女性の高学歴化と社会進出が起こす「結婚と出産のインフレ」ジレンマ
台湾の若者を取り巻く問題が日本や韓国に酷似(中国とも)していて、誰が考えても問題の本質は経済的な問題だと思うのだが…。
そんな中、久しぶりに支離滅裂な出鱈目な話を目にしたので言及したい。但し、これは厳密には少子化について言及したものではないが。
日本と韓国と台湾の年齢別の女性労働力率のデータを比較して、日韓でいわれているM字カーブが台湾には見られないことから、
そして、それは「小さな子どものそばには母親がいなければいけない、という規範がないから」とかいってるわけだが、別に人それぞれ「結婚や出産を機に退職することを決める女性」がいたっていいんじゃないの?また「子が小さいうちは子のそばにいたい」と思う女性がいたっていいんじゃないの?
規範的な話をいえば、台湾のことわざに「成功男人的背後都有一個偉大的女人(成功する男性のうしろには偉大な女性あり)」というものがある。
そもそも台湾の家庭において「母親」のチカラは大きい。日本の言葉でいえば「かかあ天下」である(姑天下という話もある)。
2013年の台湾での調査によると、子どもに「自分のケアをしてくれるのは誰か」と聞いたところ、「母親」と答えた子どもの割合が高いという結果も出ている。むしろ、父親は「家のために働いてくれる人」という認識らしい。まさにATM。悲しいね、台湾のお父さん。
そもそも台湾だって1980年代はM字カーブだった。
それがいわゆるL字(山型)に変化したのは、ひとえに女性の大学進学率の増加とそれに伴うキャリア化志向による結婚の後ろ倒しによって25-29歳の労働力率の上昇と引き換えに25-29歳の出生率が大幅に激減したためだ。
言い換えればM字だったのはこの年代の女性が多く出生をしていたからという事実の反映であって、それがなくなったこと=少子化と直結している話なのである。これは日本と韓国でも同様で、そもそも「日韓に比べて台湾は…」というような話ではない。むしろ同類である。
だから、台湾の出生率は2023年0.87にまで下がっている。
何度も言うが、むしろ日本は韓国や台湾という少子化対策に失敗した「よい反面教師事例」があるのだから、その同じ失敗を繰り返さないようにした方がいいのだ。
韓国も台湾も児童手当や児童サービスの拡充を随分前からすごい予算をかけてやっているが、効果をあげているどころかむしろ逆効果となっている。今の日本の異次元少子化対策が逆効果だと私が言っているのは、まさに韓国と台湾がやってきた失敗をトレースするようなものだからだ。
家族関係政府支出を増やせば出生率があがるなんてことをいう某家族社会学者の説も大嘘である。韓国や日本だけではなく、全世界的に全く相関はない。
台湾の話に戻そう。
台湾でも少子化対策は古くは1980年代から「出産休業制度」などはやっているし、2000年代には、「低収入世帯向け児童手当」「出産休業に加え育児休業制」「学童保育サービス」が付加され、2010年以降はさらに「出産一時金」「税額控除」「育休の有給化」など年間1兆円を超える予算をどんどん投入してきたが、結果はあの体たらくである。
これこそ「子育て支援では出生数は増えない」ということを20年以上かけて証明しているような話だ。
台湾が低出生率となっているのは、女性の高学歴化と社会進出の問題による未婚化が大きいということは、多数の同国の専門家が提示している話である。簡単にいえば、仕事のために20代の婚姻と出生が減ったからである。これは日本も韓国も同様だ。
フランスと日韓台湾の出生率の違いは20代の出生率の違いによるものと言える。グラフは以下記事を参照。
ちなみに台湾の年齢別出生率推移はこれ。20代が先に落ちて、そうすると全体が落ちるということ。
また、女性の高学歴化とキャリア優先志向は、結果として独身男女の所得差をなくす。男女平等の観点からいえばそれは是なのだろうが、残念ながらこれこそが婚姻減になるのである。なぜなら台湾でも、「女性は自分より稼げない男とは結婚しない」からである。稼げない男と結婚するくらいなら自由な独身を選ぶ。
逆に、男の側からしても、結婚の経済的ハードルが高いわりに、メリットがもはや存在しないという状況になっている。たとえば、夫婦で家を買う場合、台湾ではほぼ妻の名義になるらしい(夫が全額支払っても)。離婚した場合は家は妻のものになる。中国でも、結婚する際には住宅と車と現金を祭礼銭として用意しなきゃいけない風習があり、それが婚姻減の原因にもなっている。
要するに、ある程度金のある男じゃないと結婚に至らないのだ。
また、親の高学歴化は結局は子の高学歴志向になり、夫婦の教育費の高騰をもちらし、それこそ「子ども一人大学卒業させるための費用のインフレ」を加速させ、ますます結婚や子を持つことが中間層の手の届かないものになる。
こういう話をすると「一人口は食えねど二人口は食える」などという大層昔の言葉を出して、「結婚した方が経済的に得になるのだから」と言ってくる老害がいるのだが、もうそういう時代ではない。
先進国における結婚は「生産活動」ではなく「消費活動」に変化している。子どもは労働力の生産のためではなく、コスト化している。貧乏子沢山なんて幼児死亡率の高かった時代の話に過ぎない。
夫婦共稼ぎになって夫婦世帯収入があがればあがるほど、夫婦となるための必要世帯収入がインフレし、皮肉にも結果として中間層が結婚できなくなるという状態になる。それが、今の日本、韓国、台湾、中国に共通する現象である。
女性の高学歴化と社会進出を否定はしないが、出産という年齢制限のある問題と両立させようとするならば、男性が大学を出て、20代でがむしゃらに働いてキャリアを形成するという時間的流れを女性も同じようにする必要があるのかという視点も必要だろう。
具体的には、大学出て結婚出産しても、子どもが大きくなった時点で出産育児のキャリアも含めた仕事環境が用意されているとしたらどうか。無理やり同時期に仕事も子育ても両立しなければいけないという「別の規範」を強制させようとしても全員がそんなスーパーウーマンではない。全員が仕事を生きがいとしたいわけでもない。そうではなく、年齢的タイミングを考慮して順番で対処する。先に子育てしてもそれがハンデや遅れになるのではなく、そうしたものもキャリアとして生かせる雇用や労働環境の整備が必要なのではないか。
専業主婦の経験を生かして、その後大企業の役員になった人だっている。
台湾の話はさておき、日本もようやく「130万円の壁」や「第3号被保険者制度」にメスを入れようとしているのであれば、男女それぞれの事情に適応した道筋があってもいい。平等というか同一であることに固執して結婚も出産もできなくなる世界、この世から「母親」というものを消滅させてしまうことの方がおかしい。
台湾・中国文化大学の劉語霏副教授による、2019年第29回日本家族社会学会大会(2019年9月15 日神戸学院大学)において発表した内容を元にした論文「台湾における少子化と教育問題」があるが、その中に私の「少子化ではなく少母化」という問題提起が網羅されている。より多くの人がこの意識を共有していただきたいと思う。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjoffamilysociology/32/2/32_213/_pdf/-char/ja