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変えられないものに文句言っても、それこそ何も変わらない

屋久杉というものがあります。ご存じの通り、鹿児島県の屋久島に生息する杉です。

個人的には、2017年に屋久島に行ったことがあります。ちなみに、屋久島の縄文杉に行くルートが「荒川登山口」となっていて、なんか自分専用みたいで笑った。

撮影 荒川和久

往復20キロ、4万歩、合計11時間も歩いて疲れました。
あの縄文杉も拝見しましたが、下の写真は縄文杉ではなく、それよりも下の位置にあった大王杉という屋久杉です。縄文杉は離れたデッキからしか見ることができなくなっていたので、写真としてはいまいちで、屋久杉感はこの大王杉の方があった。

撮影 荒川和久

そもそも、杉は日本の固有種であり、学名を「Cryptomeria Japonica(クリプトメリア ジャポニカ)」といいます。一属一種の「日本の木」として世界的に認識されている樹種です。

一属一種であるから、本州の杉と屋久杉も同じものです。しかし、本州の杉は屋久杉のように樹齢何千年も生きません。せいぜい長生きして500年程度といわれています。同じ種類なのに、その違いはなぜか?

それこそが環境の違いなのです。

屋久島は全島ほぼ花こう岩でできた岩の島です。岩しかない島です。岩しかないところになぜ杉が根付けるかというと、岩に生息するコケのおかけでです。杉はコケを苗床として成長するわけです。

撮影 荒川和久

当然、栄養状態はそれほどよくはありません。ですから本州の杉と比べてその成長がものすごく遅い。しかし、遅いがゆえに、年輪のひとつひとつがものすごく密で、木としての体幹は本州のものより頑丈になる。
左が屋久杉の年輪。

https://suginoyas.com/yakusugi/

また、屋久島は台風も多い。台風によって木も傷つくことがあります。だからこそ屋久杉には傷を治す屋ための樹脂が豊富になっていきます。過酷な環境だからこそ樹脂をたくさん出す必要があるわけです。

その樹脂のおかけで、屋久杉はたとえ台風で倒れても、そのまま200-300年は朽ちずに生き続けることができるそうです。そして、200-300年の間に、その倒れた屋久杉は新しい屋久杉の苗床として機能し、元の屋久杉が300年後に朽ちた時には、その上に新しい300歳の若い屋久杉が自立していることになる。そのようにして、屋久島の屋久杉はできている。

ちなみに、屋久杉の種を本州に植えても屋久杉のようには成長しないそうです。本州の他の杉と同じになる。つまり、環境の違いこそが屋久杉とそれ以外を分けるポイントとなるわけです。

なんで、こんな話をしているかというと、とかく遺伝だけですべてが決まるかのような行動遺伝学もどきの誤解が広まっている感じがして危険だと思うからだ。もとろん、親の影響がないとはいわない。少なくとも容姿や体型などは遺伝の力が大きいだろう。しかし、能力まで遺伝するかというと、それはむしろ環境の力の方が大きいのである。逆にいえば、優秀な遺伝子だろうと、環境が整わなければ開花しない。

むしろ「親ガチャ」のような言葉が流行した背景にあるのは、親の遺伝子の問題というよりも、親によって違う子の環境の問題である。もっとわかりやすくいえば、裕福な親と貧乏な親とでは環境が全然違う。むしろ課題化すべきは、その環境の違いによる実質的な「目に見えないカースト制度」の方だろう。

拙著『「居場所がない」人たち』ではそのあたりについもいろいろと書いているが、その一部抜粋として紹介されたのが以下の記事である。

この記事に興味があれば、ぜひ本書を手にとってもらいたい。

植物であれば、屋久杉も本州の杉も、自分では生息する場所を変えることは一生できない。それこそ「置かれた場所で咲く」しかないのだが、人間は違う。環境を変えることができる。本人の意志とは関係なく、たまたま知り合った人間関係という小さなきっかけで、大きくその後の環境が変わってしまうこともある。良い場合だけじゃない。悪い方向に行く場合もあるが。

しかし、それくらい、親の環境なんて子どものうちは世界のすべてかもしれないが、長い人生の中で振り返ればたいした比重ではない。

親ガチャがあることは確かだし、否定しないけど、変えられないものに文句言ったところでそれこそ何も変わらない。変えられるものに視点を移せばいい。場所を変え、相対する人を変え、時間の使い方を変えるだけで劇的に人生は変わる。別にポジティブマッチョな脳筋思考で言っているのではない。変えようとしていなくても行動していれば自然と変わっているはず。それでも一生「親ガチャ」と言い続けるのは、自分がそうしたいだけなんだろうと思う。


長年の会社勤めを辞めて、文筆家として独立しました。これからは、皆さまの支援が直接生活費になります。なにとぞサポートいただけると大変助かります。よろしくお願いします。