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EU首脳会議~「メルケル首相の花道」に向けた前哨戦に~

今晩、EUでは注目の首脳会議が行われます。既報の通り、永年の課題である債務共有化の一里塚として復興基金への注目度が高く、今回の会合で決定に至るか注目されています。債務共有化は2021年9月をもって政界引退を宣言しているメルケル独首相にとって最後の偉業であり花道という位置付けになるかもしれず、様々な思惑が交錯する中で話が進みそうです。5月中旬、元より反対派であったドイツが債務共有化に対して態度を軟化させ、フランスと歩調を合わせるようになったのはその証左と思われます。

しかし、相変わらずドイツ以外の健全国は一筋縄でいきそうになく、紆余曲折が見込まれます。また、重要な会議を前に、これまで調整役として重要な立ち回りをしてきたユーロ圏財務相会合のセンテーノ議長が職を退く意向を示すなど事態は流動化しています。なお、以下の記事では相変わらずオランダの反対が力強いことも言及があります:


3本立ての枠組み
なお、EUがコロナ対応として打ち出している施策については様々な数字や枠組みがヘッドラインで交錯しています。現状、EUのコロナ対応には複数の論点があります。これから決定される債務共有化の要となる復興基金ばかりに注目が集まりますが、4月に決定されている①財政措置(総額5400億ユーロ)もあります。②復興基金の7500億ユーロはこれに次ぐものです。その上、足許では2021年から始まる③約1.1兆ユーロのEU多年度予算(MFF:Multiannual Financial Framework、21~27年の7年間が対象、以下MFF)を巡る報道も入り混じっており、これが復興基金と重要な関わり合いを持っています。日常からEUをウォッチしている者でも混乱しやすい状況です。


今、決まっている「5400億ユーロ」はコロナショックを緩和するための政策パッケージであり、「最初の一手」という位置付けになります。しかし、4月23日のEU首脳会議はこうしたパッケージに加え、コロナ危機を乗り越えるための復興基金(Recovery Fund)を検討することでも合意し、欧州委員会に枠組み策定を託しました。5400億ユーロの政策パッケージが「最初の一手」とすれば、復興基金は2021年以降、感染が収束し、経済が立ち直り、加速していく上で求められる「第二の矢」という位置付けと考えられます。


こうした流れの中、5月27日に欧州委員会が公表したのが総額7500億ユーロからなる「次世代のEU(Next Generation EU)」ファシリティであり、これが通称「復興基金」と呼ばれるものです(以下、単に基金と呼ぶ)。後述するように、財源の議論まで含めて制度設計を評価すると、この基金は明らかに債務共有化の性質を備えており、だからこそEUにとって歴史的な意味を持ち、また意見集約が難しいテーマと言えます。


また、同日、欧州委員会は基金案と合わせ、1.1兆ユーロ規模の中期予算であるMFFも発表しました。同じタイミングで発表したのは、後述するように、基金の財源がMFFに依存しているためです。金額を整理すると一連のコロナショックへの対応としては1.29兆ユーロ(①+②)、2021年以降にEUが資金規模としては1.85兆ユーロ(②+③)ということになります。1.29兆ユーロも1.8兆ユーロも欧州委員会が自身の公式文書の中で引用している数字ですが、②をダブルカウントしていて分かりにくいです。

「倹約4か国(frugal four)」
ここまで整理した上で注目される基金を見てみましょう。欧州委員会案によれば基金の総額は7500億ユーロで、5000億ユーロが返済不要の補助金、2500億ユーロが返済を要する融資という構成になっています。実は一口に基金と言っても、この7500億ユーロも様々な費目に分かれており、なかでも「新たな回復と復活のためのファシリティ(Recovery and Resilience Facility)」と呼ばれる費目が目玉となっています。ここに全体の75%(5600億ユーロ:3100億ユーロが補助金、2500億ユーロが融資)が割り当てられています。


