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2023年12月の日銀短観--解説に見せかけたデータエッセイ

 さて,四半期に一度の日銀短観ですよ♪ 12/13(月)に公開された日銀短観は軒並み強気な数字が並びました.景気判断が下方修正された,11月の月例経済報告(11/22公開)とは対照的.

 日銀短観は全国約9000社へのアンケート調査の集計です.アンケート調査の利点は「早い」こと.今回の短観も回答期間11/9-12/12までの調査結果が翌朝には公開されています.さらに回答率は99%以上ですから回答バイアスも少ない.
 そして,売上や輸出入などの一般的な経済データとは異なり「単なる感想」であることがポイント.主観的な感想だから……直感・直観的な企業の「温度」を知ることができる.そして,単なる感想なので先行き・予想などについても情報を得ることができる.

 一方で,単なる感想であるがゆえに計量的な情報は少ないですし,そもそも経営者の主観が間違えているという懸念もあります.さらには主観的情報であること特有の問題も。。。。
 それでも,なんだかんだで投資家や政策立案者注目の指標になっている日銀短観.今回はその概要を説明してみましょう.

予備知識

 短観情報の多くは,DIという手法で指数化されています.DI(Diffusion Index)は.こんなかんじのアンケートについて,「よい」と答えた企業の割合(%)から「悪い」と答えた企業の割合を引いたもの.ちなみに,アンケート全体はこんなの→(マル秘って書いてあるけど未回答の質問票は公開資料).

 例えば,回答者の45%が「よい」/10%が「悪い」(残りがどちらでもない)と答えた場合には「業況判断DI」は35(45-10)となります.そして,「悪い」が多ければマイナスになるわけ.

 アンケート調査を数値化する方法として一般的なDIですが,調査によって指数化の方法が少し異なります.例えば,景気動向指数の場合には十個前後の経済統計(採用系列)のうち,

DI=改善系列数/系列の総数×100

をDIと呼んでいます(横ばいの場合は0.5でカウント).そのため,景気動向指数DIは必ず0~100の間に収まります.

まずは景況感

 まずは報道などでもとりあげられることの多い景況感から.さきほどの「(1)貴社の業況」の「最近」への回答を集計したものです.

日本経済新聞「景況感3期連続改善、中小もプラス圏浮上 12月日銀短観」

 今回の短観最大の特徴は中小企業製造業の景況感がプラス転したことでしょう.一般的に,日銀短観のDIは「大企業は高く」「中小企業は低く」出る傾向があります.比較的厳しいと回答する傾向が強い中小企業においても業況を「よい」と答える企業経営者が多い点は注目してよいでしょう.

 余談ながら,日銀短観への「識者」コメントで「中小企業の景況感の回復が遅れている」という類のものをみたら要注意.大企業よりも中小企業の景況感がよかったことは過去30年間一度もありません(90年代初頭と70年代に何度かあるくらい).
 そのため,「中小企業の景況感の回復が遅れている」というコメントは景気の現状を語っているというよりも……日銀短観(というデータ)の特徴・クセにコメントをしているだけだと思います.
 これを日本における中小企業の苦境を読み取るのか,中小企業経営者はあまり「わが社の景気は良い」と誇らない傾向があるのかーーは自由であり,大した意味はありません.
 主観的回答データを見るとき,絶対水準の比較にはあまり意味がないと,私は,考えています.例えば,幸福度の国際比較などで……「2020年のアンケートによると,米国では60%の人が"Happy"と答え/日本では"幸せだ"と答えたのは30%」という情報から「日本人は幸福ではない」と判断するのは早計です.むしろ,"Happy"と"幸せ"の言語的特性の違いととらえたほうが妥当でしょう.より価値のある情報は「10年間で"Happy"と答える人の割合が増えたのか/減ったのか」の方です.

景気は「よい」のか

 景況判断DIが製造業/非製造業,大企業/中小企業ともにプラスにあるということは,現在日本の景気は「よい」と考えてよいのでしょうか? 「微妙だ」というのが私の理解です.

 経済理論では「供給(能力)よりも需要が大きい」状況を好景気・景気が良いと呼びます.一方で,需要が不足しているならば不景気なわけです.

 今回の短観の需給判断DIを見てみると……大企業でさえ「需要<供給」と答えている企業が多いことに気づくでしょう.中小企業ではさらに「需要<供給」と答える割合が高くなっています.さらに製造業在庫状況DIをみても,「在庫が過大だ>在庫が不足している」と答えている企業が多い.
 同データの長期的推移をみても,需給判断DIは2018年の水準に届いていません.つまりは(企業経営者の)主観においても,日本の景気はまだまだ消費増税+コロナショック前の水準まで回復しているとはいいがたい状況です.

https://www.boj.or.jp/statistics/tk/gaiyo/2021/tka2312.pdf

 これは短観から得られる情報を解釈するうえで重要な論点です.主観的情報ーー「(1)貴社の業況」への回答から得られる情報は,「景気(業況)がよい/悪い」という水準ではなく,「景気(業況)が改善している/悪化している」という変化の方向性を示すとして受け止めたほうがよいと考えられます.

人手不足にもいろいろある

 企業の景況感/需給バランスの相反する(?)状況から考えると……短観における「人手不足」についても慎重な判断が必要です.今回の短観でも,人手不足の深刻化を指摘するものが多くなっています.雇用人員判断DIの推移を見ても,2018年以上の主観的な人手不足状況であり,主観的な人手不足は深刻化しつつあることがわかります.

https://www.boj.or.jp/statistics/tk/gaiyo/2021/tka2312.pdf

 一方で,今年に入って有効求人倍率はほぼ横ばいか微減で推移しています(むしろ昨年末の1.45に対して,今年10月時点では1.31に低下).新規求人倍率も同傾向です.
 それにもかかわらず,企業の主観的人手不足感は強まっている……これを解釈するには「人手不足の種類」に着目する必要があるかもしれません.つまりは,短観の人手不足感は

【今まで通りの待遇では人が集まらない】

という人手不足感を反映したものであり,求人倍率の横ばいまたは低下は……

【待遇を上げてまで人を雇用しようとまでは考えていない】

ことをしめしているのではないでしょうか.

給料を上げて求人をかけるほどには景気が良くない(需要が十分じゃない)けど/いままで通りの待遇では人が集まらない・・・さてどうするかね?

という迷いがあらわれる雇用人員判断DIの現状ではないかと考えます.

主観的データ楽しいよね^^

 アンケート調査(サーベイ・データ)を扱うときには,それが「景気がよいか否か」ではなく「景気が良いと思っている人が多いか少ないか」を表していることに注意しなければなりません.
 そして,アンケートは質問文の言葉遣い(ワーディング)に大きく左右されます.回答者が質問文からどのようなイメージをもって回答しているのかに思いをはせる必要がある.

 アンケートは文字通り受け取るのではなく,少々メタな視点で解釈し,理屈を組み立てながら理解しなければなりません.回答者が主観的な分,分析者の主観的な解釈が介入せざるを得ないわけです.そして,この主観性が……アンケート調査をもちいた分析の面白いところだったりします^^

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