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お金の役割を改めてアフリカで考える ~タンザニアと日本の地方を結ぶもの~

 久しぶりにアフリカに戻ってきている。新型コロナウイルスによる入国制限が厳しかったケニアでも規制が緩み、日本の出入国も5月以降はほぼコロナ前と同様になった。日本から飛行機を乗り継いで来たが、いずれのフライトも満席に近い乗客がいて、世界中で人が動き始めていることを実感する。

 私のアフリカ渡航も各国合計すればそろそろ10回を数える中で、少しずつ 現地の経済状況への理解も深まってきているが、その中で今回改めて考えているのがお金の役割である。

 もちろん言うまでもなく、どこの国でもお金は経済の重要な要素であり、また人々がお金を必要としていることは他国と変わらない。

 しかし一方で、お金だけが経済を回す要因、重要なファクターになっているのだろうか、ということを、この滞在中に考えさせられている。

ケニアとタンザニアの違い

自分が関わりがある中で言うと、ケニアとタンザニアは国境を接する東アフリカの国であり、地理的に近い分、連続性のある 2カ国だと言って良いのではないかと思う。東アフリカ共同体の加盟国として、経済統合を推進する機運もある。

しかしこの2カ国では、経済的また社会的な状況がかなり異なっているように感じる。 例えば、ケニアの首都であるナイロビの近郊には キベラというアフリカ最大と言われるスラム地域があるが、タンザニアの首都であるダルエスサラームの近郊には、特に際立った規模でのスラムを見かけていないし、また他の大都市も含めてそういった話もあまり聞かないように思う。これは正確に調べなければいけないことではあるのだが、なぜこうした違いが生まれているのだろうか、という素朴な疑問が生まれている。

また外務省が発表している海外危険情報を見ると、ケニアはほぼ全土が危険レベル1以上の地域となっており、地図で黄色から赤の色でほぼ全部が塗りつぶされている一方で、タンザニア はこうした危険地域に指定されている部分はごくわずかで、レベル4の退避勧告が出ている地域はなく、地図の大半が特に危険地域として指定されていないことを表す白である。

もちろん、これは都市化の度合いや人口分布なども影響しているので、地図の塗分けで判断することは妥当ではなく精査は必要だが、タンザニアでは生まれ育った場所、日本でいう実家・郷里を中心とした地域の人々のつながりが都会に出た人たちでも途切れずに保たれており、それが1つの社会的なセーフティネットになっているのではないか、という話を聞いた。これによって、仮に都会に出て仕事が思うように行かず食い詰めることになったとしても、そこでスラムに人々が集まるというようなことにならず、地元に戻ってそのコミュニティの中で生きていく選択肢が残されているのではないかというのだ。これが、タンザニアにおいてスラムがあまり目立たない理由だと考えられるという。

これは先に示した危険地域指定レベルのケニアとの違いとも関係している可能性があるのではないか。当然ではあるが、失業などでお金を稼げなくなることが、窃盗や強盗などの経済犯罪、それに付随する傷害や殺人に繋がっていると考えられるので、人とのつながりが弱くなり都市で孤立した人々がスラムを作り、また犯罪などに手を染める割合が比較的高いケニアと、そうではないタンザニア、というのが一つの仮説である。

コミュニティ・コミュニケーション重視のタンザニア

そういう視点で両国の違いを見ると、例えばUberは両国で頻繁に使うのだが、タンザニアのドライバーは必ずと言っていいほど、何らかのメッセージを送ってくるか、電話をかけてくる。私の名前などからして外国人であるということは理解しているのだと思うが、それでも電話をかけてくる。そして、 あらかじめUberに登録してある乗車地や目的地を尋ねてくるのである。 ケニアではこうしたケースはあまりなく、これはタンザニアの国民性を表すものではないかと思うようになった。最初は、タンザニアのドライバーはケニアのドライバーに比べてアプリに慣れていないのかと思っていたのだが、ひょっとするとそうではないのかもしれないと思い始めている。人とのコミュニケーション、コミュニティを大切にする姿勢の表れなのではないか、というのが今思っていることだ。

