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スタートアップには国の支援も有益だが、国が顧客になることが最重要だ


岸田政権は年初の施政方針演説に盛り込まれたスタートアップを政策の一つの柱として様々な支援策を打ち出し始めている

本年をスタートアップ創出元年とし、5カ年計画を設定して、大規模なスタートアップの創出に取り組み、戦後の創業期に次ぐ、日本の「第二創業期」を実現します。

施政方針演説より

例えばスタートアップ担当大臣を設けることや、日本の起業家をシリコンバレーに派遣するというプログラムを打ち出した。

この他にも、経産省がスタートアップ支援に関する情報取りまとめるなど近年の政権の中では、スタートアップに対して比較的積極的な関心を持って取り組んでいる様子が伺える。

これは非常に喜ばしいことであると思っている。一国の首相が「スタートアップ」という言葉を口にすることで一般社会の理解も進み、「スタートアップって何だかわからない」という反応も少しづつ消えていくことが期待される。

少しうがった見方をすれば、日本の大企業の稼ぐ力が落ちてきていることが誰の目にも明白になり、スタートアップによって次の産業と雇用の担い手を作らないことにはこの国の将来が立ち行かないということについて、リアリティを持つ人が政官界の中にも増えてきたということなのかもしれない。

スタートアップ支援の方法については様々なやり方があり、一概にどれが正解であるとは言えない。以下は私の個人的な視点からであるが、国をはじめ行政機関がスタートアップを支援するにあたって、考えていただきたいと思うことをいくつか挙げたい。

1.シリコンバレー偏重からの脱却

一つはシリコンバレーに偏らないことだ。

確かにシリコンバレーはスタートアップを多く生み出してきた場所であり、そこから学ぶべきことは大変に多い。しかし一方で、シリコンバレーでスタートアップが育つ環境は日本とは大きく異なる部分がある。1つには資金的にもまた人材的にも非常に厚い投資家の層があることだ。こうした環境の中で、将来の可能性のあるスタートアップに対して投資家が目利きをおこない、多額の資金を拠出してスタートアップの成長を支援する。大企業とのコラボレーション・オープンイノベーションがなくても育つのだ。アメリカを代表するスタートアップイベントの名前が「Disrupt」、つまり破壊を意味する言葉であることが象徴的であると思っている。つまり、既存の秩序や常識は「ぶっ壊せ」なのであり、そこには大企業も含まれると考えられる。例えば、テスラは既存の自動車メーカーに助けを借りて大きくなっただろうか。

一方で、アメリカ以外の国では、こうした潤沢な資金が投資家からスタートアップに供給されることは、現実的ではないとみるべきだろう。その中でも日本はアメリカの1%にすぎない。

その意味で、部分的にシリコンバレー流と言われるやり方を日本にそのまま持ち込んでも、果たしてそれがスタートアップが成長していくエコシステムとして機能するのか、という点については十分な検討が必要だ。

海外VCに政府が出資して日本のスタートアップに出資する構想もあるというが、こうした前提条件の違いを十分に踏まえたものでなければ、機能しない恐れがある。

それとともに、アメリカ以外のスタートアップ振興策を図っている国の手法とその成否もよく検討する必要があるだろう。

その典型例のひとつは、マクロン大統領が先頭を切って進めているフランスである。フランスは大企業がつよく中央集権的な行政システムとも相まって日本と社会構造が似た部分があり、保守的な国民性でも共通点がある。この点で、起業率の問題など社会とスタートアップとの関わりを考える上では、アメリカよりもフランスの方が日本や日本の社会と近しく、参考にしやすい部分があるだろう。また、フランスもまた、日本の2倍程度はあるとはいえ、スタートアップへの投資額においてアメリカに遠く及ばない点でも共通する。

アメリカが「Disrupt」であればフランスを代表するのは「VIVA Technology」であり、世界の中でも大企業とスタートアップのオープンイノベーションに焦点をあてたイベントは唯一と言ってよいし、フランスの置かれた環境を踏まえたものになっている。なにより、主催者が大企業であることが象徴的だ。

もちろん、フランスはあくまで一例であり、フランスのやり方がそのまま日本で通用するということではない。しかし、シリコンバレーだけがベンチマークだとすると、それも日本のスタートアップが育つ環境が十分に整うのかという点では疑問が残る。

残念ながら、シリコンバレー以外のスタートアップエコシステムを知る人は多くないため、難しい部分もあるとは思うが、シリコンバレー一辺倒ではなく、各国のスタートアップのエコシステムについても、よく精査して取り入れられるものはどんどん取り入れるべきだ

2.きめ細かいスタートアップ成長環境の整備

2つ目に、目立たないかもしれないが細部に渡るスタートアップの成長環境整えることだ。

例えば、日本の一部の VC は未だに出資先スタートアップに対して、事業がうまく行かなかった場合に、起業家の補償(出資金の返還)を求める条項が入った投資契約書の雛形を使用しているケースがあると聞く。それでは銀行の融資とかわらず、リスクマネーを提供しているとは言えない。

