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世界標準の財政理論では「財政赤字=悪」とは限らない

自民党・古川禎久氏「ポピュリストに財政運営できない」 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

海外において経済政策の新た理論として台頭しているのが「財政赤字の適温理論」です。
これは、財政には政府債務と財政赤字の望ましい組み合わせを示す「適温領域」が存在するとし、世界標準の財政理論では「財政赤字=悪」とは限らないことを示しています。

実際にプリンストン大学のミアン氏らは2022年の論文で、財政政策には政府債務と財政赤字の望ましい組み合わせを示す「適温領域」が存在することを示しています(参考文献参照)。
これによれば、2019年時点の日本は、財政赤字を減らすとむしろ債務が増加する状況にあり、財政赤字を増やすことで政府債務が減少する状況が、財政赤字/GDPが3%弱に達するまで続くとしています。
そしてその後は反転して財政赤字拡大とともに政府債務も増加するようになり、政府債務残高/GDPが223%になる時点で財政赤字/GDPは3.5%で最大域に達し、その点よりも債務を増やすと持続可能な財政赤字は減少し、最終的に財政赤字をゼロにしなければならない金利>名目成長率の状況に到達する政府債務残高/GDPは446%になるとしています。

他方、政府債務が将来世代の負担といった議論は、マクロ経済学的には必ずしも正しいとは限らないとする向きもあります。
上智大学の中里先生のコラム(参考文献参照)によれば、国債は日本国内に居住する民間部門の資産になるため、納税者が償還財源を負担すべき債務として国債が将来世代に引き継がれるということは、民間が保有する金融資産としても国債が将来世代に引き継がれることになるということです。
そして、国債発行による政府の資金調達は世代間の貸し借りというより同一世代内の資金移転であり、むしろ将来世代への負担を考える上では、財政支出の内容の効率性が重要であるとしています。

また、昨年話題となった書籍「21世紀の財政政策」(日本経済新聞出版社)でも、ブランシャール氏は財政政策について「純粋財政」と「機能的財政」のアプローチがあるとしています。
そして、金融政策によってGDPを潜在水準に維持できる状況で政府債務が大きければ、「純粋財政アプローチ」により政府債務の縮小に焦点を当てるべきとする一方、長期停滞により金融政策の余地が大幅に失われている想定の中では、マクロ経済安定化のために財政政策に焦点を当てる「機能的財政アプローチ」が望ましいとし、民間需要の強さに応じてそれぞれのアプローチの適切に組み合わせるべきとしています。

こうした中、近年のアメリカでは「モダン・サプライサイド・エコノミクス=MSSE」をはじめとした成長戦略としての財政政策が重要であるとの考え方が展開されています。
こうしたことから、日本経済を念頭に展開される海外の主流派経済学者の長期停滞に対する処方箋は、今後の日本の財政政策を考える上でより一層重要なものとなるでしょう。

<参考文献>
Atif R. Mian Ludwig Straub Amir Sufi「A GOLDILOCKS THEORY OF FISCAL DEFICITS」(2022年、NBER Working Paper)
中里透『将来世代にツケは回せるか―防衛費の「倍増」について考える』(2022年、SYNODOS OPINION)
オリヴィエ・ブランシャール『21世紀の財政政策』(2023年、日本経済新聞出版)

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