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世界で展開されるデジタルノマド誘致の経済効果

 日本を訪れる外国人はコロナ前の2019年には年間で3188万人だったが、2023年は2500万人にまで戻ってきた。JTBの予測では2024年にはコロナ前を上回る3310万人にまで増えるという見通しだ。これら外国人の、日本での滞在日数はコロナ前には1週間以内が6割を占めていた。

しかし、訪日旅行者の平均滞在日数は長期化していく傾向にあり、2023年の平均泊数は12.7泊、国籍別では中国人が平均65泊と最も長い。これは、業務目的の訪日が増えているためで、展示会や見本市、国際会議への参加、ミーティング、研修など、仕事を目的とした訪日者ほど滞在日数は長くなっている。

業務目的とはいえ、滞在中は食事や観光もするため、国内経済にとっては恩恵があり、今後のインバウンドビジネスでは、仕事を兼ねた外国人旅行者を誘致することが重要戦略となっている。ただし、就労目的(日本で賃金を得ること)の外国人は、国内の雇用を侵食するため、自国での収入源が確保されている状態で、日本に滞在する外国人がターゲットになる。

この条件に当てはまるのが、国際的なリモートワーカー、ノマドワーカーに該当する層である。日本政府は、海外企業に勤めるITエンジニアや独立したフリーランスなど母国とのリモートワークが可能な人材を「デジタルノマド」と捉えて、新たな在留資格を与えるための法改正を準備して、パブリックコメントの募集(意見公募)を2024年2月から開始している。

従来の訪日旅行者は、観光目的の他、出張や会議など報酬を伴わない業務目的でも、滞在日数の上限が最長90日間までと短い。これに対して、デジタルノマド人材には、1年間のうち最長6ヶ月までの在留資格を与える計画だ。そこに合致する人材として以下の条件を挙げている。

《デジタルノマドの条件(案)》
・国際的なリモートワークを日常的に行う者と、その家族。
・年収が1000万円以上あること。
・民間医療保険に加入して日本滞在中の怪我や病気に適用されること。
・査証免除国・地域の国籍者等であること。

このように、政府がデジタルノマド優遇策を出す背景には、コロナ禍以降、世界でリモートワーク人材の誘致合戦が過熱していることがある。どの国に住んでも安定収入の基盤を持つリモートワーカーは、自国の雇用を奪う懸念がなく、経済的にも裕福な層になるため、滞在国での消費やレジャーに対しても積極的である。少子高齢化が進み、国内需要が縮小していく中で、国際リモートワーカーの誘致には、新たな経済効果を期待できるためだ。

従来のインバウンド市場は中国人旅行者を中心に形成されているのに対して、デジタルノマドの市場は欧米人を中心に形成されていく可能性が高い。既に欧州では、デジタルノマドビザを発行する国が増えており、ノマドワーカーの誘致合戦が展開されている。

【デジタルノマド人材の属性】

 デジタルノマドには、リモートで働きながら複数の国を移動していく(遊牧民)の意味がある。リモートワーカーの中でも、居住地によって収益変動の影響を受けにくい上位層である。

デジタルマーケティングの調査を専門とする Demandsage社によると、世界のデジタルノマド人口は、2024年に3500万人となる見通しで、その47%にあたる1690万人は米国を第一の居住地として、その中の半数はマイホームも所有している。日常の通勤を必要としない一方で、旅をすることを好んでおり、1国あたり1週間から数ヶ月の滞在で仕事とレジャーを両立させている。

デジタルノマドは、リモートワーカーの中でも理想的なワークスタイルであり、米国のアンケート調査では、7200万人がデジタルノマドを目指したいと考えている。通勤ワーカー→リモートワーカー→デジタルノマド、とステップアップさせていくワークスタイルは、サラリーマンとフリーランス両方にとっての目指す道筋となっている。

米国のデジタルノマド人口推移(49 Digital Nomads Statistics For 2024 (Trends & Insights)

デジタルノマドは、経済的には余裕はあっても質素な旅行を好み、滞在国の候補として重視するのは、生活費の安さ、ネット回線の速度、安全性、自然環境の豊かさなどを感じられる国で、日本は潜在的な人気度が高い。しかし、デジタルノマド向けの在留資格は、これまで用意されていなかったことから、日本政府は導入の検討を始めたところである。

一方、欧州やアジアの新興国では、デジタルノマドの誘致は、従来の観光産業に次ぐ有望市場とみており、「デジタルノマド・ビザ」の新設をして、ノマドワーカーが滞在しやすい環境を整備している。世界で3500万人と見込まれるデジタルノマドが旅をすることによる経済効果は、約7800億ドル(約113兆円)と試算されており、一人あたりでは年間2万2000ドル(約320万円)を旅費、住居費、食事代、レジャー、医療費、保険代などに使う計算だ。

【ノマドワーカーに選ばれる国】

 既に世界では58ヶ国以上でデジタルノマド向けのビザを発行している。その内容は、収入や仕事内容など各国が条件設定したデジタルノマドとしての認定を受けると、6ヶ月~2年間の在留資格が与えられる。所得税や住民税の納付義務は国によっても異なるが、税務上の「非居住者」とみなされる期間内で複数の国に移動することで、合法的に課税を回避するノマドワーカーも存在する。

「Nomad List」は、デジタルノマドのライフスタイルを実現しているリモートワーカー、約3万人によって形成されているコミュニティサイトで、どの国がノマド生活に適しているのかを実経験による投票からランキングしている。 評価の対象としているのは、各国の生活費、ネット回線、安全性、天候、教育、医療水準など30項目以上に及んでいる。

その中で、総合ランキング1位となっているのはタイのバンコクで、Nomad Listに登録するノマドワーカーの6割が滞在地とした経験を持ち、高評価を投稿している。タイでの平均生活費は月額1395ドル、ファミリー世帯でも2600ドルと安く、リモートワークがしやすい環境が整っている。ただし、政治面ではクーデターによる軍事政権下で治安が保たれている状況がリスク要因として挙げられている。

《デジタルノマドにとっての人気都市》
・1位:バンコク(タイ)
・2位:クアラルンプール(マレーシア)
・3位:ケープタウン(南アフリカ)
・4位:チェンマイ(タイ)
・5位:ブエノスアイレス(アルゼンチン)
・6位:パガン島(タイ)
・7位:東京(日本)

Nomad List

これらのランキングは世界情勢によって変動しているが、現地の生活水準が高いわりに生活費が安い国が好まれる傾向がある。東京は都市インフラの面では不満はなく、先進国の中では物価が安く、治安が良いことが評価されている。 ただし、英語を話せる人が少ないことと、外国人に対する偏見や差別の点で他国よりも劣ることが指摘されている。

Nomad Listに登録するノマドワーカーの5割は米国人、3割が欧州人だが、東京での生活費は平均で月額2733ドル(約40万円)と報告されおり、宿泊先はビジネスホテルやコインランドリー付きのネットカフェが紹介されている。仕事用のスペースは、外国人向けのシェアオフィスが少ないため、時間単位で利用できるカラオケルームが推奨されている。現状では、日本にノマドワーカー向けの施設は少ないため、彼らが感じている「不便」を解消していくことも新たなインバウンドビジネスになる。

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