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資産価値ばかりに着目される「持ち家」に疑問(日経COMEMOテーマ企画_遅刻組)

人生100年時代に備えた持ち家議論

日経COMEMOのテーマ企画で募集されていた「#それでも家を買いますか?」にあるように、最近、資産価値としての持ち家の議論をよく目にする。

「持ち家」をもつか、「賃貸」で住み続けるか。この議論は様々な論者が意見を述べている。日経COMEMOの企画では、株式会社YeLL 取締役の篠田真貴子氏と株式会社Unito CEO 近藤佑太朗氏が持論を述べている。

そのほかにも、堀江貴文氏や勝間和代氏など、多くの識者が「持ち家」と「賃貸」の資産価値について分析し、賢いお金の使い方について解説している。

この背景にあるのは、人生100年時代で持ち家があっても老後が安泰とは言えなくなった時代背景があるだろう。木造住宅だと25年程度しか耐用年数がなく、たとえ40歳で家を建てたとしても、65歳では大規模な改修やリフォームの必要性に迫られる。100歳までの人生だとしたら、そこから35年もその家で住み続けなくてはならないのだ。100歳になったとき、築60年の木造住宅に住むことができるかというと、明るい気持ちにはならない。

「持ち家」はお金の話だけでよいのだろうか

資産価値を考えれば、持ち家を買うことのメリットは少なくなっている。ただ、高齢になると収入も減るし、身体にも不具合が出てくる。そうなったときに、毎月の固定費が大きな賃貸暮らしには不安も付きまとう。身体の自由が利かなくなったときに、持ち家を売ったお金で介護施設に入りたいという人もいるだろう。

ただ、忘れてはいけないことがあるように思われる。それは、人間はそんな数十年も未来のことを予測できないし、保証もされていないということだ。例えば、現在25歳の人が亡くなるのは75年後だ。今から75年前というと、1946年で戦後間もない時代だ。1946年の姿から今の世の中を想像することはとてもじゃないができなかっただろう。そして、世の中の変化のスピードは、科学技術の進歩とともに、急速に早まっている。そのような情勢の中で、自分の老後を心配して、持ち家を買うべきかどうかを予測することがどれだけの確度を持つのかは疑問符が付く。

「賃貸」と「持ち家」を考えたとき、そこで暮らすことで得ることができる体験はまったく異なってくる。老後という未来を重視するのではなく、現在や10年後といった近未来を想定したとき、家族にもたらす価値は大きく異なるだろう。例えば、子供がのびのびと工作を楽しんで、理系のスキルを伸ばしたいと思った時、地方都市で米国のようなガレージハウスを持つことは理想的な家庭環境だろう。今の世の中だと、子供がのびのびと実験できる場があれば、高校生が自宅の寝室で核融合炉を創れてしまう世の中だ。

「持ち家」か「賃貸」かという議論は、結局のところ、自分たちがどのような幸せを享受したいのかによって異なるのだろう。そして、幸せのかたちは個人によって違ってくる。

見えない老後への不安と人生100年時代という高齢化社会を目の前にして、資産運用のことを考えたくなる気持ちは理解できる。しかし、未来を見続けると身近にある幸せを逃すことになりかねない。

幸せを見失わないように現在にも目を向けよう

スタンフォード大学のフィリップ・ジンバルドー名誉教授は、人間の思考パターンには時間志向があると述べている。この時間志向は、意思決定でどの時間軸を重視するかという類型だ。

例えば、過去肯定志向の人は過去の成功事例や慣習から現在の行動を決定しようという傾向が強い。また、未来志向の人は将来の成功のために現在持っている資源を投資する。未来志向の人は、仕事で優れた成果を出しやすいが、その反面、人生の幸福度が低いという調査結果が出ている。

一方、幸福度が最も高いのは現在快楽志向の人々だ。現在快楽志向の人々は、今の楽しさや自分の感情を大切にする。そのため、アーティストやミュージシャンなどの感性や創造性が重視される仕事で優れた成果を収める人によく見られる。現在快楽志向の人が即興で奏でるジャズのアドリブは最高だ。

「住まい」は、自分の人生の幸福度に大きな影響を及ぼす。未来のことを考えることも、もちろん大切だ。しかし、現在の幸せのために、自分たちがどこにどうやって住むのかを考える現在志向を取り入れても良いのではないだろうか。

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