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社会インフラに育った赤字事業をどう維持するか?【第24回日経フォーラム 世界経営者会議_グラブ 共同創業者 タン・フイリン氏】

ありがたいことに、今年も日本経済新聞が主催する『第24回日経フォーラム世界経営者会議』をオンライン視聴させていただく機会を得ることができた。世界に名だたるグローバル企業の経営者による講演は、非常に聞きごたえがあり、どれも素晴らしいものだった。その中でも、『第24回世界経営者会議』を視聴して、特に気になったスピーチを5つ選び、考察をしていきたい。
第3回目は、デカコーン企業となり2021年に上場したシンガポールのグラブの共同創業者 タン・フイリン氏による「レジリエントな成長へ―ポストパンデミックの東南アジア」だ。

デカコーンにもなった東南アジアの雄『Grab』

東南アジアは、今や世界でも最もスタートアップ投資が集まるホットな地域の1つだが、その中でも Grab は卓越した成功を収めたスタートアップ企業だ。同社は、アンソニー・タンとタン・フイリンが、2011年にハーバード・ビジネス・スクールでMBAを習得しているときに、マレーシアのタクシー環境の酷さを聞いて事業計画を立案し、クアラルンプールで2021年に立ち上げた会社だ。
ビジネスモデルとしては、世界中の至る所でみられる所謂「Uberクローン」と呼ばれるものだ。配車や配送を行う個人と契約し、利用者はアプリを通して送迎や荷物の配達を依頼する。典型的なギグエコノミーのビジネスモデルだ。
しかし、同社には明らかに他社とは異なる特徴がある。
それはグローバル展開だ。類似のビジネスは、各国の法規制の問題もあって、1か国の中でビジネスを閉じていることが多い。グラブは、マレーシア・フィリピン・シンガポール・タイ・ベトナム・インドネシア・ミャンマー・カンボジアなど、東南アジア諸国に幅広く事業を展開している。
2014年には、本社をマレーシアのクアラルンプールからシンガポールに移転している。2018年には、Uberの東南アジア事業をグラブに売却されることが発表され、名実ともに東南アジア最大の配車アプリとなった。

配車ビジネスの収益モデルの構造的欠陥

順調に事業を拡大させている一方で、グラブはUberから負の遺伝子ともいうべき欠点を引き継いでいる。それが収益モデルの脆弱さだ。
2021年に米国ナスダック市場に上場して、財務情報が公開されることになったが、深刻な赤字体質が露呈した。2022年の第三四半期の結果でも、昨年同様の赤字となっており、今年も赤字となる見込みだ。

配車アプリの元祖とも言えるUberも、万年の赤字体質が問題となっている。財務状況が公開されている配車アプリ運営会社は、どこも赤字体質で収益モデルとしての欠陥があるように思われる。
Uberもグラブも、これほど市場に浸透して大きな売り上げをあげているのに、なぜ赤字体質から脱却できないのか。これは主に2つの要因がある。
1つ目の要因は、ビジネスモデルの模倣しやすさ故に競争が激しいことだ。日本であっても、Uber eatsの類似サービスは数多ある。東南アジアに至ってはより一層競争が激しいだけではなく、グローバル展開するグラブは進出先の地元有力企業(例えば、インドネシアのゴジェック)との競争を強いられている。
2つ目の要因は、高額な「販売費及び一般管理費」だ。米国でも度々問題になっているように、配車アプリと契約しているギグワーカーの報酬の安さが問題となっている反面、膨大な人数に昇るギグワーカーに運営会社が支払わなくてはならない報酬の総額は財政をひっ迫している。1人当たりの報酬は多くなくても、人数があまりにも多いため、支払総額が膨らんでしまう。

社会インフラに育った赤字事業をどう維持するか?

グラブ自体も、赤字体質から脱却するために様々な施策を講じている。その1つが金融事業への進出であったり、ギグワーカーの生活支援を拡充させることで新たな事業機会を得ようとしている。
その反面、これほど多くのギグワーカーを抱え、多くの顧客を抱えるようになると、赤字で倒産されてしまうと社会に対する影響が計り知れないものになる。すでにUberやグラブは社会インフラと言っても良いほど、世の中に浸透しているのだ。
同じように、収益は上がらないものの、世の中に浸透してしまったがゆえに畳むに畳めないという事例は数多くある。最近では、Amazonのアレクサが問題視されている。アレクサはスマートスピーカーとして圧倒的な普及率をみせ、多くの人々の生活にとってなくてはならないものになっている。しかし、アレクサ自体で収益を上げる施策にことごとく失敗し、苦境に立たされている。

インターネットが普及するとともに、私たちの生活は無料ないし格安で利用できるサービスであふれかえるようになった。反面、そういったビジネスがどのように収益を上げるのかは課題が残ったままだ。収益モデルに問題を抱えたまま、世の中にビジネスが普及してしまった場合、どのように対処すべきなのか、明確な答えが出ないまま世の流れは進んでいる。

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