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食糧危機に備えたフードサプライチェーンの変革とフードロス対策

 ウクライナ危機が勃発して以降、小麦の国際取引価格は数日間で1.6倍にまで高騰した。その後の相場は落ち着きはじめたものの、2~3割高のまま推移している。昨年は米国、カナダ産の小麦が高温乾燥によって不作になっていたところへ、ウクライナ、ロシア産小麦の調達も期待できなくなり、世界的な混乱が起きている。

日本では、国内で消費する小麦の9割を、他国からの輸入に依存している。小麦はパン、麺類、菓子などの原料となる重要な食材であることから、日本政府が輸入小麦を買い付けて、製粉会社に売り渡す制度が法律によって整備されている。 そこから製粉メーカーが小麦粉を製造して、食品工場や一般家庭に流通していく仕組みだ。

日本政府は、直近6ヶ月間の平均買付価格を基準とした、小麦の政府売り渡し価格を年2回更新しているが、令和4年4月期の価格は、6ヶ月前との比較で17.3%の値上げが決定している。そのため、国内で販売されるパン、うどん、ラーメン、パスタなどの価格も、数ヶ月のうちに値上げされることは確実だろう。

輸入小麦の政府売渡価格の改定(農林水産省)

コロナやウクライナ危機の影響により高騰している食材は、小麦の他にもトウモロコシ、大豆、果物、野菜、水産物など広範囲に及んでいる。関連の食品メーカーや飲食チェーンでは、原材料の値上がり分を小売価格に転嫁しなくてはいけない状況だが、これを逆にチャンスと捉えて、仕入れ、物流、在庫管理までを含めたサプライチェーンの見直しに商機を見いだそうとしている。この背景には、インフレの影響だけではなく、環境や健康への配慮によって、消費者の食生活や価値観が変化していることもある。

食品業界は、農産物や家畜を原材料として扱うことから、労働集約的な作業が多く、デジタル化が遅れているため、ハイテク企業が参入できる余地も大きい。フードサプライチェーンの変革は、「収穫量の予測」「生産工程の見直し」「流通経路の改善」「食材歩留まり率」などの面から、新たなソリューション(解決策)を開発することで、食品の取引価格を下げることが検討されている。

【ファーストマイルの食材モニタリング】

 食品流通の起点は、農作物が栽培される農場からスタートする。フードサプライチェーンの中では「First Mile Supply(ファーストマイルサプライ)と呼ばれており、その情報を正確に把握して管理できると、作物の生産効率を高めたり、流通過程で生じる廃棄ロスを減らすことができる。

食品のサプライチェーンが工業製品と異なるのは、生産から流通の過程で商品が劣化したり、腐ったりすることによるロスが生じやすいことである。この問題の解決に取り組んでいるのが、2016年に米イリノイ大学農学部出身のチームが創業した「Amber Agriculture」というスタートアップ企業である。

同社は、農家が小麦やトウモロコシなどの穀物倉庫(サイロ)内の温度、湿度、CO2濃度を測定できる指サイズのセンサーを開発して、ワイヤレスで送信されたデータから、穀物の品質劣化や腐敗の兆候を生産者のスマートフォンに通知することや、サイロ内の空調設備を自動で作動させられるデバイスキットを提供している。

デバイスから計測されたデータはクラウドサーバーに蓄積されて、AI分析されるため、穀物の保管状態を健全に維持するための精度とノウハウも次第に高まっていく。穀物相場は毎日変動しているため、相場の状況によって出荷のタイミングを決めることが高収益に繋がる。そのためにも、穀物農家はサイロ内の品質管理システムに投資をすることは重要だが、米国内に10万戸以上のサイロがある中でも、腐敗防止の監視システムが導入されているのは5~10%に過ぎない。

また、2018年にオーストラリアで創業した「Escavox」は、牛肉や果物などの生鮮食品の出荷日時、位置情報、温度などのデータから、品質劣化が進行する時間を予測できる小型デバイスを開発して、長距離の食品輸送を行う業者に提供している。

このデバイスは、オーストラリア食肉家畜生産者事業団(MLA)とタスマニア大学によって考案された「Shelf Life Calculator」という生鮮品の寿命計算式に基づいて作成されており、適正な管理温度で真空パックや梱包がされた食品に微生物が増殖していくスピードから、安全に消費ができる時間が算定されている。

MLAが行った試験結果によると、真空パックされた冷蔵赤身肉は-0.5度以下で保管すると輸送1日あたりの寿命損失は1日未満で済むが、それ以上の温度で輸送、保管すると劣化が早く進むことが確認されている。牛肉の加工業者から目的地までの輸送温度を監視することで、牛肉の品質寿命は最大で50日間、子羊肉は30日間延ばすことができる。

Escavoxのデバイスには、出荷日時の記録と、GPS、温度センサーが組み込まれており、商品の到着地でQRコードをスキャンすれば、PCとスマートフォンから輸送経路と温度変化の状況、品質寿命を確認することができる。食肉の他、野菜や果物などの生鮮品にも対応しており、コロナ禍によるサプライチェーンの混乱で到着が遅れた時にも、商品廃棄の損失を最小限に食い止めることができた。食品価格の高騰から、流通ルート上で生じるフードロス(食品廃棄)を最小限に抑えようという風潮は、日本でも高まってくることが予測されている。

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