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ECB政策金利の形骸化~マイナス金利付き資金供給~

「真のバズーカ」はマイナス金利付き流動性供給
現在、欧米の中央銀行が形振り構わない資産購入に踏み出していることは周知のとおりです。市場参加者やメディアも多くは月間〇〇億ドルもしくは▲▲億ユーロ、FRBやECBが国債などを購入したことに着目します。それ自体は当然であり、FRBもECBもバランスシートは未踏の領域に入っています。しかし、ことECBに関して言いますと、資産購入の規模を「バズーカ」と称して注目する向きには半分理解を示しつつも、もう1つ着目すべきことはあるだろうと思います。それは中央銀行から民間銀行への流動性供給、厳密にはマイナス金利付きの資金供給です。

6月18日、ECBはターゲット型長期流動性供給第三弾(TLTRO3)の第4回入札の結果を発表しました。結果は1兆3084億ユーロとオペ1回の資金供給額としては史上最大を記録しました。かつて「欧州債務危機のゲームチェンジャー」とも言われ、就任直後のドラギ元ECB総裁の名声を一気に高めたことで知られる36か月物長期流動性供給(LTRO)という枠組みがありました。これが2011年12月22日(4892億ユーロ)と2012年3月1日(5295億ユーロ)の2回合計で1兆187億ユーロでした。この就任間もない迅速な決定と前代未聞の規模を称賛する意味を込めて「ドラギバズーカ」というフレーズが市場では席巻したのでした。しかし、今回の供給額は入札1回で、36か月物LTROの2回分を凌駕する規模になります。文字通り「未曽有の規模」です

この1兆3084億ユーロの半分以上は借り換えのために使用されますが、それらを差し引いたネットベースでも5415億ユーロの資金供給が残りそうです。これでも極めて大きな額であり、実は3月以降、ECBが購入してきた資産規模を上回っています。具体的に資産購入実績を見ますと、現在最も注目されるパンデミック緊急購入プログラム(PEPP、3月18日に導入)は6月12日時点で約2870億ユーロの購入実績があります。これに加え、定例の資産購入として拡大資産購入プログラム(APP)がありまして、同期間に約1300億ユーロの購入を実施しています。合計で約4170億ユーロですから、今回のTLTRO3のネット供給額と比べても1000億ユーロ以上小さくなります。

単純にバランスシート拡大への寄与という意味ではバズーカと呼べるのはPEPPでもAPPでもなくTLTRO3だったという解釈も可能です。これは報道からではあまり実感できない事実ですが、非常に重要な論点だと思います。

必ずお金が貰える
TLTRO3を含めECBが用意している流動性供給は破格の条件を付けています。TLTRO3自体はドラギ元ECB総裁時代に導入された枠組みですが、この利用条件は徐々に緩和されてきた経緯があり、2020年4月30日の政策理事会で基準金利が「主要リファイナンスオペ金利(ゼロ%)+▲50bps」に設定され、貸出基準を達成した場合は最大で「預金ファシリティ金利(当時は▲0.50%)+▲50bps」の優遇金利が適用されるという制度設計になりました。すなわち、貸出実績を積まなくても供給額の▲50bpsが金融機関の懐に入ります。

「影の政策金利」
こうした「必ずお金が貰える仕組み」は実質的には政策金利と同じくらいの存在感を放っていると言って良いでしょう。そこで筆者が今回の結果を受けて考えさせられるのは「政策金利とは何か」ということです。主要リファイナンスオペ金利(ゼロ%)や預金ファシリティ金利(▲0.50%)といった政策金利は今や各種資金供給の適用金利を設定する際の基準でしかない。もちろん、基準であることは重要に違いありませんが、「政策金利をどう修正して資金供給するか」がECBの議論の中で小さくない部分を占め始めているように感じます。既に見たように、TLTRO3の優遇金利は最大で「預金ファシリティ金利(▲0.50%)+▲50bps」です。政策金利と同じ幅が優遇措置として付けられており、これ以上の優遇をするには政策金利よりも大きな幅を付けることになります。それが悪いという話ではありませんが、体裁上、違和感は残ります。


ちなみに4月30日の政策理事会では短期金融市場の安心感を醸成するための資金供給策としてパンデミック緊急長期流動性供給(PELTRO)もラインナップに加えられています。これは8か月から16か月というTLTRO3に比べれば短い資金を供給するスキームですが、適用金利は「主要リファイナンスオペ金利(ゼロ%)+▲25bps」と優遇幅はTLTRO3よりも劣るものの、やはり「必ずお金が貰える仕組み」です。なお、TLTROとは違い、PELTROは貸出実績を気にせず利用することができます。


こうした「必ずお金が貰える仕組み」を通じて欧州系銀行のリスク許容度は改善され、金融仲介機能が円滑に働くことが期待されます。それは結果的に、域内企業の資金繰りを支援することにもなるし、当然、「お金が貰える」ことで金融機関にとってはマイナス金利の副作用緩和にもなるはずです。なお、貸出実績を達成することにこだわらないのであれば、マイナス金利で仕入れた資金で債券投資をすればキャリー取引も奏功するかもしれません。過去を紐解けば、中銀資金を得たその種の取引は批判に晒されてきたのだが、現状では黙認される可能性が高いでしょう。


今後もECBの会合が近づくたびに「マイナス金利の深掘りはあるのか?」が話題になりやすいとは思います。もちろん、それも大事な論点です。しかし、そうした「表向きの政策金利」とは別に、「資金供給の適用金利」にどのような創意工夫を施すのかという着眼点も重要になるように思われます。それはさながら「表向きの政策金利」に対して「影の政策金利」のような印象が抱かれます


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