見出し画像

無症状の人へのPCR検査を推進しても良いのか?

 新型コロナウイルスへの感染の疑いがない無症状者向けにPCR検査を受け付ける民間の診療所が増えている記事や報道が散見されるようになりました。当院は帰国者接触者外来と同様の機能をもつ医療機関として東京都から認定されており、また私は感染症専門医としてこれまでCOVID-19患者さんの受け入れを積極的に行ってまいりました。無症状者の検査依頼の問い合わせも少なくはありませんが、これまでに症状があっても検査が受けられないという事例が多数みられたことから、症状のある方のためにお断りをしてきました。それにもかかわらず、現在はあたかも健康診断のようにPCR検査を実施していることに大きな疑問を感じます。

 COVID-19は明らかな症状が出現する2日程度前から感染力が生じることが明らかになってきましたので、潜伏期であれば無症状でも他の人に感染させる可能性はあるわけです。その一方で症状出現後1週間程度で感染力は低下することもわかってきていますのでいつまでも他の人に感染させる状況が続くわけではありません。

 当然ながら医学的な判断で濃厚接触者を含む感染機会のある方がスクリーニング検査としてPCR検査を実施することは適切な判断と考えます。しかし、日常診療でCOVID-19の患者さんを診療し、感染者の内訳などを見ているうちに、COVID-19は手指衛生の徹底と人ごみにおけるマスクの着用を徹底していればそう簡単に感染することはないであろうことがわかってきました。

 したがって、職場内で感染者が判明し濃厚接触者(保健所の行動調査などによる疫学的な判断に基づく認定)にあたらないのに独自の判断で心配だからとか、出勤するために陰性証明書が必要だとかの理由で何でも構わずPCR検査をするのは医学的な根拠もなく、貴重な医療資源(検査試薬だけではなく採取するときに使用する感染対策用の衛生材料)の無駄遣いであると思います。また実施する医療機関、特に診療所レベルでしっかりとしたゾーニングやスタッフへの感染対策指導ができているのか不明確なところが多いにもかかわらず、あたかも検査機関を名のり、企業などと提携して実施している施設も散見されます。唾液の検査であれば採取者のリスクはなく診療所でも可能と理解されているようですが、一定の割合でウイルスが検出されることを考えれば安易に容認できるものではありません。万が一陽性者が出た時の対応を誤れば院内感染のリスクが伴うことを十分に理解されているのでしょうか?

 ちなみに私は開業前は大学病院の感染管理責任者をしており、診療所の設計段階で感染症患者の隔離室および動線とゾーニングを重視しました。これはCOVID-19の発生が起こる1年前のことです。これだけの対策を取っていても不安がない訳ではありませんので、無症状でPCR検査を希望される方には検査の意義と費用等(コストベネフィット)を専門医の立場から詳細に説明したうえで納得していただいた方のみに実施するようにしています。説明をしっかりと理解をしていただき、納得されて検査をされない方も少なからずおられます。したがって、感染管理の豊富な知識としかるべき設備がなければ仮に自費であったとしても根拠のないPCR検査を推進させるべきではないと考えます。

 新たな日常を過ごしていくに当たって、PCR検査をすることが当たり前の日常になってしまうと、冬季になりインフルエンザを含む発熱患者が増加するシーズンに入ったときに本当に必要な患者さんが検査を受けられなくなる可能性があるかもしれません。もちろん時には企業で必要とされることもあるでしょうから、無症状の方を対象とした検査を専門に扱う施設などの整備を問いたいものです。

#COMEMO #NIKKEI

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?