実際には、うまくいかなかったスタートアップが投資家から契約に基づいて出資金の返還を求められているというケースはないのかもしれない。しかし、注意深く契約書を読むタイプの起業家であれば、こうした条項が盛り込まれていることによって、ダイナミックな事業展開をしようという気持ちが削がれているのだとしたら大きな損失である。

また、近年これまでスタートアップへの投資を経験していない大企業が CVC としてスタートアップへの投資をするケースが増え続けている。こうした会社が投資契約をするにあたり、どのような契約内容にすれば良いかという点について戸惑いがあるかもしれない。

そうであるなら、たとえば経済産業省が海外を含めて広く情報収集した上で、雛形となる契約書案を作成し公開することも1つのサポートになるのではないだろうか。

また、往々にしてユニコーンの数だけが問題とされているが、ユニコーンの基準となる時価総額に達する前に日本のスタートアップは上場することができてしまい、それによってユニコーンの数が少ないという現実がある。

地方自治体を含めた行政のスタートアップ育成施策で、ユニコーンの数を目標としているケースも散見されるが、こうした日本のエグジットの環境とユニコーンの数を目標とすることの兼ね合いを調整しなければ、非現実的なものとして言葉だけが踊っていくことになることを懸念している。

そして、世界においてはすでにユニコーンの価値は低下しており「ユニコーンというだけではもはや不十分」という認識であることにも留意しておく必要があるだろう。ユニコーンの数に代わる目標設定が必要な段階に来ていると思うのだ。

こうしたことは、政治家が目玉として打ち上げるアドバルーンにはならない。しかし、政策を実務として進めていく上では、こうした細部に対するきめ細かな対応が日本のスタートアップをより多くまたより大きく育てるために非常に大きなファクターになってくるだろう。

地味な作業ではあると思うが、こうした細かな点を行政機関の事務方がサポートすることを期待したい。

3.まずは行政がスタートアップの顧客になることが最大の支援

そして三つめは、様々に側面的なサポートするのも良いが、まずは国をはじめとした行政機関がスタートアップの顧客になってほしい。いくら投資され支援策があったとしても、製品やサービスを買ってくれる顧客がいないことにはビジネスは始まらないし続かないのだ

土木建設業界にとって、国や地方自治体が発注する公共工事が大きな売り上げになっているように、行政機関が使うお金は、金額としても大きいし経済環境にも比較的左右されにくい。これと同様に、スタートアップの商品やサービスを行政機関が買うことが、実は最大の支援になるはずだ。

ともすればスタートアップの支援策ばかりが先行するのだが、支援の旗を振っている行政機関が、実際にどれほど日本のスタートアップのサービスを利用したり製品を買ったりして、スタートアップの顧客になっているだろうか。日本が国を挙げてスタートアップを支援すると言うのであれば、国や地方自治体がスタートアップにとってのローンチカスタマーになる、最初の顧客になるというくらい積極的な購買支援を検討していただきたい。

行政機関がスタートアップの顧客になることには2つの意義がある。お金が回るというビジネスの基本的な意義に加えて、行政機関が顧客になることがスタートアップに対する信頼性を高め、他の顧客を獲得するいわば営業ツールにもなるという意義があり、2つ目の意義も非常に大きい。

各省庁や自治体がスタートアップのサービスや製品をどれだけ使っているか、どれだけ発注しているかを公表し、それをスタートアップへの発注比率といった形でランキングで示したらどうだろうか。各行政機関のスタートアップへの取り組みの本気度を、国民や住民に対して開示することになるので、ぜひ岸田首相には国のトップとして実現してもらいたい。これも非常に重要なスタートアップの支援策になる。

4.スタートアップへの理解をより広く深く

最後になるが、どうしても「ユニコーン」とか「シリコンバレー」といったよく耳にする言葉ではあるがその実態となるとよく理解されていない言葉だけが一人歩きし、実際のスタートアップが生まれ成長していく環境やプロセスについて、まだまだ社会全体として理解が十分ではないと感じている。それは行政機関についても同じである。

先に紹介したフランスの場合、ビバテクノロジーには毎回マクロン大統領が会場に姿を現し、用意した原稿の祝辞を読み上げるといった形式的・儀礼的な関わりではなく、スタートアップの起業家たちと1時間にわたって議論をするのが通例である。国のトップとしてスタートアップをサポートすることを表明し、また長時間のスタートアップメンバーとの議論ができるだけの、スタートアップについての深い理解があることをマクロン氏は示し、本気度を伝えている。

こうしたことが国のスタートアップ支援に対する信頼感を生み、フランスが急速にスタートアップが育つ環境を整え、短期間のうちにユニコーン企業を育て、スタートアップ投資を呼び込むことに成功している背景だ。

今年をスタートアップ創出元年とし、5カ年計画を設定すると宣言した岸田首相には、そうしたフランスのやり方も踏まえ、マクロン大統領と同じことをやる必要はないが、シリコンバレーの焼き直しではない日本らしいスタートアップ支援策を確立して頂きたいし、それが実現すれば、日本のスタートアップエコシステムの強化に大きなインパクトを与えることは間違いないだろう。


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