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実効相場で確認する日本円の現在地

懸念漂う「第二のリーマンショック」
シリコンバレー銀行(SVB)の破綻で始まった国際金融不安はわずか10日間で米地方銀行の経営不安問題を超えて、欧州の大手金融機関の再編にまで至りました:

FRBやECBの利上げ幅や回数に注視していた従前のムードは吹き飛び、「これで不安が収まったのかどうか」という目先の展開に目を奪われる雰囲気が充満しています。スイス最大手の金融機関であるUBSが同2位のクレディ・スイス・グループを買収したことで全て終わるのか。それともまだ見えていない問題があるのか。現状、スイス金融当局が無価値と判断したAT1債(その他ティア1債)が需要を失い、これを保有する金融機関から危機が広く伝播するのではないかとの懸念も燻ります:

AT1債市場が国際金融システムを崩すほどの規模を持たないとの評価が大勢ですが、本当にそうなのかという視点も目下注目されます。

いずれにせよ、厳格な資本規制の下、「第二のリーマンショック」は起き得ないというのが市場の本心に近いと言えますが、そこまで信じ切れていないというのが本稿執筆時点の市場心理と見受けられます。
 
主要通貨を俯瞰する必要

しかし、為替市場、とりわけドル/円相場の見通しに関しては目先の不安やこれに連れた金利動向で右往左往しないように努めたいところです。国際金融不安に伴う米金利急低下とこれに伴う円高・ドル安で円安予想が難しくなったかのようなムードもありますが、そうとも言い切れないように感じます:

年初2か月(1~2月合計)の貿易赤字は約▲4兆円と過去に類例のない規模に達しています。その上で2022年通年に記録した▲20兆円の貿易赤字はラグを伴いながら2023年以降の円相場にも影響を持つことを考慮する必要があります。こうした状況下、需給環境は依然として円売りに傾斜していると考えるのが自然でしょう。図は主要通貨の名目実効為替相場(NEER)に関し、2022年通年と2023年初来(~3月14日時点)の変化率を比較し、主要通貨の現状を俯瞰したものです。これを見ると結局、昨年来の円安相場が変わっていないことが分かります。2022年は世界的にドル高が進んだ年でしたが、円は続落し、他通貨でも上昇に転じている通貨はあるものの、その動きはそれほど大きくありません。年初来の変化率という視点に限れば、円はG7通貨で引き続き最弱です。昨年はNEERベースでトルコリラを彷彿とさせる2ケタ下落率を記録しながら、円は未だにその弱さを引きずっているのが実情です

昨年10月下旬にドル/円相場が152円付近でピークアウトして以降、FRBの利上げ幅は3分の1になり、利上げ停止観測(その先にある早期利下げ観測)まで浮上しました。その間、1月に127.22円の年初来安値をつけたものの、その後は130円台へ復帰し安定しています。ちなみに、この際の円高には「日銀新体制における正常化観測」も効いており、FRBの政策運営だけが原因ではありませんでした。本コラムへの寄稿でも過去に論じたが、金利動向が目先の変動を説明するのに有用であることは確かであるにせよ、底流にある需給動向に関し「円を売りたい人の方が多い」という事実は無視できません。貿易赤字の膨張に象徴される需給環境の激変を踏まえれば、今次円安局面が始まる直前の水準(113円付近)まで戻るのは難しいように感じます。
 
実効ベースでは円安修正の雰囲気が感じられず

為替市場では昨年10月から今年1月のわずか約3か月間で152円から127円まで進んだ鋭角的な円高のイメージが脳裏に焼き付いていると思われますが、上でも言及した通り、実効ベースで見れば大して円高が進んでいるとは言えないでしょう。図は1973年以降のNEERおよび実質実効為替相場(REER)の動きを見たものです:

図を一瞥するだけでも分かりますが、NEERは円安バブルと言われた2007年頃と同じ水準、REERは変動為替相場制が導入される以前(1971年頃)と同じ水準です。超長期で見た場合、2021年から2022年の円安は視認可能ですが、昨年10月から今年1月の円高はそれほど大きな動きとは言えません。特に半世紀ぶりの安値水準で未だに推移しているREERは日本が海外の財・サービスを求める際の購買力に他ならず、「安い日本」の状況が全くと言って良いほど変わっていないことを示しています。
 
金利だけで円相場の方向・水準は決まらず
筆者は今のところ、グローバルな金融不安はこのまま沈静化し、再びインフレ抑制がテーマとなる局面に戻っていくことを前提に為替見通しを策定しています。よってFRBの早期利下げを受けた(米国の)金利面からの円高圧力は限定的と見る立場です。

そもそも「+75bpの利上げが常態だった局面」から「早期利下げ観測まで台頭する局面」へシフトしても、ドル/円相場が130円台で安定しているのだから、金利だけで方向や水準を考えるのは危ういように思います。こうした現状から理解すべき事実は「需給面からの円安圧力も非常に強いこと」でしょう。もちろん、グローバルな金融不安が本当に早期利下げに直結するのであれば、それは想定外の円高リスクになるでしょう。しかし、それでもドル/円相場で言えば125円割れを臨むかどうかと言ったところではないかと筆者は思っています。

重要なことは、125円まで円高・ドル安が進んだとしても、NEERやREERで示唆される歴史的な円安水準は殆ど変わらないだろうということです。実効ベースで見た円安は内外金利差の拡大・縮小よりも、過去10年における日本の需給構造変化を映じたものであり、目先の金利見通しだけで変わり得るものではないでしょう。かかる状況下、大局観としての「安い日本」は殆ど変わらず、日本が国外に向けて消費・投資意欲を発揮するのが難しい状況が見通せる将来において続きそう、という印象は残念ながら抱いてしまいます。

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