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「中銀の財務健全性」と「通貨の価値」は関係あるのか?~日銀と円の場合~

円安を「日銀の財務健全性」と結び付けたがる風潮について

過去1年、円に関し「日本売りの色合いを帯びている」と筆者が述べてきたことから「インフレに伴う国債の暴落」ひいては「日銀の財務健全性」も円売りの背景なのかと聞かれることが増えています:

結論から言えば、筆者はその点に関しては否定的です。そもそも「中央銀行の財務健全性」と「通貨の信認」を直接的に結び付ける議論はそう単純なものではありません

リーマンショック後、各国中銀では有事対応が常態化した。そのため中銀バランスシート(B/S)は規模・構成の両面から危うい運営を強いられてました。日銀におけるETFは世界的にも特殊ですが、ECBにおける南欧債も欧州債務危機時(特に2011~2012年)に相当問題視されてきました。しかし、その都度、「中銀の財務健全性」をテーマに通貨が売買されていたかと言えばそうではありません。日米欧三極の中銀B/SのGDP比を比較して見ると、2007~2012年は団子状態にありました:

敢えて言えば、日銀の水準が最も大きかったものの当時の為替市場で円全面高(対ドルでは70円台)が進行していたことは周知の通りです。「中銀の財務健全性」が「通貨の信認」に決定的な論点ならばこうはなりません

確かに、黒田体制下の量的・質的金融緩和を受けて日銀の推移が突出しており、同時期の2013~15年は強烈な円安も進んでいました。しかし、その当時において「中銀の財務健全性」や「通貨の信認」がテーマになっていたわけではなかったはずです。基本的に「大規模緩和をする日銀 vs. 正常化プロセスに勤しむFRB」という金融政策格差の方が取りざたされていたと記憶します。むしろ、前例のない政策運営に勤しむ黒田体制、またはそれに象徴されるアベノミクスに対して礼賛の声が大きかったと思います。必然的に「中銀の財務健全性」という批判的視点をもって円安を解説することも主流ではありませんでした。「中銀の財務健全性」が「通貨の信認」に直結するほどの材料ならば当時から懸念する声が無ければおかしいでしょう。それほど日銀B/Sの膨張ペースは著しいものでした。

 スイスやドイツの事例

「中銀の財務健全性」と「通貨の信認」が必ずしもリンクしないと言える例は諸外国にもあります。例えば自国通貨高抑止を目的として、無限通貨売り(スイスフラン売り)・外貨買い介入を続け、大量の外貨建て資産(外貨準備)をB/Sの資産側に抱え込んだスイス国立銀行(SNB)の例を思い返したいところです。2009年以降に勃発した欧州債務危機を背景に、当時、円やスイスフランが安全資産として騰勢を強めていました。

スイスフランに関して言えば、地理的にユーロ圏からの逃避マネーが流入しやすいという事情もありました。対応に苦慮したSNBは2011年9月、スイスフランの対ユーロ相場に上限 (1ユーロ=1.20スイスフラン)を設定し、無限のスイスフラン売り・外貨買い介入でこの水準を防衛する方針を決定しました。2014年12月にはユーロ圏金利との格差拡大を企図してマイナス金利も導入しています。しかし、それでもスイスフラン高の流れには抗し切れず、2015年1月、無制限介入による対ユーロ相場の上限防衛を放棄することを突如決定し、スイスフランは急騰しました。当時、その急変動は欧州系金融機関のシステミックリスクに至る可能性まで囁かれるほど激烈なものでした。

当然、それまでに抱え込んだ大量の外貨(≒ユーロ)建て資産はスイスフラン高によって巨額の為替差損を計上することになります。具体的には資産側に計上されていた外貨準備がスイスフラン建てで目減りするため、会計上は債務超過という状態に陥ります。要するに「『通貨の信認』が強過ぎて債務超過が発生し、『中銀の財務健全性』が揺らいだ」という話になります。なお、ドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)もマルク高によって外貨準備が減少し債務超過に陥ったことが知られている。

