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表舞台に復帰したドラギ首相~再びマジックを見せるのか~

コロナ禍だからこそのビッグネーム
2月12日、マッタレッラ伊大統領はドラギ前ECB総裁を次期首相に任命しました。コロナ禍の政変は望ましくありませんが、コロナ禍だからこそ誕生したビッグネームの首相でもあります:

日本でも高い知名度を誇るドラギ氏が、ECB総裁退任から1年3か月程度で表舞台に戻ってくることに関し、その意味や展望、評価について複数の照会を筆者も受けています。ドイツやフランスならいざしらず、市場変動を伴わないイタリア政局に関し照会を受けることは珍しく、関心の高さが窺えます。かかる状況を踏まえ、簡単に現状と展望を整理してみたいと思います。結論から言えば、事前期待は高いものの、暫定政権という色合いも否めず、持続可能性には引き続き不安が残ります。ちなみに、今年9月にはメルケル独首相が、来年5月にはマクロン仏大統領が任期を迎えます。今後1年、欧州は「政治の季節」であり、今回のドラギ首相誕生はその序章とも言えます。

全方位からの支持を得てドラギ政権誕生
ドラギ新首相については現政権を構成する民主党(PD)、民主党から分派した「自由と平等(LEU)」、レンツィ元首相を党首とする「イタリア・ビバ(IV)」といった左派勢力が支持している上、野党においてもベルルスコーニ元首相が率いる「フォルツァ・イタリア(FI)」、反EUの主義主張を抱く最大野党「同盟(Lega)」といった右派勢力も支持しました。文字通り、幅広い支持を獲得しての船出ですが、その結果(代償とも言えるかもしれない)として新政権は中道左派(PD)、極左(「五つ星運動」)、極右(「同盟」)などが入り乱れた連立構成となりあす。良く言えばコロナ禍を眼前にした「挙国一致内閣」、悪く言えば「寄せ集め」ゆえ、いつ空中分解しても不思議ではありません

特に強烈な反EU主張を繰り返す極右政党の「同盟」がユーロの象徴的な存在でもあったドラギ氏を支持するのは違和感があります。パンデミックの最中であり、解散・総選挙で勝負することは避けた方が賢明との算段が先に立っただけで、本音は別のところにあるのでしょう。全方位から支持の高いドラギ氏ならば同盟としても「有事対応として一時的に支持した」と言いやすかったのではないかと察します。あくまで同盟のサルビーニ党首は次回以降の解散総選挙を経て、右派支持層を取り込んだ上で次期首相になるというシナリオを諦めていないのではないかと思います。このように様々な不安を抱えながらの船出ですが、まずはマッタレラ大統領の任期が満了する来年2月までは政局が一応の落ち着きを得たことは前向きな話です

「ドラギ氏だからできること」に期待
当然、ドラギ新政権の最優先課題はコロナ対応であり、これは洋の東西を問わず共通する状況でしょう。喫緊の課題が「効果的な防疫措置」から「効率的なワクチン接種」へと争点が移る中、これを上手く切り盛りできるかが評価軸になるのは目に見えています。しかし、ネームバリューを踏まえれば、やはり「ドラギ氏だからできること」にも期待は高まるでしょう。これまでEU全体に関する議論はメルケル独首相とマクロン仏大統領で大枠を決めてからEU首脳会議で加盟国に諮るという流れが定番化しており、それがオランダを筆頭とする一部加盟国の反感を買うという問題が表面化していました。昨年の復興基金合意がまさにそれで、結果的には5日間にわたる臨時EU首脳会議を開くまでに至り、ようやく合意に漕ぎ着けたことは記憶に新しいところです。こうした新たな抵抗勢力(というと語弊がありますが)の1つとして「新ハンザ同盟」は今後、ますます存在感が無視できなくなりましょう:


しかし、足許では今年9月には引退が決まっているメルケル首相の存在感が薄れる中、ドラギ首相が割って入る機会も増える芽もあるかもしれません。ドイツとフランスの決める既定路線にイタリアの意見が入るようになれば、少なくとも南欧諸国にとっては心強い代弁者として期待が持てます。おりしも、今年はいよいよ復興基金(正式名称「次世代のEU」)の使用が始まります。2月12日、フォンデアライエン欧州委員会委員長からは4月末までに資金利用計画を提出させ、今年9月末までには資金供給を始めたい意向が示されました。これまでの経験則に倣えば、過去の経緯もあってイタリアは主たる利用者として、問題児としての立ち位置からでしか物が言えず、その主張は一種の諦観と共に評価されることが多かったのは周知の通りです。しかし、ECB総裁時代から景気低迷に対する拡張財政の意味を訴えてきたドラギ氏の意見は傾聴に値するものとして受け止めて貰える期待もありましょう(退任時のスピーチ まで拡張財政の必要性を強く訴えていました)。

しかし、独仏の政治環境は慌ただしい
もっとも、メルケル首相は今年9月に、マクロン大統領は来年5月に任期を迎える。ドラギ首相であれば割って入りやすくなるという期待は持ちつつも、ドイツやフランスの政治環境としては安易な妥協もできない状況とも考えられ、就任早々、合意形成が難しい時期に直面しているとも言えそう
です。現状、ドイツもフランスも次期政権の展望については不透明な部分が大きい。とりわけドイツに至っては現与党(CDU、キリスト教民主同盟)党首になったばかりのラシェット氏で選挙を勝ち抜けるのかという疑義は断続的に浮上しています:

イタリアを筆頭とする脆弱な財政状態にある加盟国はアフターコロナを見据えた復興基金の恒久化などを望むが、そのような「大きな話」について今年や来年の早いうちに意見集約するのは難しいかもしれません。

とすると、事前期待が高いだけに「ドラギ氏だからできること」がさほど実現できず、求心力が低下、いずれ政変に巻き込まれ退陣という近年の同国首相と同じ憂き目に遭う懸念も十分あります。そうなるとイタリアの政局混乱に関し「ドラギ氏でもダメだった」という失望が反動的に大きくなる懸念もあります。ドラギ政権の議会任期は2023年6月までですが、そこまで求心力を維持できるかどうかはコロナ禍が続きそうな年内に目立った成果を残せるかどうかで決まってきそうです、

国内では「挙国一致」と「寄せ集め」の狭間にあり、国外では政権移行期の窮屈さに直面するドラギ首相は難しい政権運営を迫られるしょうが、欧州債務危機の最悪期であった2011年に就任し、変幻自在のコミュニケーションと共に市場期待をうまく切り抜けた政策運営は「ドラギ・マジック」と呼ばれ高い評価を得ました。そこから8年間、ECB総裁として様々な危機を切り抜けた経験を筆者は常にECBウォッチャーとして見てきました。今回の難局にあっても目に見える実績をどうしても期待してしまう気持ちはあります。

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