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私が久々に唸った、ビール業界における「革新的サービス」とは?

コロナ禍で大手ビールメーカー4社及び多数のクラフトビールメーカーも大幅な減収で経営が厳しい状況にある。そんな中、今回はビール業界にとって明るい話題をお届けしたい。以下の記事だ。

キリンの家庭用サービス「ホームタップ」向けのビールが絶好調という。

ホームタップは毎月ビールを配送するサブスクだ。専用のサーバーを無料で貸し出し、毎月2回に分けて計4リットルまたは計8リットルのビールを自宅に届ける。キリンの「一番搾りプレミアム」のほか、期間限定のクラフトビールなど複数種類を提供する。卸、小売店や飲食店を介さずに自宅に届けるDtoCモデルだ。

ここで何が「革新的なサービス」であるかを簡単に説明してみる。私が凄いと思うのは以下3つのことである。


1.顧客に直接届ける

通常、ビールが消費者に届くまでの流れは、

[メーカー⇒卸⇒小売店/飲食店⇒消費者]

ということが商習慣として定着している。ところが今回は、

[メーカー     ⇒     消費者]

ということで、消費者(顧客)に直接ビールを届けるのが特徴だ。

図示すると以下のような違いがある。

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「えっ?それ普通じゃない?何か新たな取り組みなの?」

と感じる方もいると思うが、実はお酒の業界は皆さんのイメージ以上に歴史深い。大手ビール4社規模だと、これまでの活動を通して、日本中のお酒を扱うほぼ全ての卸や小売店といった流通企業と取引がある。そのお陰で日本中どこでもビールを販売できるというメリットがある一方で、近年活発になってきているDtoCのような得意先を介さない商取引というのは、今までほとんど取り組まれてこなかった手法である。

今回のサービス開始で注目すべきは、DtoCビジネスでありながら、「ホームタップ」のサービスで良質な飲用体験をした消費者は、ビールの魅力に触れ、多くの場合近くの小売店でも購入するようになる可能性だ。また、ご自宅でホームタップを利用している人は、世の中が落ち着いたら、きっと飲食店にも足を運びそこでもビールを楽しむだろう。このように長期的な視点でみると、ビールに触れる機会を広げる、非常に明るい取り組みなのである。

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ここで少し私たちの話を挟むと、ヤッホーブルーイングのような小さな会社でもインターネット通販を始めた当初は、取引のある卸や小売店から怒られた。

「うちを飛ばして消費者にビールを売るとは何事だ!もう、よなよなエールの取引は止めてしまうぞ!」

とか…。20年近く前の話で、今時そんなことあるの?と思うかもしれないが、昔はそのようなことを度々経験した。

現在「ホームタップ」のサービスはかなり大規模に消費者に届けていて、今後も急成長する計画のようだ。新たなサービスを始めるにあたって(私が経験したようなことはなかったとは思うが、)取引企業の方とのコミュニケーションの部分で少なからずハードルがあったのではないか。
そこには、キリンビールがハードルを越え、『直接顧客にビールの魅力を伝えたい』という並々ならぬ強い意志を感じると同時に、『まずはお客様にビールの魅力を知ってもらおう!』と長期的な視野をもって取り組んでいるように私にはみえた。


2.専用サーバーの無償貸与

この凄さは、来年には会員数が10万人を超えるサービスでありながら、デリケートなビールサーバーを消費者に貸与している点である。これは缶ビールを10万人の消費者に届ける場合と比べて明らかにサービスの難易度が高い。恐らく消費者からのお問い合わせやご指摘も多数あるのではないかと想像する。
例えば「泡だらけになった」「ビールが出ない」「操作方法が分からない」「壊れたから修理してほしい」等など。
これは私達が飲食店向けにビールサーバーを提供していても同じことが起こる。それが専門家の飲食店ではなく、ビールサーバーの操作に慣れていない消費者10万人に届けたらどういうことが起こるのだろう・・・と考えただけで私は冷や汗が出てきてしまう。
キリンビールにとって今までは大量のビールを全国の主要卸にボンボン!と届ければよかったものが、ほとんど知見がないDtoCビジネスを開始した難易度は、いくら大手と言えども相当な苦労や、社内から不安の声もあったのではないかと思う。そこを乗り越えての事業拡大は本当に凄い。


3.小さく生んで大きく育てる

大手4社のシェア争いが激しいビール業界では、どうしても毎年多数の新製品を販売しないとシェアを確保できないジレンマがある。長い間ビールの市場は縮小しているので尚更である。1社がヒット商品を生み出せば、数か月後には他社も模倣して似たような商品が店頭で乱立する。価格やキャンペーン競争も激しく、消耗戦の典型ともいえる市場がビール業界である。
そんな状況の中で、全く新しいサービスの種を一から始めて育て、花まで咲かすという事例は近年のビール業界ではほぼなかった。誰もがそれは大事だと思いつつ、難易度が非常に高いことから、目先のシェア争いを放置して当初は利益貢献がほとんどないような小さなビジネスに中長期目線で本腰を入れる意思決定は実際にはなかなかできないのである。

それが、今回は当初静観していたライバルのアサヒビールも追随せざる負えないほどのサービス規模に拡大してきたというのだから凄い。

消費者にとっては今までなかったこのサービスを「待ってました!」という感じで歓迎しているのだろう。中長期を睨んだキリンビールのこの戦略はベンチャー企業的な革新的発想もありつつ、私たちのような小規模のベンチャー企業では真似できない「専用サーバーの無償貸与」などの大型投資という非常に高い壁も組み込まれており、正直「これはヤッホーではできないな・・・」と早々に白旗を上げざるを得ないものである。


このように大きく3つの革新的な要素を組み込んだこのサービス、コロナ禍の巣ごもり需要も取り込み益々成長していくと私は考えている。ビール消費が長らく低迷するビール業界にとっては数少ない有望なサービスである。このまま好調に推移すれば、まだ市場に未参入の他大手2社も追随する可能性がある。順当に行けば先行者であるキリンビールが圧倒的に有利だが、その通りに行かないのがビール業界の恐ろしいところ。これからどんなことが起こるのか、しばらくはこのサービスからは目が離せない。

今回は他社事例を誉めるだけになりちょっと悔しいので(笑)、身の丈に合った私たちらしい製品やサービスの提供を今後も更に頑張っていくことを改めて宣言したい!
年内にもあっ!と驚く製品やサービスを発表すべく、現在絶賛水面下で準備中なので、どうかヤッホーブルーイングの活動にもご期待あれー!(笑)