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人手不足を外国人雇用で解決するか、テクノロジーで解決するか、両方同時に行うか

専門学校の留学生の選択肢が広がる

日本企業での働き方は「メンバーシップ型」と呼ばれ、特定の職種や専門性への従事に限定しないゼネラリスト的な運用が良く知られている。しかし、このような「メンバーシップ型」は幹部候補生が中心で、以前から「ジョブ型」で運用されている従業員が多数いる。代表的なのは、工場の派遣労働者や事務系の契約社員のような非正規雇用の従業員だ。
そして、正社員であっても「ジョブ型」な働き方をする従業員として、専門学校を卒業した留学生がいる。専門学校を修了すると「専門士」か「高度専門士」の称号を取得する。称号を得た後に就労ビザを取得するには、専攻と従事する予定の業務内容との関連性が重要視されてきた。しかし、外国籍人材の雇用を促進するために法務省は今秋にも在留資格の基準見直しを行う。これにより、専門学校卒でも大卒と同程度にまで基準が緩和されるという。

低廉な人材として留学生を見ていないか

基準見直しの背景には、人手不足問題がある。特に、地方を中心として、中小企業や特定業種の人手不足は深刻だ。その対策として留学生の就労をしやすくすることで解消を狙う。
しかし、このような求人は基本的に日本人が選ばない条件であることが多い。欧米でも見られるが、母国人がやりたがらないが、社会的に欠かすことができない仕事を途上国からの外国人で賄おうという動きは珍しいものではない。だが、このような動きに対しては、外国人労働者の搾取なのではないかと倫理面で問題視されている。
特に、外国人技能実習制度が国連から「現代の奴隷制度」と指摘されているように、日本では外国人が劣悪な労働環境と労働条件で過酷な仕事を強いられていると世界からは見られている。
ちなみに、親日で有名なインドネシアの学校の教科書には「Romusha」という記載がある。日本語の「労務者」が語源で、もともとは太平洋戦争時の強制労働者のことを指す。現代では、日本企業がインドネシア人労働者を低賃金で過酷な労働に従事させ、人権を侵害する言葉として「Romusha」が使われる。
東南アジアの視点からは、日本は戦時中のようにアジアの人々を「Romusha」として自分たちの都合の良いように使い潰そうとしていると思われないようにしなくてはならない。なお、現状での日本での就労に関する評価は基本的に低迷している。

人手不足なら人を使わないという発想

日本とEUは仕事で人の手が加わるべきだと考える傾向が強いが、アングロサクソン系国家とりわけアメリカでは、人の手を極力排してテクノロジーで代替することに積極的だ。この背景には、高騰する人件費と教育コストの悪さがある。米国は所得格差と教育格差が他の先進諸国よりも大きく、極力自働化できるところは自働化したほうが効率が良くなる。

テクノロジーで代替できるところは代替するという姿勢には、アナログな手法と比べて導入のための初期投資がかかるというデメリットがある。加えて、テクノロジーを導入したからと言って生産性が上がる保証もない。失敗のリスクもある。
その一方で、テクノロジーによる自働化は成功した時のメリットが大きい。産業革命以降、テクノロジーで生産性が飛躍的に高まると、アナログな手法で勝負することはほぼ不可能だ。情報伝達という面で、メッセンジャーアプリが電子メールと比べるまでもなく優位であり、電子メールでFAXが消え、FAXで電報が使われなくなったようなものだ。

外国人活用とテクノロジー代替の先進地域から横展開する

日本は高齢化社会で世界の先を進むが、人手不足社会でも同様だ。リクルートワークス研究所が「労働供給制約社会」と呼ぶように、社会活動を維持するための労働力が物理的に足りなくなる。その穴を埋めるために、外国人労働者を増やすというのは選択肢の1つとしてあるだろう。しかし、それだけで賄えるほど現状はやさしくない。テクノロジーを活用して、自働化できるところは積極的に自働化すべきだ。

そうはいっても、急な変化に日本全体が対応できるかというと難しいだろう。そのため、まずは特定地域で「外国人人材による人手不足解消」と「テクノロジーによる人手不足解消」の2ケースの先端事例を作るのが良いだろう。先ほど、アメリカはテクノロジー活用に積極的だといったが、実際にはアメリカ全体で積極的かというとそうでもない。特に、南部を中心としてテクノロジー活用に慎重な州は多い。しかし、カリフォルニア州を中心とした一部の州が先進的で、その成功事例をアメリカ全土に横展開している。

人手不足で私たちの社会活動が劇的に変化する未来は近くまで来ている。そのため、変化を恐れず、トライ&エラーに取り組むことができる都市が名乗り出ることが期待される。


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