基金の規模および性質(補助金か融資か)を巡る展開は波乱含みです。5月18日には独仏共同提案により「返済不要な5000億ユーロ基金」として補助金形式が話題となりましたが、同23日にはオーストリア、オランダ、デンマーク、スウェーデンの4か国、通称「倹約4か国(frugal four)」がコンディショナリティ(財政再建や構造改革など)と引き換えに実行する融資形式を対案として示しました。また、これらの国々は「大国主導で決めて欲しくない」という胸中もあったと考えられます。補助金と融資の割合が「2:1」とされたところに欧州委員会の苦労が透けて見えます。


このような経緯を踏まえれば、今回の首脳会合も「倹約4か国」をどの程度説得できるかにかかってくるわけですが、現状では「緊急的(時限的)な基金を作ることには賛成だが、補助金形式には反対」がそれらの国々の基本認識と報じられています。実は決定済みの5400億ユーロのパッケージを決める際にも利用条件の取り扱いで揉めた経緯があり、結局は使い道を大まかに限定することを求めただけで、改革実施などの条件は求めないことになりました。つまり、「倹約4か国」からすれば、一回譲っているという経緯があり、今回の説得も恐らく難航を極めるように思います。

稼働時期や財源を巡る問題
また、基金の稼働時期や財源も問題含みです。稼働時期と財源はセットで理解する設計になっています。まず、財源はEU予算の引き上げで対応されるようです。現状、EU予算は域内GNIの1.23%が上限とされていますが、欧州委員会案ではこれが2%まで引き上げられ、2021年から2024年にかけて、上積みされた財源拠出を担保として欧州委員会がEU債を発行し、資金を調達する計画が示されています。債券の償還期間は3年から30年とされ、2028年から2058年にかけてEU予算から返済するとことになっています。

つまり、鳴り物入りで基金の導入が決断されても資金が付いて稼働するのは最短でも2021年以降という話なのです。基金の正式名称が「次世代のEU」とされているのは、その費目の中身が環境保護やデジタル化の促進など、文字通り、次世代を睨んだ投資を企図しているからです。言い換えれば「基金はコロナショック克服だけを目的とするものではない」ため無理をして直ぐに稼働するという設計になっていないと言えます。

そうした稼働時期の問題に加え、財源も問題含みです。債券なので当然、償還のタイミングで返済原資が必要になります。上でこれはEU予算から返済すると述べましたが、厳密には「加盟国からの追加拠出」に加え、「EU独自財源とするための新税(炭素税やデジタル課税など)」で賄うという話です。新税は域外からも資金を獲得することができるため加盟国の負担を軽減する策とも言えますが、EUの徴税権を強化する案は歴史的には意見がまとまりにくいものです。また、新税とて加盟国経済への追加的な負担にはなるでしょう。

結局、利用国からの返済を充てられる融資(2500億ユーロ)部分と異なり、返済不要の補助金(5000億ユーロ)部分は程度の差こそあれ、加盟国の懐から出すことになるわけです。これは債務の共有化以外何物でもなく、だからこそ健全国からの反対意見が出やすいと言えます。

決定は「メルケル首相の花道」を意識した下期以降に
上で見たように、どんなに急いで決定しても稼働が2021年以降となるならば、今回急いで決める必要性は大きくないと言えます。筆者は下期となる7月以降に結論が持ち越される可能性は高いと思っています。

上で紹介した記事でもメルケル首相から「合意は7月以降」との発言があったと書かれていますが、下期になれば半期に1度入れ替わるEU首脳会議の議長国がクロアチアからドイツに回ってくるという点は見逃せません。というのも、現在の欧州委員会委員長であるフォン・デア・ライエン氏はメルケル首相と近い政治家(元独国防相)として知られる人物です。政界引退を目前に控えるメルケル首相に花を持たせる意味も考えれば、その政治家人生の集大成として「EUの債務共有化をまとめた」という流れが作られていく可能性は十分考えられるでしょう。

繰り返しになりますが、欧州委員会案に先駆けてドイツがそれまでの立場を翻し、補助金を主体とする枠組みをフランスと共同提案したのはその流れの一環に思えてなりません。今回の会合は、一気呵成に細部まで詰められた案が固まるというよりも、「メルケル首相の花道」に繋がる道筋をつける機会に留まると筆者はみています。


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