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構造改革待ったなしの地域公共交通機関 ~自治体・住民・周辺産業の意識は追いついているか~

熊本県の公共交通機関が運賃収受機器の更新にあたり、交通系 IC カードの対応を止める決断を下した。一度交通系ICカードに対応した後でそれをやめるのは全国初ということだ。

 せっかく普及した交通系 IC カードでもあり、地元の人からは不便になるという不満をもらす声もSNS などで見かけた。

これにはやむを得ない事情もあるだろうと思う。1つには 交通系 IC カードは 日本独自の規格であり、一方でクレジットカードのタッチ決済の対応が進み、これは国際的な共通化が図られている。最近では多くの国際ブランドのクレジットカードやデビットカードのタッチ決済対応が進んでいる。これであれば国内外を問わず共通してタッチ決済をすることができる。規模の利益から言っても、国内専用規格はどうしてもコストが高くなるだろうし、多くのインバウンド観光客が来ている中で、観光客のお財布の中にタッチ決済のクレジットカードはあっても交通系 IC カードが入っているというケースは非常に稀と考えられ、その点でも国内規格は不利である。

確かに交通系 IC カードは、特に首都圏の異常ともいえる多数の改札処理を非常に短い時間の間に処理するといった点で高度な技術を備えているものだ。しかしこれが地方でも必要になるのか、と言われると必ずしもそうではないだろう。 むしろ、インバウンドや、日本人でも交通系 IC カードを持たない人であろうと利用できる、顧客の立場からの利便性が求められることになる。

日本の交通系ICカードと類似したロンドンの交通機関で使えるオイスターカードも、今では同カードでしか割引が受けられない学生などを除き、一般的な利用者はクレカやスマホのタッチ決済に移行してしまったようだ。

また、IC カード に限らず、日本発の技術であるが今や世界で広く使われるようになった QR コードを使った鉄道の乗車券も、海外では普通に汎用のものとして使われており、日本がようやくそれを逆輸入する形になっている。

 ただ、どうやら専用用紙にQRコード付きの切符を印刷をするもののようで、自前のプリンターやスマホ画面にQRコードを表示させ、券売機をなくすところまで想定されているのかは不明だ。専用システムを作って囲い込みを図る発想の日本のベンダーと、そういうベンダーと長い付き合いのある事業者と関係で、引き続きコスト的に高くつく専用機器を導入する方向に進んでいるのだとすると、磁気券を廃止するメリットも中途半端になってしまうことが心配だ。

今後もある程度の売り上げが立つ首都圏はじめ都市圏の交通機関はそれでも成り立つかもしれないが、地方の交通事業者の経営の先行きは深刻なものがある。言うまでもなく人口が減っており、その上に高齢化しているため、仮に頭数は同じであったとしても、若い人より高齢者の方が移動する機会は減ることになるだろうし、 そうであれば公共交通機関は人口減以上の利用者減に見舞われることが想像に難くない。特に地方であれば、都市部に比べ頻度や乗降場所がまばらな公共交通機関は高齢者にとって必ずしも便利であるとは言いにくく、自家用車やタクシーといったもののニーズの方がはるかに勝るだろう。

こうした将来の先行きは、都市圏における鉄道事業者も敏感に察知して、これまでとは違った動きに出ている。 例えばJR東日本は中央線で新たにグリーン車を増結したり、阪急電鉄が有料の座席指定車を導入するといった形で、これ以上の利用者増が望めない中で、利用単価をアップさせるための有料サービスの導入計画が各社で相次いでいる。

 また、利用者増が望めないということは、運転本数の増発が望めないということになり、そうなると路線全体の利便性を維持するためには快速運転から各駅停車に切り替えることが一つの方法になる。快速運転は、言ってみれば人口増の時代の郊外人口の増加に対処する方法であって、人口減で郊外人口が減るならむしろ都心に近い快速通過駅の利便性を高めることの方が、エネルギー効率や利用者の時間の有効活用などの観点からも理にかなっている。これによって運転本数自体は変えずにフリークエントサービスの維持ないしは 向上を図ることができるだろう。京葉線の快速廃止をめぐる沿線自治体との協議の問題は、JRの対応が二転三転しているが、こうした背景があるものと推察される。