これらの例は「通貨の信認」が強過ぎて債務超過に陥った事例であり、「中銀の財務健全性→通貨の信認」ではなく「通貨の信認→中銀の財務健全性」という因果関係が成立していたことになります。日銀の財務健全性を訝しがる向きは大量の国債保有とその評価額低下を理由に債務超過を懸念し、「通貨の信認」低下(即ち円安)を懸念する向きが多い印象です。ですが、こうしたスイスやドイツの例を見る限り、中銀が多額の国債を購入したからといってそれが「バランスシートの健全性」を損ねるになるとは限りませんし、損ねたからといって「通貨の信認」が毀損するという話に直結するとも限らないでしょう

 債務超過が深刻視される例もある

もちろん、債務超過が深刻視される例もないわけではありません。植田和男・東大教授は日銀審議委員時代の2003年、『自己資本と中央銀行』と題した講演[1]「中央銀行にとって健全なバランスシートを保つことは、一般論としては、その責務を全うするための必要条件でも十分条件でもないが、必要条件に近いような状況もしばしば存在した」と論じています。

同教授はベネズエラ、アルゼンチン、ジャマイカといった中南米の国々の中央銀行も過去に債務超過に陥り、そのタイミングで高率のインフレに悩まされていたという事実をして指摘します。例えばベネズエラ中銀は1980年代から1990年代にかけ、政府の拡張的な財政政策などを背景に加速したインフレ高進を止めるため、金融引き締めに転じました。その際、流動性吸収のために使用された同行発行の高金利の手形が中銀収益を圧迫し、引き締めを断念するということがありました。このケースでは中銀財務を念頭にインフレが放置されています。

スイスやドイツは自国通貨高で、中南米は政府の誤った経済政策に付き合わされる格好で債務超過に陥っています。通貨高を通貨安にすることは(理論上は)容易なのでスイスやドイツの債務超過が一時的なものとして問題視されなかったことは理解できます。片や、中南米諸国の例に見るように、政府の誤った経済政策が不変ならば、高インフレは放置されるので、これに対応する過程で中銀が債務超過に陥ることもあります。その場合、高インフレと中銀の債務超過が併存しやすくなる。しかし、あくまで「中銀財務の健全性」は財政・金融政策の結果であり、債務超過の事実自体に(企業にとっての債務超過のような)決定的な意味があるわけではないように見えます。同時に債務超過が為替を含めた資産価格の原因になる筋合いもない。「健全に越したことはない」程度の話と言えるでしょう

将来的にテーマ視される可能性はある

なお、足許の円安のドライバーが「中銀財務の健全性」であるとは思わないですが、為替市場の直情的で移り気な性格を思えば、「通貨の信認」が将来的にテーマ視される可能性がないとは言えないでしょう。為替はフェアバリューがない世界です。その時々のテーマが流れを作るという側面は確かにあるため、スイスやドイツの例だけを取り上げて「円も大丈夫」と断言することも難しいでしょう。万が一、「中銀の財務健全性」がテーマ視される相場になれば、最もターゲットになりやすいのは前掲図を見る限り、円になっても不思議ではありません。腐ってもG7の一角であり、世界の外貨準備の5%以上を占める円は相応に取引量も多く、テーマ化すれば大相場に発展する可能性はあるでしょう。

上述の講演で植田教授は「問題はこうした債務超過に陥った中央銀行の政策がそれ(=債務超過)によって歪められたかどうかである」と述べていますが、換言すれば「金融市場が中銀の金融政策を信用できる状況かどうか」が要諦という話でしょう。中銀が債務超過に陥っても物価安定に資する政策を運営していると認められれば「通貨の信認」が揺らぐことはありません。

