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AIとESG評価のこれから(前編:評価機関によるAI活用の実態と人間による評価との違い)

みなさんこんにちは、シェルパの中久保です。本日は投資家・企業の双方から関心を集めている「AIを活用したESG評価」についてご紹介します。

ChatGPTを火付け役とする生成AIブームが発生した2022年11月以降、投資家の方々と対話する中で、「AIを使って企業のESG評価をしている、あるいはそれに向けて取り組んでいる」という回答が多くなったと実感しています。もちろん投資家といってもその属性は様々で、投資手法も多岐にわたります。したがって、分類モデルを作るのか、大規模言語モデル(Large Language Models, LLM)を使うのか等、AIの活用法も各々のニーズにより異なってくるはずです。


10年以上前から始まっていた、AIによるESG評価

AIによるESG評価は、近年関心が高まっていますが、実はESG評価にAIが使われ始めたのは10年以上前の話です。例えばAIを活用したESG評価の世界的先駆け企業、Truvalue Labsは2013年に設立されました(その後、2020年にFACTSETがTruvalue Labsを買収)。カバレッジ(評価対象企業数)は260,000+社ということで大変広く、様々なメディアを含む情報源からポジティブ・ネガティブなイベント情報を取得し、スコアが随時更新されます(毎日配信)。

一方大手のESG評価機関においても、少しずつAI活用を拡大してきた経緯があります。今回はその中でも最大手ESG評価の一つ、MSCI ESG Ratings(以下MSCI)を例にとって、ESG評価機関がどのようにAIを活用しているかについて概要をご紹介し、従来のアナリスト評価とどのように異なるのかについて検討したいと思います。

ESG評価機関によるAI活用

大手ESG評価機関、MSCIによるAI活用

出典:MSCIウェブサイト

前提として、ESG評価機関には様々な種類があり、①公開情報を用いて評価を行う機関と②企業にアンケートを送付して、その情報も加味して評価を行う機関に大別されます。MSCIは前者に該当するため、ESG評価は基本的に公開情報ベースで実施されることになります。

MSCIはウェブサイトにおいて、ESG評価におけるデータ収集と分析精度向上のためにAIを利用しているとしています。具体的には4ステップでAIを活用しています。それぞれのステップを見てみましょう。

  • データ抽出:このステップでは自然言語処理(Natural Language Processing, NLP)を利用しているそうです。MSCIは評価に利用するすべてのデータの20%はこの手法によって抽出されているとしています。NLP活用法の詳細は明らかにされていないですが、MSCIはESG評価の根拠となるデータソースとして政府・NGO発行のデータセット・企業開示・3,400のメディアソースを挙げています。これらの情報は膨大かつ、整理がなされていない非構造化データです(例えば、規則性のないテキストデータや、画像など)。例えば、このようなデータから評価に利用することのできるデータを抽出し、カテゴリーやトピックごとに整理していると推測できます。

  • 評価動的評価モデルを利用しているということです。この評価モデルは、企業、業界、市場固有のファクターに調整されていると説明されています。詳細は説明されていませんが、「動的」なモデルなので、最新のデータから企業・業界・市場の中で変化した事情を分析し、リスクやリスクの管理に関する評価に反映していると考えられます。具体的な手法については様々な可能性が考えられますが、膨大な情報から機械学習によってパターンや特徴を分析し、MSCIのメソドロジーに沿ったカテゴリーに当てはまるかどうかを判定している可能性があります。

  • インサイト:非構造化データを分析することにより、タイムリーな洞察が得られると説明されています。「タイムリーな」洞察が得られるとありますので、上記データ抽出プロセスで得られた様々な最新データを分析・整理し、アナリストに提供していると考えられます。MSCIには不祥事の発生(例えば経営陣の腐敗や税金回避、環境汚染に関する事故など)をESG評価に反映させる仕組みもありますので、このようなネガティブイベントを瞬時に補足し、評価に反映させることにも役立てていることが推測されます。