こうした人と人のつながりを重視し、そこで形成されるコミュニティの強さがセーフティネットになっている社会と考えると、タンザニアの社会のあり方は、ひょっとすると日本の地方創生においてヒントになることがあるのではないか、と感じ始めている。そして、タンザニア人を見ていると、必ずしもお金に限らず、助けられる人が助けを求める人を助けるといった、互助によるネットワークが社会経済の一部を構成しているよう感じ始めているのだ。

こうした状況は香港の在外タンザニア人コミュニティの様子を描いた本「チョンキンマンションのボスは知っている」の記述にも通じるものがある。

日本のコミュニティへの応用可能性

コミュニティの濃密な人間関係はデメリットになる部分もあるが、その濃密さを回避しつつ、互助のセーフティネットとなっている香港のタンザニア人コミュニティのあり方は、タンザニア国内でのコミュニティのあり方とは違っている可能性もある。ただ、タンザニア人の国民性が反映されたものではあるのだと思う。日本の地方社会をどう維持していけるのだろうかと考えると、タンザニアにヒントがあるのではないか。

その一つの局面を言うと、必ずしもお金に依存しない経済ということかもしれない。考えてみれば、自分の東京での生活は、ほぼ完全にお金に依存していると言ってよい。コンビニなどはその典型だが、あるものが欲しければ(少なくても現時点では)ほぼ瞬時にお金と交換して手に入れることができるし、また自分の報酬も基本的にお金で支払われている。別な言い方をすれば、人を介さずにお金ですべてが動いていくシンプルな構造である。それだけに、お金がなくなれば、たちまち行き詰るということでもある。

一方で、日本の地方社会では、自分で農作物を作ったり水産物を漁獲したりしている人の間では、そのおすそ分けが珍しくなく、これが「見えない」=金銭価値に換算されない地方経済の一部を構成している。また、農協の人と副業について話したときに「兼業農家が当たり前の世界で、副業という概念を特段切り出して考えること自体がなじまない」という趣旨のことを言われたことがあり、ここでも貨幣経済がすべてではない、ということの一端を感じた。

タンザニアであれば、仮にお金を持っていても自分の欲しいもの・必要なものがすぐに手に入るとは限らない。これは物流網の未整備などの影響もあるが、彼らにとっては、お金以外の手段が彼らの生活を支える部分が、私たちよりも大きいのではないかとも思う。別な言い方をすると、お金の価値は、私たちの社会よりもずっと相対的なのではないだろうか。 

アフリカでどうビジネスを作るか

むしろ、お金を介在させることによってタンザニアでのビジネスが難しくなるのではないかとすら感じる経験もしている。言ってみれば、現代的なかたちでの「物々交換」をベースにビジネスを作り上げていく方が、お金を介在させ、数字ですべてを管理するよりもうまくいくのではないかということだ。別な言い方をすると、お金の数字をやり取りする取引先としてのドライな関係ではなく、同じビジネスのコミュニティのメンバー同士になる、ということである。これは日本をはじめとする先進国の高度ないし過度にすすんだ貨幣経済のあり方に一石を投じるものになるのではないか。

もちろん、原始的な物々交換による効率の悪さ・不経済を解消するために貨幣経済が発達してきたという歴史を考えるなら、これはまだまだ発展途上であるからこそ起きていることと言えるのかもしれない。ただ、一方で行き過ぎた貨幣経済が様々な弊害を生んでいることも否定できないだろうし、ひょっとすると、アフリカはそうした課題を直感的に理解して、貨幣経済に依存しすぎない経済ということを志向している部分があるのかもしれない、と言ったらひいき目にすぎるだろうか。先に紹介した本にあるように、香港という貨幣経済の中心地のひとつで、タンザニア人コミュニティが貨幣経済では説明がつかない関係性を構築している、というのはとても興味深く感じる。

アフリカで日本の将来を考える

ここに書いたことは、アフリカでのビジネス開発のために試行錯誤をしていく中で生まれている私の雑感に過ぎず、統計的あるいは学問的な裏付けがある話ではないので、仮説と言っても与太話の域を出ない。だが、日本を含めた先進諸国が貨幣経済に依存しすぎていることをアフリカとの対比で改めて客観的にとらえることができ、そのひずみにどう対処したらいいかというヒントも、アフリカでのビジネス開発の方策と同時に得られる予感がしている。




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