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実り多い出向のためのいくつかのTips

出向といえば、つい最近まではグループ会社など所属する会社(出向元)と関連のある会社に行くのが一般的ではなかったかと思う。現在もおそらくそうしたケースが多数を占めるのではないか。

その一方で、所属する会社の本業とは直接資本関係などがない、一般の取引先に相当する会社への出向が増えてきていると感じている。

これは、1つの目的として、社員に新しい経験をさせるために意図的に資本関係等のない会社、異業種などつながりの薄い会社に出向させるということがあるのだろう。

もう一つの目的は、新型コロナウィルスの流行により本業の事業が細ってしまった会社が、他の業界に社員を出向させることで雇用を維持したというものがあり、航空・旅行関連業界を筆頭に多くの企業がこの1,2年で実施している。

政府の「新しい資本主義実現会議」の緊急提言にも、

業種によって業績や労働需要の回復の度合いが異なる中で、雇用の回復を実現し、多様な人材の能力を最大限に発揮するため、非正規雇用労働者の方々を対象とした再就職や転職に向けた無料の職業訓練の提供、求職者をトライアル的に雇用する事業主に対する助成、在籍型出向を行う際の出向に係る経費の助成等を通じて、産業構造転換に伴う失業なき労働移動の支援を強化する。

とあり、出向を、失業を伴わずに労働力の流動化を進める一つの手法と位置付けている。

この2つの中で、後者は本業で稼げなくなっていることの急場しのぎという若干後ろ向きな目的に見えるが、実はこれによって1つ目にあるような積極的な効果、つまり社員の知見が広がったり、異なる業種や社風のまじりあいによって新たな事業の可能性が見出されるなど、出向元・出向先双方の会社の将来に対してプラスの影響が期待できるのではないかと思われる。下記の記事のように社員の出向を契機に新しい事業が生まれ始めてもいる。

こうした動きをとらえ、組織的に出向の仲介を事業として行なう会社も生まれてきた。安定した既存企業、特に大企業とは対極にあるスタートアップに出向させることによって、全く違う職業経験をする中から自社の課題を発掘し、それを将来の新規事業やあるいは現場の事業の改善に役立てることを目的としたものだ。

「レンタル移籍」として出向サービスを提供するローンディール社のこうした事業はすでにコロナ前からあり、下記の記事はすでに3年前のものだ。ようやく少しこうした動きが社会一般に理解されるようになってきた、ということだろうか。

実は私も、会社として正式にそうした制度があったわけではなかったが、結果的には上記の1つ目にあるような自社の本業と直接関係がない会社への出向を、10年前に経験している。これは自分が担当していた顧客企業に出向したものだ。当初は、顧客企業との仕事上の関係のある部署に出向する予定であったものが、さまざまな事情から全く接点がないと言ってよかった新規事業開発を担当する部署に、それもスタートアップへの投資や育成を担当する部署を新設するタイミングで出向することになった。

出向先の業務は、それまでの業務の延長にある仕事ではないため、すべてと言っていい業務知識や人的関係について、一から学びなおしまた構築しなければいけないという意味では、大変な思いをした面もあった。

しかし幸か不幸か新設部署であったために、全ての人がその部署の業務にゼロスタートで取り組むことになったため、私が出向社員であることのギャップやハンデをさほど感じることがなくて済んだのは幸いだった。

こうした経験をすることによって、出向元と出向先2つの会社が比較できるようになり、両社の長所も短所も、相違点ばかりではなく共通点も、客観的・相対的に把握できるようになったことは、とても大きな収穫であったと今でも思う。そして、個人としては何より、2つの会社それぞれに、上司・先輩から後輩に至るまで自分の同僚と呼べる人ができたことが、今でもとても大きな財産になっていると感じる。

くしくも自分がこうして出向した時にはまだ、このような形の出向はレアケースであったが、その後当時私が所属していた出向元でもこうした形で取引先に出向するケースが散見されるようになった。またそれが昨今になって新型コロナウィルスの影響などもあり、いってみれば社会的なムーブメントとなってきていることは感慨深いものがある。

こうした出向のメリットは、転職のような大きな決断をしなくても、今の仕事とは大きく違う業務経験を比較的簡単に得られるところにある。転職してしまえば元の会社に戻ることは容易ではないが、出向の場合、うまく行かなければ出向元に戻ることはできるので、転職よりも、大胆な業務変更などにチャレンジしやすいといえるのではないだろうか。

その意味では、機会があれば多くの方に経験してもらいたいし、その価値は大きいと、自分の体験から思う。

ただ出向するにあたっては、いくつか気にかけておくと良いと思われることがあるので、自分のケースを例にちょっとした Tips として提供したい。

まず、1つ目は出向の期間である。私の場合、出向元の出向契約書のひな型では3年とされていた(当時)。この3年を長いと見るか短いと見るかであるが、 もし新しい仕事があまり自分に合わないことが分かった場合、3年は長すぎるかもしれない。 一方で出向先の業務に馴染みそれを本格的にプロジェクトとして進めるようなことになると、3年では短い可能性もある。こうしたことを考えて、私の場合は、出向元・出向先双方の了解を得て、出向期間を契約上は無期限としてもらい、半年ごとに見直すという形にしてもらった。これにより半年ごとに出向継続の有無を確認し、出向元・出向先(及び私自身)に異論がない場合には出向が継続されることになった。このおかげで結果的に、約5年半にわたって出向先の社員として業務を行わせてもらった。このように出向期間の規定については、最適な取り決めを考えておくと良いと思う。

もう1つは、自分の出向先でのポジションないしは肩書である。子会社などへの出向であれば行った先でのポジション・肩書きというものは出向元の制度に準じて半ば自動的に決まってしまうと思うが、出向元と直接の関係がない企業に行く場合、しかも自分が初めてのケースになる場合は、どのような位置付けで自分が出向先に行くのかが、自分が出来る経験の幅を大きく変えてしまう可能性がある。別の言い方をすれば、どのようなポジションや肩書きが出向先の名刺に刷り込まれるかということが大きなポイントになる。実際の権限やポジションも大切だが、特に対外的には、名刺にどう役職が書かれているかが、無視できない意味をもつ。

私の場合は、出向元では当時何の役職もなかったが、出向時に、出向先の社員として取引先の方が「話をするに足りる相手だ」と思ってもらえるようなしかるべき役職名を、職務規定上は非公式な肩書きで良いので付けてもらえないだろうか、というお願いをした。これは、出向先の社員としてきちんと仕事をする・しやすくするために考えたことだった。結果的に出向時に職制上も正式な「担当部長」という役職名(のちにマネージャーとなった)をいただくことができた。対外的なことに限らず、出向先の社内でも自分が出向社員であることを必要がない限り口にしないようにしていたので、私が出向元に帰任することになって初めて出向社員であることを知った出向先の社員もいたくらいだった。

これら2つは、出向先の社員として「相手にしてもらえる」ためのものであり、出向社員だからそのうちいなくなるだろう(だから相手にしても無駄だ)と思われることを防ぐ役に立ったし、また、そうなるように私自身が常に心がけていた。

出向するのであれば、行った先でどれだけ自分が思う存分仕事をするかということが、出向先はもちろん出向元の期待に応えることにもなるはずだ。これを読んだ方に出向のチャンスがあるならぜひトライして欲しいと思うし、出向が決まったら出向元・出向先の両社と十分に事前に相談をして、実り多い出向生活を送っていただければと願っている。


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