生成AIで変わる企業研修のあり方

AIで可能になった人材育成の新たな試み

日経COMEMOの8-9月のお題企画で「#AIで可能になったこと」で記事が募集されている。Chat GPT を皮切りに、生成AIが急速に普及する中で、ありとあらゆる分野で生成AIの活用が進んでいる。これほどのインパクトのあるテクノロジーの進化は、電子メールの普及以来ではないかと思われるほどのインパクトの大きさだ。
それこそ、「#AIで可能になったこと」は公私ともに多岐にわたりすぎていて、今やAIがないと生産性が激減することは必至だ。自分が直接的に使っていなくても、利用しているサービスが仕組みとして取り入れている間接的なAIの活用も含めると、それこそキリがないだろう。そのような中で、今回は人材育成に焦点を当ててみたい。
大学教員として教育や研究成果を企業研修で提供しているなかでの生成AIの活用について話してみたい。

生成AI活用の5つの目的

人材育成のプログラムでは、生成AIは主に5つの目的で使用している。それぞれを列挙すると以下の通りだ。

  1. たたき台製造機

  2. ビジュアルエイドの作成ツール

  3. ワークの補助ツール:本質的な問いを促す

  4. ワークの補助ツール:アイデアを即席で具現化させる

  5. 研修効果の即席分析ツール

たたき台製造機

生成AIの非常に優秀な能力は「それっぽいものを手早く出力する」ところに利点がある。例えば、私は統計分析ではR言語を使うが、使いたい分析のコードを探すよりも、生成AIに吐き出させて、それを修正して使う方が生産性が高い。このとき、生成AIから吐き出されたコードはそのままコピペで使えるような代物ではないのだが、自分が手直しして使う分には十分だ。
研修開発でも同様で、コンテンツの構成やタイムテーブルなどのたたき台を生成AIに出力してもらい、それを手直しすることで作業効率が飛躍的に高まる。
何かを作るときに、ゼロから何かを生み出すのには大きな負荷がかかる。その負荷を生成AIを使用することで軽減できる。

ビジュアルエイドの作成ツール

教育コンテンツを作るときに、イラストや図などのビジュアルエイドの存在は大きい。一方で、ビジュアルエイドの使用には気を遣うことも多い。
誰かが作成した制作物には著作権が発生するために、基本的に著作権フリーか許諾を得た制作物しか使うことができない。その限られた制作物の中から、教育効果を増すような最適な何かを探し出すことは容易なことではない。
一方で、生成AIも著作権に配慮したモデルを使用すれば、プロンプトを書くことで狙ったような画像や図を出すことができる。生成AIが一発で期待通りのアウトプットを出力することはまれだが、それでも著作権フリーの素材集とにらめっこして最適なアイテムを探すよりは効率的だ。

ワークの補助ツール:本質的な問いを促す

人間の心理は、当事者になることで本質に気が付かなくなることがある。クイズ番組をみていて「なんだ、こんなことも答えられないのか」と演者を笑うお茶の間も、自分が同じ問題を出されると答えられないのと似ている。当事者になるとストレスもかかるし、様々な事象が気になってしまい、思考に雑味が増す。

生成AIで出力される課題解決策は、非常に無難で面白みのないアイデアが提示されることがほとんどだ。これは、ネット上の情報から多数派の意見を拾ってくる生成AIの仕組みからどうしようもないことだ。良い課題解決策は、問題の本質を何度も繰り返し問い続けることで、その課題に特化した独自性の高いアイデアが出される。しかし、先述したように当事者であることが本質的な問いを繰り返すことを妨げる。

そこで、本質的な問いを発するための下地となる情報や粗いアイデアを生成AIに出力させ、その結果を基盤として問いを繰り返す。こうすることで、解決すべき課題は何かということに思考を集中させることを助け、本質的な問いを発しやすくなる。

ワークの補助ツール:アイデアを即席で具現化させる

アイデアや課題解決策は、会議室の中のディスカッションやプレゼンテーション用の資料でとどまっていても実効性はない。それどころか、頭の中だけで考えたことは本質を見失ったり、実行段階で重大なエラーを含んでいることが多い。そのため、ペーパーワークで緻密な工芸品を作るのではなく、半完成品でよいのでプロトタイプを作り、現場で試行を繰り返すことが重要となる。この精神が、デザイン思考やアート思考、アジャイル開発を普及させることになったベースとなる。

しかし、研修のような限られた時間と場所でプロトタイプを作り、現場で試行を繰り返すことは容易ではない。そこで、生成AIにアイデアや課題解決策をビジュアライゼーションさせることで、疑似的なプロトタイプを作り出してみる。そうすることで、文字情報でのみやり取りしていたアイデアや課題解決策が具体化されて、メンバー同士の認識のすり合わせやアイデアの客観視が可能になる。
加えて、イノベーションは既存の要素の新結合から生み出されると言われるように、生成AIによって偶発的に付け加えられた要素が刺激となって、アイデアを飛躍的に良いものとすることがある。それは生成AIから直接的に出力されることもあれば、その結果が呼び水となって参加者の思考を活性化させることにつながる。いわば、優れた「アハ体験」の発生装置として機能する。

研修効果の即席分析ツール

多くの研修関係者を悩ませる問題が、研修効果の測定だ。数学のテストのように答えがある事象の効果測定は容易だが、ビジネス系の研修の多くは正解がない問いへの対処法を教えるものだ。そのため、何を成果物として出せばよいのかの判断がつきにくい。教育心理学を専攻するなど、効果測定の専門知識を習得し、分析方法に精通していれば別だが、そのような専門性を持った人材はごく少数だ。

そのため、多くの研修は効果測定を「満足した」という受講後アンケートに頼ってしまう。多くの研修担当者が「本音では意味がないよな」と思いながらも、仕方がないために実施していることが多い。

しかし、生成AIは雑多な情報を整理することに長けたツールだ。受講前と後に自由記述でいくつかの設問に回答したり、研修後のフォローアップ面談での内容を生成AIで分析をかけると、誰でもそこそこの精度で要約した分析結果を得ることができる。それによって、「研修によってどのような成長ができたのか」を知ることができ、研修効果の把握に役立つ材料とすることができる。

注意:生成AIをwikipedia代わりに使ってはいけない

最後に、研修で生成AIを使うときの注意として、wikipedia代わりに使うことはお勧めしない。生成AIで出力されたものは、基本的には精度が低いもので、信頼性に欠けていることが多い。

研修で使うときには、その結果を参考として、参加者の思考をより深く、本質的な議論を生み出すための誘因として割り切る方が良い。

そのうち、AIも進歩して人間よりも賢くなる日も来るだろう。しかし、現状では、ドラえもん並みの知能まではまだまだ道のりが遠いのだ。

#COMEMO #AIで可能になったこと

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