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日本の富裕層が変わるとき

2020年に創設された任天堂創業家のファミリーオフィス「ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス」が、対話型アクティビストと言われるタイヨウ・パシフィック・パートナーズを買収した。タイヨウは、日本株に投資し、経営陣の対話を通じて長期にじっくり企業価値を上げるアプローチをとる米系のファンドだ。

日本のファミリーファンドがこのような動きに出ることは、とても珍しい。日本の富裕層が変わる兆しだろうか?

まず、日本の富裕層は、欧米と比べ資産運用が保守的な傾向がある。株と債券、不動産といった伝統的手段に偏りがちだ。

富裕層の税務に詳しいEYの西村美智子アソシエートパートナーによると、これには富裕層まわりの未成熟な規制の影響が大きいという。すなわち、ファミリーオフィスひとつを取っても、どんな規制がかかるのか、日本では予見可能性が少ない。金融機関自体の規制も厳しいため、たとえば専業プライベートバンクが生まれない背景になっている。

結果、日本における富裕層の場合、運用は「(家族と付き合いの長い)番頭さんにおまかせ」パターンが多いと、西村アソシエートパートナーは指摘する。ところが、必ずしも「番頭さん」に最新の知見があるわけではなく、結局、保守的な運用に帰結してしまう。

対照的に、欧米では富裕層の資産運用を取り巻く規制が整理されており、そのうえで見直しの必要が指摘されている。欧米富裕層の運用手段は、プライベートエクイティ、スタートアップ、オールタナティブ投資など、既に十分幅広い。

この点、「チャレンジ精神」の継承を掲げてスタートアップ投資も手掛ける任天堂創業家のファミリーオフィスは、プロの投資目利きを内包して積極的な運用を行う、日本では従来の枠を超えた珍しい存在だ。

日米の富裕層事情を熟知する元ウォールストリート・バンカー兼クラシックカー・ディーラーは、環境が未熟ゆえに、日本の資産家は損をするケースが多いと指摘する。ある一定の資産規模に達した欧米の富裕層は、トラストなどの仕組みを作り、当然のようにプロのアドバイスを受ける。そのアドバイスの範疇は、金融資産の運用のみならず「パッション投資」とよばれる美術品や宝飾品、クラシックカーへの投資も含まれるそうだ。

ところが、日本では、多くの場合、そのようなアドバイスが受けられない。特にパッション投資となると判断が難しく、マーケットが相対的に上がったときに買い、下がったときに売るという、教科書の真逆を行ってしまうことが多いようだ。実際、バブル崩壊後、日本の富裕層が手放すクラシックカーを底値で漁ろうと、海外ディーラーが跋扈したという。

逆風の多いように見える日本の富裕層だが、変化の兆しはある。任天堂創業家の進取的な自前運用に加え、日本電産創始者の永守重信会長による私財の高額寄付を伴う京都先端科学大学立ち上げなどが目立つ。ヤマウチ・ナンバーテンの場合は、投資リターンに加えてスタートアップも含めた日本企業の応援、永守会長の場合は、日本の教育改革という目的が明らかだ。


残念ながら、富裕層が増えれば、そのうち彼らの消費によって富が「トリクルダウン」し、社会全体を潤すという幻想は、海外でも日本でも成り立たないことが明らかだ。その結果、世界的に格差拡大が大きな問題になっている。ただし、日本では比較的、富裕層に対する反目が表立たない。この安定は、諸外国にくらべて優位をもたらしてくれる。

さらに、富裕層がみずからの財を社会性のある投資や寄付に使うのであれば、社会の大多数を占めるマス層との間に共存共栄がもたらされる可能性はある。富裕層に対する負の先入観の少ない日本にこそチャンスのある、固有なモデルと言ってもいいだろう。富裕層をこのような帰結に導くような、規制や環境の整備を考える時期に来ているのではないか?

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