「老舗=高級ブランド」の固定観念を壊すーショパン国際コンクールで優勝者が弾いたピアノ
高級ブランドには歴史が必要と思っている日本の人が多いです。ただ、ここで注意です。ハイエンドを支える歴史とは社会で共有している歴史を指し、企業そのものの歴史を指すのではありません。しかし、「老舗=高級ブランド」と思い込んでいる人が意外に多いです。これによってハイエンドやラグジュアリーのスタートアップとの発想が生まれにくくなっています。「いや、社歴じゃないんだよ」との事例を以下、お話しましょう。
10月21日、ショパン国際ピアノコンクールの入賞者が発表されました。若手登竜門の世界三大ピアノコンクールの一つで5年に一度、ポーランドのワルシャワで開催されます。日本からは2位に反田さん、4位に小林さんが入りました。今年は予選段階からYouTubeでライブ中継され、すべての演奏、更にその日のプログラムが終わると演奏者たちとの座談会が世界に発信されました。
さて、ここでぼくが注目した点があります。優勝者を含め入賞者3人が弾いたのがイタリアのメーカー・Fazioli(ファツィオリ)のピアノだったのです。ショパン国際コンクールの常連、米国スタインウェイは19世紀半ば、1985年から公式ピアノになったヤマハは19世紀末、カワイが20世紀初頭、それらに対してファツィオリは1981年の創業です。
このファツィオリを4年前に取材し、『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?: 世界を魅了する〈意味〉の戦略的デザイン』において紹介したので、ハイブランドと歴史の関係について話します。
ファツィオリの快挙から窺えるもの
最高級ピアノメーカーは世界で三つと言われ、ベーゼンドルファー(オーストリア。2008年、ヤマハが買収)、スタインウェイ(ドイツ/米国)、ベフィシュタイン(ドイツ)になります。どれもが19世紀半ばに創業です。ですから「高級ピアノといえば老舗じゃなくちゃあね」と思うところ、ファツィオリは創業およそ30年でショパンコンクールの公式ピアノに認定され、40年で優勝者が使うピアノになったのです。
商品の評価を高めるにあたり、トップレベルの演奏家に弾かれるのは大きなチャンスです。最高峰を目指すピアニストたちに弾かれ、その結果が世界で報道される三大コンクールの公式ピアノに指定されるのは、ピアノメーカーにとっても檜舞台でもあるわけです。シューズメーカーが陸上競技の世界大会に出場する選手のスポンサーになるべく躍起になるのと同じです。
今回、ファツィオリが「まぐれ当たり」ではないと思わせるのは、8人の入賞者のうちの3人が弾いたことです(スタインウェイは4人、カワイが1人)。
ぼくは演奏を論じる技量がないので、「従来の音とは違う評価軸ができつつあるのか?」くらいにしか理由を想像できないのですが、競合メーカーと争いながら、なぜこれだけの実績を出せたのでしょうか?2017年、ファツィオリの本社で創業者のパオロ・ファツィオリ氏にインタビューした内容を紹介します。
「自分が満足のいくピアノが世の中にない。だから自分で作るしかない」
ファツィオリの創業者のパオロ・ファツィオリは家業が家具メーカーの息子でした。幼少の頃からピアノが好きだった彼は、家業を継ぐために大学で機械工学を学ぶ一方、音楽院でピアノも弾き続けました。
そして家具の仕事をしながらピアノを弾き続けるだけでなく、ピアノの構造や材料について研究をします。そこで得た結論が以下です。
「世界中のトップレベルのピアノを弾いたが、自分が満足するピアノがない。特にイタリアの音が出せない。それなら自らピアノを作るしかない」
30代になっていたファツィオリ氏は、家具工場の一角にピアノ工房をつくり、音響の専門家などにも協力してもらい10数回の試作を重ねた結果、これだ!とのピアノができたのが1980年。翌年、ピアノメーカーを発足したわけです(スタインウェイも家具メーカーからスタートしています)。
ピアノにとって一番重要な部品は響板と呼ばれ、音の質を決めます。これにはバイオリンの名器・ストラディバリウスが使ったと同じ森の木を使っています。本社はヴェネツィアから北に60キロほどいった人口2万人のサチーレにありますが、そこはピアノの発祥の地であるパドヴァからも近い。つまり、ピアノメーカーとして新参者ではあるものの、背景には十分な材料が実質的にそろっていたのです。
そのうえで創業者の音楽への情熱、エンジニアとしてのピアノへの拘りが重なり、「工場を出荷するピアノはすべて私が最終的にチェックする」(パオロ・ファツィオリ氏)のです。
継ぐべきは社会の文化であり、歴史である
イタリアのハイブランド企業をみると、アルマーニは1975年、ヴェルサーチェは1978年、ブルネッロクチネッリも同じ年の設立です。オートクチュールから既製服が主流の時代になった1970年代、一気に市場を作ったのがイタリアのファッションブランドです。インテリア業界でハイエンドとなっている企業も戦後の設立が多いです。
つまり、ハイエンドあるいはラグジュアリーと称される企業は長い社歴があり、19世紀の新興ブルジュアが王族や貴族のスタイルを追ったところに起源があるからスタートアップが成立しない・・・と思うのは、大いになる勘違いであるのが分かるでしょう。フランスや英国の一部の企業の事例に過ぎず、それを過大評価していると自分でやりたいことができませんよ、と言いたいわけです。
ファツィオリは確かに質への追求が半端ないです。人口2万人の都市で従業員にピアノを既に弾くか、あるいは弾くのに情熱を傾ける人との条件を求めるとおよそ50人。木材を寝かす時期を勘案し、その人数で年間に作れる台数が130台です。スタインウェイがおよそ3千台/年であるのをみても桁違いに少ないです。
「今後、生産台数が増えても劇的に増えることはない」と社長が断言する根拠は上記にあります。質や深さへの諦めの悪さ(!)が、このような方針をつくっているのですね。
ローカル社会にある歴史や文化が、今回のショパンコンクールの実績にみるような結果を導いている。公式ピアノに選定されたのが創業30年、その時点でスタートアップとは称しずらいですが、100-170年もの歴史をもつメーカーが群雄割拠するなか、30-40年の歴史しかない「新人」が頂点の一角を占めるに至ることができたのです。
・・・とすると、ローカルの資産を十分に使うと、社歴を気にせずハイエンドに立ち向かえるとなりますね。また、「老舗だからハイエンドってことになるよね」が勘違いであるのもわかります。
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