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【日経_アジアの未来】アジアの注目スタートアップはシンプル

コロナ禍におけるスタートアップ

5月下旬の20日(木)・21日(金)に開催された日本経済新聞社主催『第26回国際交流会議』のアーカイブ配信が、今月から開始されている。アジア諸国の政財界のトップが参加したオンライン・シンポジウムは、コロナ禍における各国の取り組みや現状が当事者目線で語られた。

世界経済におけるアジアの存在感は年々高まっており、無視できない規模になっている。特に、インド・インドネシア・シンガポールは世界中から投資が集まっており、今やスタートアップやユニコーン企業が世界で最も盛んな地域となっている。

そのような中、インドを代表するユニコーン企業であり、コロナ禍で大打撃を受けた観光宿泊業向けプラットフォームを展開する『OYOホテルズアンドホームズ』の創業者兼最高経営責任者のリテシュ・アガルワル氏が、コロナ禍におけるビジネスとアフターコロナの展望について語った。また、同セッションでは、アジア諸国を中心にスタートアップ向け投資を行っている『BEENEXT』創業者剣最高経営責任者の佐藤 輝英氏も登壇し、同様にコロナ禍のスタートアップとアフターコロナの展望について講演している。 

驚くほどシンプルなスタートアップの意思決定

アガルワル氏の講演を聞いて、率直な感想が2つある。1つは、意思決定がとてもシンプルだということだ。そして、もう1つは特別ユニークなことをしていないはずなのに結果としてユニークになっているということだ。

意思決定がとてもシンプルだという特徴は、OYOの創業時から見られる。アガルワル氏が、OYOのビジネスアイデアを考え付いたのは大学中退後の旅行中であり、若干19歳で起業している。そのときの問題意識は、「なぜ、インドの宿泊施設の品質はこんなにもバラツキが大きいのか?」というものだった。テクノロジーを活用すれば、もっと宿泊施設の品質のバラツキは押されることができるのではないかとサービスが開発された。

そのため、OYOの顧客は旅行客ではなく宿泊施設のオーナーだ。OYOのサービスを使うことで、宿泊施設のオーナーはOYOのブランドのもと、施設の改装やマーケティング、テクノロジーを使ったホテル経営のツールを手に入れることができる。OYOのサービスを受けると、施設の改装費の一部をOYOに負担してもらえるほか、最低宿泊料保障も受けることができる。そのようなサービスに対して、OYOは宿泊料金から手数料をもらう。

具体的に、テクノロジーは「顧客満足度を高める要素の抽出」「値付け」「マーケティング」という3つで使われている。「顧客満足度を高める要素の抽出」をAIで行い、抽出された要素を基準としてOYOブランドとしての宿泊施設の基準を設けている。具体的には、客室の改装、寝具、アメニティ、備品、従業員サービスの標準化を行っている。宿泊料金も、周辺地域の相場から、顧客が最もコストパフォーマンスが高いと感じるとAIが予測した価格に自動設定される。「マーケティング」では、ホテルの管理システムと宿泊予約サイトがオールインワンとなったシステムが提供される。

OYOのビジネスを一言で言うと、「時代の変化に取り残された宿泊施設の一括アップグレード」だ。別業態で言うと、昭和の香り漂う酒屋さんがコンビニに業態転換するのに近い。まずはサービス品質にこだわりの少ないゲストハウスから評価を受け、次に設備が古くなったビジネスホテルやアパルトメントが相次いでパートナーとなった。「設備が古くなって顧客が来ないのなら、全部丸ごと新しくしてあげればよい」という発想はとてもシンプルだ。

そして、コロナ禍においても、アガルワル氏の発想はとてもシンプルだ。コロナ禍は一時的なイベントであり、継続的に今の状態が続くわけではない。不測の事態が起きると長期化する恐れもゼロではないが、確率論で言えば、その可能性を危惧するのは飛行機事故が起きるかもしれないから飛行機に乗らないと言っているのと近しい。そうであるならば、長期的な事業戦略のために、コロナ禍を準備期間と割り切ってしまうことができる。具体的には、4つの施策:①マーケットリーダーとなる市場への集中、②3つあるビジネスモデルの一本化、③未来への投資人材の大規模な人材獲得計画、④エンジニアリングと製品の大規模アップデート、だ。

それと同時に、契約している宿泊施設のオーナーのためにも、少しでもコロナ禍で収益を上げる方法を模索しないといけない。そこで行ったことは、既存の経営資源をやりくりすることで新しい収益源を模索することだ。このことを、アガルワル氏は「手元にレモンとソーダ水があるから、レモネードを作り出すようなもの」と述べている。経営学的には、熟練した起業家に共通してみられる特徴である「エフェクチュエーション理論」における5つの原則のうちの1つ「手中の鳥」(Bird in Hand)と呼ばれるものだ。

具体的には、宿泊施設のコロナ感染者の隔離施設利用、ステイケーション用のビジネスニーズの取り込み、マイクロツーリズム需要のタウンハウス事業の拡充だ。ここには「長期的にみると、人々の旅行をしたいというニーズは増加傾向にある」という強い確信が背景にある。しかし、このような施策は目新しいものではない。日本でも中国でも、米国でも欧州でも、同じような施策を提供している事業者は数多い。OYOの特筆するところをあげるとすれば、意思決定の早さと規模の大きさ、網羅性だろう。特に、「とりあえずOYOに任せておけば、最低限必要なサービスは揃う」というのは同社の事業に共通してみられる強みだ(オーダーメイド好きな日本の商習慣と相いれないところでもある)。

時代の変化に対して疑うことをしない

OYO のアガルワル氏と BEE NEXT の佐藤氏の講演で共通していたのが、「時代の変化」に対する積極的な適応の姿勢だ。特に、ビジネスにおけるデジタル化とグローバル化に適応し、競争力を高めていくことに迷いがない。スイスの IMD における世界のデジタル競争力ランキングによると、日本は第27位だ。これは、タイ以上マレーシア以下という結果である。日本の低順位の背景には、変化へ適応することの迷いにあるのだと感じさせられた。

端的な事例は、OYO がリストラを慣行する一方で、大規模な人材獲得も計画していることだ。既存事業に関しては、コロナ禍で人件費の調整を行う一方で、将来の新しい事業を生むための未来への投資は手を止めていない。同じように、コロナ禍で不確定要素の多いビジネス環境にあっても、未来への投資を止めていない企業は世界中で見つけることができる。PwCは、2026年までに約1兆3200億円を投じ、現在の世界の従業員数の3分の1超にあたる10万人を新たに採用すると発表している。

デジタル化が重要だと言いつつも、つい我がこととなると様々な懸案事項が生じ、つい先延ばしになってしまった。そのような組織は日本中のいたるところで見つけることができる。OYOのアガルワル氏による講演は、私たちに変化に対して素直に向き合い、シンプルに考えることの大切さを教えてくれている。

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