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解雇無効時の金銭救済制度と併せて解雇法制の本質的な議論をすべき

こんにちは。弁護士の堀田陽平です。

3連休は妻の実家に行ってカブトムシを採る予定だったのですが、子どもの体調不良で断念です。

さて、既に新聞等でも話題になっていますが、解雇無効時の金銭救済制度の報告書がようやく公表されました。

といっても、これは法技術的な論点を整理したもので、これを導入するかどうかをこれから議論されることになります。

今回は、これまでちょっと避けてきた解雇法制について考えてみたいと思います。

国際的にみて日本の解雇法制が厳しいか

さて、世の中では、主に企業側から「解雇規制を緩和すべし」という意見が多く聞かれます。
そもそも日本の解雇規制は厳しいのでしょうか。
金銭救済の議論のなかでよく目にするようになりましたが、2013年のOECDの解雇規制指標によれば、日本の解雇法制の厳しさは、34か国中、下から9番目となっています。つまり、解雇は容易であるという方に位置づけられています(なお、ここでは常用雇用に対する解雇だけが対象です。)。

「解雇規制を緩和せよ」と主張する方は、多くの場合、解雇が原則自由であるアメリカを想定していると思われます。しかし、アメリカは上記調査でも最も解雇規制が緩いとされており、アメリカのような仕組みはむしろ例外で、ほとんどの国では、解雇について手続的、実体的な制限を付しています。

ちなみに、上記OEDC調査には批判もあるところですが、この調査は以下の指標をみて判断しているようです(括弧内は日本のポイント)。
①    解雇通知の手続(2P)
②    解雇通知までに要する期間(0P)
③    (勤続年数に応じた)解雇予告期間の長さ(3P)
④    (勤続年数に応じた)解雇手当の額(0P)
⑤    不当解雇の定義(2P)
⑥    試用期間の長さ(4P)
⑦    不当解雇と判断された際の補償金の額(1P)
⑧    不当解雇と判断された場合の原職復帰の可能性(2P)
⑨    出訴期間の上限(6P)

そもそも日本の解雇法制はほとんど定めがない

翻って日本の解雇法制を見てみましょう。

解雇の手続規制

まず、手続面ですが、日本の解雇法制には、解雇予告期間の定めはあるものの、これは解雇予告手当を支払うことで除外することができます。
その他、手続面では、解雇の通知自体が書面である必要もなく「お前はクビだ」の一言で(有効性はともかく)解雇を言い渡すことができますし、さらには、たとえ整理解雇であっても、労使間の交渉は法律上要求されていません(条文上は「整理解雇」という概念自体用意されていないので当然です。)。

金銭補償の要否

次に、金銭的な補償についても現状定められておらず、労働者への救済は、「地位確認」、すなわち職場復帰だけです。実態上は和解によって金銭補償がされることは多いとしても、少なくとも現行のルール上はそのような定めはありません。

解雇が不法行為に当たるような場合には損害賠償が必要になりますが、「無効な解雇」であっても、それが直ちに「違法な解雇」になるわけではなく、労働者が損害賠償を得るには一定のハードルがあります。

解雇の実体要件

そして、肝心の解雇の有効性の実体的な要件はどうかというと、日本の解雇の実体的要件は「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)だけです。
日本の解雇法制の実体的要件は、これだけであり、能力不足を理由とするものも、非違行為を理由とするものも、整理解雇といった経営上の理由によるものも全てこの要件に当てはめて判断することとされています。

解雇規制の“厳格さ”より“不明確さ”が問題の可能性

「解雇規制を緩和せよ」と主張するのは容易いことですが、よくよく見ると、そもそも緩和するべき規制がほとんど存在しないのが日本の現状です。
むしろ、こうした「規制の不存在」がOECD調査では「解雇が緩い」という方向に評価されているわけです。
法律の規定上、今よりも緩和するとすれば、解雇予告期間を削除するか、労働契約法16条の削除ということになり、およそ現実的とは思われません。

ですが、一般に「日本の解雇は厳しい」と考えられており、その点は私も同感です。
しかし、「解雇が厳しい」とされるのは、解雇を実体的に制限する労働契約法16条があるからではなく、解雇に関する定めがほとんどなく、裁判所の判断に委ねられている部分が極めて大きいことにあると思われます(ただ、この解釈も”就社型”雇用である日本型雇用に問題の本質があるのですが)。

いわば、解雇の有効か否かの結論が不明確であるが故に解雇無効のリスクを過大に捉えてしまっているのではないかと思われます。
これは使用者だけでなく労働者にとっても、救済の可能性が不明確な状態におかれることになります。

したがって、むしろ考えるべきは、解雇の有効性の判断基準の明確化であろうと思われます。そもそも、現状は整理解雇すらも法律に定められておらず、あらゆる類型の解雇の要件を一つの条文で定めているということ自体にかなり無理があるでしょう。

金銭救済制度と併せて本質的議論も進めるべき

さて、今回議論された解雇無効時の金銭救済制度については、個人的には導入しても良いのではないか、という意見です。

ただ、その理由はやや消極的な理由です。
というのは、これまで述べたとおり、ほとんど解雇法制がない状態で「解雇が“無効”の時」の救済の仕組みを議論をしたところで、労働者にとっては、そもそも解雇が”無効”になるかどうか自体が不明確なままであり、結論の予見可能性は低いでしょう。
となると、仮にこれを導入したところで、どれほどの権利救済の実効性があるかは疑問です。

そもそも解雇の議論は、その要件、救済の仕組み、雇用保険、人的投資、雇用慣行等多角的な視点からの検討が必要になるはずです。

労働者団体からは「解雇自由に向かうから議論しない」という趣旨の見解が述べられていますが、解雇と採用は密接に関連しており、そのようなスタンスは「今雇用されている正社員」の雇用を守れても、これから採用される若者や今失業している人の採用の問題については放置する結果になりかねません。
したがって、金銭救済制度の議論と併せて、これらの点を含めた解雇の本質的な論点についても、すくなくとも”議論”はされることを期待したいです。
※解雇法制の議論については次回も書きたいと思います。


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