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私たちは人口減少の日本でどんなイノベーションを必要としているのだろうか〜スローイノベーション宣言

仕事柄、最先端技術のビジネス性について議論することが多い。そのなかで、いつもモヤッとするのが顔認証技術である。そっくりの顔の人がいて、その人の分を課金されたりしないのだろうか。ミッションインポッシブルのように、完璧ななりすまし技術が出てくることはないのだろうか。ほんとうにこれは便利なのだろうか、と疑問が次々浮かんでくる。今回は、人口減少の日本で、どんなイノベーションがほんとうに必要なのだろうかを考えてみたい。

顔パスという便利さの追求

次の2つの記事は、大阪・関西万博で顔認証技術が大々的に使われることを報じている。日本の世界に誇れる技術の一つなのだろう。

最近の記事は、駅の顔パス改札機である。記事は、次のように報じている。「パナソニックホールディングス(HD)は大阪市高速電気軌道(大阪メトロ)に顔認証式の改札機を200台以上納入する。出入りする際に立ち止まる必要のない、世界でも珍しい『ウォークスルー型』を供給する。2025年4月から大阪メトロ沿線の100を超す駅で利用可能になる。交通IC乗車券を持たないインバウンド(訪日外国人)らの利用を見込む。」

そしてもう一つの記事は、万博会場での顔パスである。次のように報じる。「NECの顔認証システムが2025年国際博覧会(大阪・関西万博)に採用される。入場と店舗決済が『顔パス』でできるようになる。(中略)大阪・関西万博では入場ゲートに加え、会場内のショップやカフェでの決済に導入される。会期中に何度も入場できる「通期パス」を持つ来場者らが対象で、顔写真と決済方法を事前に登録すれば手ぶらで決済できる。」

そしてこの解説記事は、つぎのような記述で締め括られる。「大阪・関西万博のコンセプトは『未来社会の実験場』。会場を新たな技術やシステムを社会実装していくための巨大な装置と位置付ける。便利で快適な未来社会の実現には、技術やシステムだけでなく、プライバシーや多様性への配慮も不可欠になる。』

「便利で快適な未来社会」とは何か

何を「便利で快適な未来社会」と考えるかは、きわめて主観的なものである。もし私たちが「自分さえ良ければいい」と考えるならば、多くの人は、もしかしたら「顔パスって便利」と思うのかもしれない。

だが、もし私たちが「この社会に生きるのは自分だけではない」という超個人(トランスパーソナル)な視点を持つならば、いまこの社会に生きにくさを感じる人のために何かできないかを考えることができるかもしれない。「便利で快適な未来社会」とは、いまの社会が不便で不快に感じる人のためにイノベーションを起こす社会ではないだろうか。

次の記事は、日本政府の過去の「優生思想」に基づく差別が最高裁で違憲となったことを契機に、省庁横断で社会的差別をなくしていこうという意気込みを伝える。岸田文雄首相は「優生思想および障害者に対する偏見差別の根絶に向けて、これまでの取り組みを点検する」とその意義を説明したうえで、「障害者への社会的障壁を取り除くのは社会の責務であり、社会全体が変わらなければならない」と強調したという。

また、家族のありかたについても、同性婚の可否をきっかけに大きな議論となっている。この解説記事で、自民党の岸田文雄首相は23年の衆院予算委員会で同性婚について「家族観や価値観、社会が変わってしまう」「極めて慎重に検討すべき課題」と語っていると報じている。

スローイノベーション宣言:長年言われてきた「社会課題先進国」に向き合う

「便利で快適な未来社会」を考えるときに、なぜ日本は、社会の障害を取り去るような「本質的なイノベーション」に取り組めないのだろうか。大企業の持つ知性と資産を「大衆の便利」に注ぎ込み続けるのはなぜだろうか。

企業の経営者に問えば、「企業は利益を追求する存在だから」と答えるだろう。これまでの右肩上がりの市場では、「多くの人が平均的にほしいもの」を安く早く品質高く提供することが、企業の役割と思われてきたからだ。しかし右肩下がりの今の日本市場では、同じことをやっていては、企業経営も右肩下がりである。このような状況下で、海外売上比率を高める、つまり右肩上がりの市場を追いかけるのが、グローバル企業の定番の戦略になる。成長し続けるには、それ以外に方法はない、というわけだ。それもいいだろう。

しかしその一方で、長年言われてきた「日本は社会課題先進国である」という事実に向き合い、「だからこそ世界にさきがけたイノベーションを次々と起こしていく」と考える企業が増えることを願う。

そのためには、「企業は利益を追求し、政府は税金を再配分する」という固定的な役割観を超えて、「企業と政府は一体となって社会課題解決をイノベーションで乗り越え、その成果を世界に普及させる」という社会課題先進国としての長期戦略をとるべきではないだろうか。

「社会課題先進国」日本への提言は、日本の社会課題解決の捉え方を安近短のファストから、もっと長く、広く、深く、スローにしていくことだ。長く(もっと長期視点で)、広く(企業・行政・NPOのセクター横断で)、深く(一人ひとりの異なる課題をもっと深く掘り下げて)の3つの視点で捉え直す。政府がこれを宣言し、イノベーション予算を「大衆の便利」から「本質課題の解決」に転換することを「スローイノベーション宣言」と呼びたい。

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