、かつ複雑であり、定型的に決まったものでもない。そのため、現場の管理職が個別に管理する方法ではないと、どうしてもシワ寄せがでてしまい、シワ寄せの分だけ生産性を下げることになる。

それでは、現場の管理職はどのような基準でテレワークの可否を判断すべきだろうか。ここでは、対面でしか仕事ができないリアルな現場があるかどうかが問題となるだろう。リアルな現場を持つ仕事では、基本的にテレワークができない。そのため、世界的に製造業はテレワークの導入率は低い。製造業だけに限ると、日本企業のテレワークの導入率も低いわけではない。

反対に、リアルな現場を必要としない場合には、テレワークでも問題がない。もともと、在宅ワークの多い、ITプログラマやWEBデザイナー、ライターなどのクリエイティブ系の職種が代表的だろう。また、営業職であっても、ITベンダーの営業のように取引先がある程度固定化されている場合も、リアルな現場が必要ではないことが多い。一方で、同じ営業職でも、課題解決型営業のように、現場に赴いて顧客の課題を発見して解決策を提案するような営業の場合にはテレワークで仕事を完結させることが難しい。

しかし、現実的にはリアルな現場が職務上必要かどうかを綺麗に切り分けらっるケースは多くはないだろう。実際には、環境整備とマネジメント次第で、リアルな現場の必要度がスペクトラムのように変化する。例えば、採用はすべての工程をオンラインで完結させることも技術的には可能だ。しかし、採用の精度を高め、入社後の活躍まで視野にいれると、すべての工程をオンラインで完結させることが難しくなる。もしオンラインで完結できたとしても、そのために投資しなくてはならない環境整備は多大なものとなる。

つまり、テレワークの個別運用で必要なことは、下図の様に従業員個々人の職務内容でリアルな現場が求められる度合いがどの程度あるのかを正確に把握し、判断を下すことにある。

テレワークと生産性

そもそも、テレワークの環境下では、部門長のマネジメント能力やマネジメントスタイルによって大きく成果が左右すると言われる。阿吽の呼吸を求めたり、あまり部下とコミュニケーションをとることが得意ではなかったりすると、テレワーク中の部下の働きぶりがまったく把握できなくなってしまう。また、だからといってテレワーク中に監視カメラを動かすような「従業員を管理したい」というマネジメント姿勢も、テレワークでのパフォーマンスを著しく低下させることになる。

テレワークでの管理職は、部下とのコミュニケーション頻度を増やすことと、働き方について部下に裁量権を与えて任せるマネジメントスタイルが求められる。当然、これらのことは言うほど簡単ではない。そのために、「必ず仕事始めと仕事終わりには挨拶すること」「毎朝、朝礼を開いて今日の仕事内容を共有する」「ランチはオンラインで定期的にメンバーと食べる」などの細かいが有用なテクニックやルール作りが大切になる。

テレワークと生産性について語ること自体にはあまり意味はない。テレワークの意義は、働き方の多様性を高め、そのうえで日本企業の従来のマネジメントスタイルやコミュニケーションの在り方を見直し、時代の変化に対応できるかである。そのために、従業員の働き方を個別にマネジメントができるように管理職のトレーニングをすることが、まずは手を付けるべきだ。

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