  • 品質レビュー:評価に利用するファイルの60%がAIによって品質レビューされるとあります。詳細は開示されていませんが、データの一貫性をチェックしたり、異常値の検出に利用している可能性があります。

このようにMSCIはESG評価の各段階においてAIを活用していますがが、AI単独で評価を実施する段階には至っておらず、アナリスト評価とAI評価を組み合わせているということは押さえておく必要があります。

従来のアナリストによるESG評価との違い

それではAIによるESG評価は、従来のアナリストによる評価とはどのような点において異なるのでしょうか。

  • スピード:企業のサステナビリティ情報は統合報告書・ESGレポート・有価証券報告書など様々な媒体で開示されています。また、政府・NGOなどによる公開のデータベースも存在します。さらに、不祥事などを評価するためにはメディアなど外部のデータソースを確認することも必要です。従来こうした広範なデータをアナリストが確認・分析していたため、ESG評価の確定までに膨大な時間を要しましたが、AIの導入により時間を短縮することができます。これにより、従来から課題であったカバレッジ(評価対象企業数)もより早いスピードで拡大する可能性があります(今まで評価対象ではなかった企業も、カバレッジに入る可能性が高まる)。

  • 情報源:上記の通りアナリストによる限られたリソースで、多岐にわたるデータソースを確認することには限界がありました。一方、AIであれば膨大なデータを迅速に処理することができます。これにより、従来は考慮されなかった、あるいはもれなく考慮することが難しかった第三者によるデータやメディア記事などの広範なデータソースを評価に用いることができます。これにより、より多角的な観点からのESG評価が可能となるため、グリーンウォッシュの抑制にも貢献するのではないかと考えています(参考:「グリーンウォッシュをどう防ぐか」)。また今後、音声・動画などの非構造化データについても今後AIが分析していくことにより、従来得られなかった情報を評価に加味することができるようになるでしょう。

  • 評価のタイミング:従来のアナリストによる評価では、そのリソースが限られていることもあり、評価のタイミングは定期的に設定されていることが通常でした(年1回など)。しかしAIを導入することで、リアルタイムのデータ更新も可能になり、評価の頻度がより上がっていくと考えられます。また、最新のデータに基づいた評価がされることで、一層実態に即した評価が可能になります。

  • 評価の精度:評価の精度はAIを活用する範囲や使用する方法によって変動するため、一概に精度が高まるとは言い切れませんが、従来アナリストによる入力誤りなどが指摘されていた点について、AIによる品質レビューが実施されていることにより精度が高まることが期待されます。また、評価の元となる情報源が多くなり、アナリストが判断の根拠として用いるデータが増えることや、最新の状況が反映しやすくなるという観点などから、一般的には評価精度向上に役立つと考えられます。

  • バイアス:従来のESG評価では企業ごとに異なるアナリストが評価担当する場合もあり、アナリストのバイアスが評価に入り込む可能性が懸念されていました。AIによる評価を導入することによって、客観的な評価が可能となり、このようなアナリストのバイアスを排除することが可能となります。一方、AI自体のバイアス発生のリスクも存在します。例えばインプットするデータが偏っていたり、足りない場合には(例えば、特定の業界や小規模の会社においてはデータ量が少ないなど)、AIモデルにバイアスをもたらす危険性があります。具体的事例として、Apple Card(発行元はゴールドマン・サックス)における、AIを活用した信用スコア評価においては、男性よりも女性のほうがスコアが低く出てしまうという事件なども過去に発生しました。

後編紹介

以上のようにESG評価にAIを活用することは、従来のアナリスト評価における多くの課題解決につながる可能性があります。したがって、より多くのESG評価機関や投資家がAIをESG評価に導入し、さらにAI活用の範囲を広げることが予測されます。

このような状況の下、企業としては評価者がAIとなったとしても、きちんと自社の現状を反映したESG評価を受けられる準備を行う必要があります。後編では具体的に企業として行うべき対策や注意点をご紹介する予定ですので、引き続きお読み頂ければ幸いです!

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