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感染症内科を主たる標榜科とする診療所に勤務する医師はわずか11名しかいない

 新型コロナの流行の波が来るたびに「医療逼迫」、またワクチン接種が始まれば「打ち手不足」など医療従事者に関する話題が絶えない状況が続いていますが、これまで日本の医療制度、特に医師の勤務形態や労働事情についてきわめて不明確であったことが次第に明らかになってきたように感じます。ちょうどその一部がまとめられた記事を見つけましたのでコメントしたいと思います。

医師には医療施設で雇用される「勤務医」独立して診療所などを経営する「開業医」に大きく分かれます。すなわち勤務医が「サラリーマン」であれば開業医は「経営者」ということになります。私は2年前までは大学病院の勤務医でしたので給料をいただいていた身分ですが、診療所を開業した現在はスタッフを雇っているので経営者となっています。ほぼすべての開業医は医科大学卒業後に大学病院や医療施設での勤務医を経験したうえで開業しているはずですので、勤務医には開業医の経験はなくても開業医には勤務医の経験はあるわけです。

病院で働く勤務医は20万8000人と医師全体の6割強を占める。このうち5万6000人は大学病院などで診療にあたっている。勤務医の長時間労働は過酷だ。コロナ前の2019年に常勤者の残業時間を調べた調査では4割弱が過労死水準とされる年960時間を上回り、1割は年1860時間を超える。医師の3割にあたる10万4000人はクリニックなどの診療所で働く。入院機能がないところが大半だ。診療所で働く7割は施設を開設したり代表を継いだりした開業医。平均年齢は60歳と病院勤務医(44.8歳)と比べて高齢だ。70歳以上が2割を占める。高齢で感染時の重症化リスクが高いことを理由にコロナ患者への対応を拒む医師もいる。

 医師はそれそれぞれの専門診療科で勤務するわけですが、今回の新型コロナでクローズアップされたのは感染症専門医の数です。日本感染症学会によれば2021年5月現在の認定専門医数は1,622名です。ちなみに一般社団法人日本専門医機構の内科学会専門医(感染症学会専門医も含まれる)は2019年9月現在約35,000名、感染症のようなサブスペシャリティで最も多い日本消化器病学会専門医は約21,000名です。さらに厚労省による「診療科別にみた医療施設に従事する医師数および平均年齢」の統計ですが、感染症内科を主たる診療科とする医療施設(大学病院の感染症内科も含まれる)に従事する医師数は2018年12月末現在、531名(0.2%)で平均年齢は42.8歳です。このうち病院で勤務する医師は520名であるのに対し、診療所で勤務する医師は(私もこのうちの一人ですが)何と11名(男性: 81.8% 女性: 18.2% 平均年齢: 54.6歳)しかいないのです!!

 正直なところ感染症内科の対象となる外来患者さんは、HIV感染症や輸入感染症などが中心でその多くは大学病院や基幹病院を受診します。また大学病院などの感染症内科の役割は外来診療よりも院内感染対策、他診療科の感染症診療に関するコンサルテーションが圧倒的に多く、病床を持つ施設でのニーズが多くあることから、専門診療科として開業するには集患や経営面で先が見通せず、リスクが高く開業する意義がほとんどないと感じざるを得ません。私もこのような理由からむしろ感染症以外の一般診療に力を入れるべく大学退職後にはフリーランスとして地方基幹病院の一般内科外来や僻地医療を行ったうえで一般内科を上位に掲げてスタートしたわけですが、新型コロナの影響で感染症内科という診療科も少しは脚光を浴びたのではないかと思っておりますし、地域住民の方々にはその価値を理解していただけるようになりつつありますので、決断は間違っていなかったと思っております。

 体調不良の患者が最初に相談する窓口は地域住民に身近な診療所であるべきで、特に内科を標榜するのであれば頻度の高い発熱患者さんの対応を率先して行うべきであったにもかかわらず、問い合わせや相談にも応じないことも少なくはなく、その役割を保健所が引き受けざるを得なかったことにより業務逼迫が生じた背景があります。前述の統計を見ても、診療所で感染症内科を専門とする医師が1%にも満たない体制の日本では、感染症に対する備えが脆弱であることはもちろんのこと、未知の感染症である新型コロナに対しては初期対応がままならないのも当然といえば当然なのでしょう。私はこのような現状を理解したうえで地域医療での感染症診療のボトムアップを図るべく、メディアなどを通じて医師会などに働きかけをしてきたつもりですが、役職がないと声は届きにくいことを痛感しています。開業医の先生方には新型コロナだけではなく基本的な感染症の予防対策や初期対応をこれを機にさらに学んでいただきたいものです。








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