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個人のパーパスは多くの人にとってなくても良い・・・ただし個人で戦う人には必須である【日経COMEMO】

パーパスは個人に必要か?

「パーパス経営」というキーワードが最近、バズワードになっている。概念自体は新しいものではない。組織の存在目的を言語化し、組織内の意思決定における軸としようというものだ。古くは90年代にジェームズ・コリンズ氏が著書『ビジョナリー・カンパニー(原題:Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies)』で語られている。近年ではフレデリック・ラルー氏が著書『ティール組織(原題:reinventing organizations)』で、組織の存在目的を明確化することの重要性を繰り返し強調した。

企業にとって、自己の存在目的をパーパスとして明確にし、表明することは重要だ。それでは、その論理性は個人にも同じようにあてはまるのだろうか。日経新聞では一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏の言葉を引用し、『社員個人のパーパスと会社のパーパスとの重なりを見つけることもポイント』となると、個人のパーパスについてどのように考えるのか意見を募集している。

それでは、個人が自身のパーパス(存在目的)を明確に意識し、それを組織のパーパスと折り合いをつけていくことは重要なことなのだろうか。このことは、キャリア論の観点からいうと個人がパーパスを持っているかどうかは重要なことではない。あっても構わないが、無くても良い。

日本の優秀サラリーマンは「流され上手」

神戸大学名誉教授の金井 壽宏氏は、日本企業で活躍しているビジネスパーソンを研究する中で、「キャリア・ドリフト(漂流)」という概念を発見している。「キャリア・ドリフト」とは、キャリア全体をきっちりとデザインするよりも、与えられた職務に集中し、自分のキャリアを流れに任せることだ。流れに身を任せるというと聞こえが悪いかもしれないが、自分の意思ではないからこそ、思わぬ掘り出し物を見つけ出したり、新たなチャンスに巡り合って大きく飛躍できる余地が生まれる。

「キャリア・ドリフト」は著名な実務家からも支持されている。Yahoo! アカデミア学長の伊藤羊一氏は著書『やりたいことなんて、なくていい。』にて、「足元の仕事に120%の力を注ぐことで、想像もしていなかった楽しいキャリアを歩めた」と自身のキャリアについて語っている。同様に、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏も「人生の基本原理は運と適応である」と述べている。目の前の環境に適応することと、良い機会が巡ってくるまで運を待つこと、巡ってきた運を逃さないことがキャリアで重要となる。

「キャリア・ドリフト」の観点から言うと、パーパスを個人が持つ必要はない。それよりも、与えられた環境に適応し、そこで120%の力を注ぎ、大きな飛躍ができそうな機会が巡ってくるまで待つことだ。そして、機会を逃してはいけない。

パーパスが重要な個人はどのような人か?

多くのビジネスパーソンにとって、パーパスを持つことは必須ではない。逆に、どのような仕事に従事するのかという人事異動の権利が個人にはなく、会社都合で決められることの多い日本企業の文脈では逆効果にすらなり得る。やりたいことがあるのに、会社からの辞令で全く関係がない興味のない仕事に従事させられることは苦痛だ。

そもそも、欧米であっても大多数の会社員は自分のキャリアについて日ごろから意識していることは少ない。海老原嗣生氏は、欧米社会の大卒非エリート層のキャリアに着目し、出世や昇給を目指さずに同じ仕事を同じような給与でこなすことでキャリアのほとんどを追えるケースが多数派を占めると述べている。このような層は、仕事以外に人生の幸福を見出していることが多く、仕事におけるパーパスは必要ない。

一方で、組織の中で責任のある立場にある人やスペシャリストとして個人ブランドで勝負をしたい人、フリーランサーや個人事業主などの自営業では、パーパスを持つことが重要になってくる。

会社名やブランドなどの組織の看板で市場に価値を提供するときには、個人のパーパスは重要ではなくなる。しかし、個人の名前で市場に価値を提供するときには、市場や顧客から「この個人はどのような付加価値が提供されるのか」が明らかになっていないと相手にされない。そのとき、市場や顧客に対して、自身の「存在目的」を表明することが看板代わりになる。当然、掲げた看板に相応しい行動をとらなければ、市場と顧客から信用を得ることができない。そのため、掲げた「パーパス」を軸として発言や行動をとる必要が出てくる。

つまり、個人にとってのパーパスは大多数の人にとっては必要なものではない。それよりも、周囲の環境に適応していく柔軟性の方が重要度が高いだろう。しかし、個人で仕事をする上で、パーパスは欠かせないものとなってくる。個人のパーパスは、個人ブランドを作るうえで核となるためだ。

このような視点に立つと、個人のパーパスは会社や職場の上司から持つべきだと言われるようなものではないことがわかる。パーパスが必要となるのは、個人の力で歩んでいくキャリアを選択した時だ。そうすると、個人のパーパスは他人に言われて持つものではなく、自分で必要性に気が付いて明らかにする類のものだと言えるだろう。


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