同様の動きは、首都圏の他線区でも起き始めている。

また、鉄道事業者が交通運輸にとどまらないサービスに手を広げていることも各社で見ることができる。例えば一部の鉄道事業者が始めている銀行関連サービスや、自社グループ内のポイントサービスを拡充する動きがある。

 いずれも右肩下がりが予想される今後の国内市場にあって、なかなか海外での事業展開が難しい交通事業者が、生き残りをかけて今後の収益の確保に向けて動いているといることが見て取れる動きである。一部には、海外事業展開を模索する動きも出はじめた。

 さらに、これまで赤字の鉄道路線を廃止する場合にはバスで代替してきたものが、バス運転手の不足からバスへの代替すらできないという事態に陥りつつあるのも現実だ。

 自治体の中には路線バスを維持するために補助金を出してはいるが、ほとんど利用客がいない、といった状況もあるかと思う。実際に地方に行って、めったに来ない路線バスに乗ったら乗客は数名、場合によっては自分だけ、ということは普通だ。自治体にとって決して少なくない財源、つまりは税金が空気を運ぶために使われているという現実。バス事業者にしても、運転手が貴重なリソースとなっている昨今では、補助金をもらっているからと言って、空気を運ぶことが果たして旨味のある商売であるのかと思うし、もしそうなのだとすれば、果たしてこれで誰が幸せになっているのだろうと思う。

このように、大きな事業環境の変化が経営課題として意識されはじめ、それに向けた施策が次々と打ち出されつつあるのが多くの交通事業者の現状であるが、なかなか利用者・地元住民や自治体の意識がそこに追いついていない という齟齬が起きているのではないだろうか。

交通系 IC カードについては、残念ながら熊本のような決断をせざるを得ない交通事業者は今後も増えていくと思われる、その時にビザやマスターなど海外の国際ブランドクレジットカードだけに手数料が流れてしまうのを手をこまねいて見ているのでは大変もったいないことになる。日本には JCB という国際ブランドのクレジットカードがあるわけで、こうした国内事業者といかにして組んで売り上げの海外流失を防ぐかということも、日本ブランドを世界でどうやって生き残らせていくかという観点もふくめ、重要性が高いのではないかと思うが、あまりそうした意識で語られることがないように思う。

最後に、こうした地域交通の状況にあってタクシー業界は相変わらず業界だけの縄張りを固めるかのような日本版ライドシェアを導入するなどの動きに出ているように見えてしまう。こうした地域の交通体系全体の中におけるタクシーの役割がどのようにあるべきか、という視点が欠けているように思えてならない。

先日、ある場所の特定のタクシー会社専用の乗り場でタクシーを待っていたが、その会社のタクシーが一向に来ないため、乗り場の係員が通りかかる他社のタクシーを何台も呼び止めて待ち客を乗せていた。かつて自社への顧客の囲い込みを狙った専用乗り場が、タクシードライバーの不足によってもはや機能していなくなっていることの表れだと思うが、時代の変化に経営者や業界全体が追いつけていないといったら言い過ぎだろうか。

先に述べた通り、鉄道の存続が危ぶまれた時にバスに転換することがもはや 難しくなっている現状で、タクシーやライドシェアがそこにどのように関わって課題を解決しうるのか、ポテンシャルは高いはずだ。

監督官庁である国交省の問題も非常に大きいと思うのだが、各自治体や各事業者が、地域住民の足をどのように守るのかということを、自社の事業や監督事業だけを見るのではなく、地域住民全体の視点に立って考えなおす時が来ており、それは待ったなしになっている。


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