「人間の居る場所」をデジタルでつくるには
大好きな本の一つに、三浦展さんの「人間の居る場所」がある。この本で三浦さんが西荻窪愛とともに語っていたのが、「店主のいる店がどれだけあるかがそのまちの魅力」ということだった。チェーン店はバイトが働いているから、ほんとうのあいさつがない。お店に行った時に、まちの人がそこにいつもいる。京都に住んで、それがまちの魅力なのだということに、心から共感する。その一方で、テクノロジーや人手不足は店舗の無人化を促進する。「人間の居る場所」にあふれた街は、ノスタルジーでしかないのだろうか。考えてみたい。
アプリは「人間の居る場所」をつなげられるか?
次の記事は、専用アプリが商店街の救世主になるかもしれない、ということを報じている。「デジタル福引」などの販促作戦で、若年層の客を呼び込む狙いがあるという。
スマホアプリは、商店街にとってはカタキでもある。親指一本でなんでも買えてしまうので、近所のお店にあるものも、気づかずに遠くから取り寄せてしまう。さらに下手すると、近所の本屋さんで立ち読みして、気に入ったらそこで買わずにポチッとしたりもする。それが、こんどは天敵スマホを使って、商店街の集客につなげようというのだ。
商店街アプリの未来には、大きく二つの分かれ道がありそうだ。一つの道は、アプリがきっかけで商店街の愛ある店主や地元の人とつながり、そこが「人間の居る場所」になること。もう一つの道は、ネット販売とのお得競争に陥ってしまうことである。
最初はお店に行くと何かお得があるなどのインセンティブをつけることも効くかもしれないが、長期的には実店舗ならではの良さ、つまり「人間の居る場所」でしか味わえない価値を磨き上げていかなければ、アプリ開発が商店街の寿命を縮めてしまうことになりかねない。
「人間の居る場所」のダイナミックプライシングを考える
次の記事は、需給に応じて価格を柔軟に変動させる「ダイナミックプライシング(変動価格制)」がどう社会に受け入れられていくのかを論じた興味深いものだ。ダイナミックプライシングとは、需要の多い時は価格を上げ、需要の少ない時は価格を下げる。これによって需給バランスを平準化させるための技術である。
この記事では、「価格に敏感な消費者が値上げを受け入れず、反発を招く事例も相次ぐ。食品の売れ残り抑制や混雑緩和などにつながる潜在力を秘めるだけに、社会に浸透させる知恵が問われる」と報じている。
ダイナミックプライシングは、適用場所を間違えると「相手の弱みにつけこんで高い値段をとる」施策になる。たとえばカフェのランチタイムは、通常、いつもより安い価格をオファーする。だが、ランチタイムはお客さんが多いわけだから、ダイナミックプライシングで考えると、昼休みは価格を上げてもみんな食べるはず、という発想になるわけだ。こういった慣習とのずれが、顧客の不満を呼んでしまうことになる。
私は個人営業のカフェを応援しているので、できるだけ混雑時を避けて、空いている時間にカフェに行く。本来は、こういった混雑ずらしをしてくれる顧客こそ、カフェは歓迎すべきなのだが、実際のプライシングは逆張りだ。11時にお昼を食べに行くと、コーヒーは別料金になる。12時にわいわいやってきた客は、コーヒーがついて格安のランチセットを食べていく。これだと、お店のために時間をずらしてきた客に、高い値段を請求することになる。
これまでのダイナミックプライシングは、自販機の値段など、機械的なインターフェースを想定していたと思う。ちょっと発想を飛躍させて、商店街アプリにダイナミックプライシングを掛け合わせることで、「人間の居る場所」をつくるための仕組みをつくれないだろうか。そうすると、たとえば次のようなアイデアが思いつくだろう。
カフェが暇な時間はコーヒーが少し安くなる。
お店の終了時間間際に余ってるケーキは安い。
知り合いがご飯を食べている店に行って、相席すれば安くなる。
マスターがおしゃべりしたい時、常連は安くなる。
マスターが忙しい時、常連は高くなる。
「人間の居る場所」のダイナミックプライシングとは、つまり、「カフェのマスターの支援」と「常連の心地よさ」を最適にマッチングすることなのではないだろうか。こういった「人間的なアルゴリズム」が、これからの商店街アプリに使われていくことを願う。