例えば、黒田体制の金融緩和も景気回復と共に物価が2%を突破し、それを引き締める過程で債務超過を被る可能性はあります。しかし、それは「大事の前の小事」でしょう。逆に債務超過を回避しても、高インフレの下で「通貨の信認」を蔑ろにする金融政策運営というケースもあり得るでしょう。例えば、トルコ中銀のように、大統領の独自理論に基づき「金融緩和でインフレを抑制する」という政策運営を強いられれば債務超過でなくともインフレは急伸するでしょうし、通貨は暴落します。現状に目を移せば、「円安のデメリットが心配されながらも緩和路線を貫く」という日銀の姿勢はトルコ中銀のそれと類似性を感じなくはありません。

しかし、繰り返しになりますが、現時点で日銀の財務健全性が「通貨の信認」毀損という大きな話に繋がっていると筆者は考えていませんあくまで円安の背景は、貿易赤字と内外金融政策格差が拡大方向にあり、それに対する処方箋も講じられる気配がないという事実を指摘するのが王道でしょう。 

財政要因のインフレに日銀は無力

往々にして「インフレに伴う国債の暴落」や「日銀の財務健全性」を円安と結び付ける主張は政府債務残高の増大傾向を念頭に置くことが多いように見えます。巨額の政府債務への懸念から円安や高インフレが発生する場合、確かに景気改善を伴わない「悪いインフレ」に直面し、日銀も望まぬ引き締めに追い込まれその過程で国債価格の急落や付利引き上げによる(民間銀行への)利息支払い急増が債務超過という結果に至る可能性はありあす。

しかし、それは野放図な財政政策の結果であって、金融政策を執行する日銀が解決できる問題ではないでしょう。その段階に至って求められる抜本策は政府の財政再建以外にあり得ず、そのほかの処方箋は全て補完的なものにとどまります。軟着陸のために日銀が国債購入をいくらか継続するでしょうが、そういった金融政策姿勢も不信を助長するのでしょうから、あまり派手な介入はできないでしょう。

結局、「中銀の財務健全性」は財政・金融政策の結果として数字上、付いて回るものであって、それ自身が何かの震源地として取りざたされるほど本質的なものとは言えない感じます。断続的に話題になる日銀の自己資本比率も同様であり、その水準に着目しても本質的な話には発展しづらいと思います。

 本当の問題は成長を放棄してきたこと

現代の管理通貨制度における「通貨の信認」は文字通り、「信用して認められた」結果が金融市場における為替や株、債券などの資産価格として表れます。「中銀の財務健全性」が重要ではないとは思いません。しかし、実体経済が上手く回っている限りにおいて、誰も気にしないし、報道もされないでしょう。実際、日銀の自己資本比率や決算状況の現状を知る人は市場参加者でも稀だと思います。日常生活でも買い物する際、日銀の財務健全性を気にかけたことがある人もいないでしょう。中銀B/Sは実体経済を支えた結果であり、何か重要な原因になるとは考えにくいものです。

この点、パンデミック下の日本で本当に懸念されるべきは自ら成長を放棄するような各種政策(過剰な防疫政策やタブー視される原発再稼働など)がほぼ無批判に採用され、実行されていることだと筆者は強く思います。その結果として「日銀も債務超過のリスクに晒されている」というのが正しい思考の順序でしょう。原因は政府の政策、結果が「中銀の財務健全性」であり、その因果を取り違えてはならないと思います。政府債務は実際、パンデミック下で増えています:

もっとも、為替市場で円売りをテーマにしたい短期筋にとって取引動機は「それっぽいもの」であれば何でもよく、しばしば批判の的になる日銀の財務健全性は利用しがいのあるテーマであることも確かです。そのような展開に至ると極めて厄介であるため、岸田政権には成長率を復元させる方向への転換により閉塞感の打開を期待したいものです。しかし、高齢者層の保守的な志向に合わせることが短期的な適切解として為政者に好まれている以上、残念ながら多くを望むのは無理なようにも思います。この期に及んで子供へのマスク着用に拘泥する先進国の首相というのは余りにも惨めに見えてなりません:



[1] 植田和男『自己資本と中央銀行』日本金融学会 平成15年10月25日

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