中国が経常赤字国になる日

「爆買い」のもたらした経常黒字減少
 中国と言えば巨大な経常黒字。未だそう思っている人達が多いのではないでしょうか?実は4月に公表されたばかりのIMF世界経済見通しを伸ばしていくと赤字化が視野に入っていることはあまり知られていないと思います。背景には旅行収支の拡大(いわゆる爆買いに象徴される中国人旅行者の増加)やそもそも貿易黒字が頭打ちになっていることがあります。以下の図表を見ると近年、サービス収支赤字が経常収支の黒字を溶かしていることがよく分かります。サービス収支は輸送収支・旅行収支・その他サービス収支の3つから構成されます。既に述べた通り、中国のサービス収支赤字は旅行者が滞在先で取得した財貨・サービスの取引を反映する旅行収支の赤字に起因しています。

 裕福になった中国人が頻繁に海外旅行に出かけるようになり、旅行先で旺盛な消費行動を取るようになった、いわゆる「爆買い」の結果です。散発的に報じられている通り、チャイナショック(2015年8月)を経て外貨流出に神経を尖らせるようになったこと、人民元の騰勢がかつてほどではなくなったこと、そもそも欲しいものがもうなくなったことなど、様々な要因を背景として「爆買い」それ自体は近年衰えが指摘されています。しかし、依然としてサービス収支赤字の存在が経常収支の全体感を規定するほどの規模になっているのは事実です。今後、貿易収支においては、現在揉めに揉めている貿易協議の結果、強制的に対米輸入を増やすことが見込まれていますので、やはり結果としての経常赤字化は見えてきそうな雰囲気です

より構造的な視点
 また、より構造的かつ長期的な視座に立ち、貯蓄・投資(IS)バランスから中国の経常黒字縮小を解釈することも可能です。理論上、経常収支はISバランス(貯蓄-投資)の結果であるため、貯蓄を食い潰しやすい少子高齢化という人口動態の最中にある国では経常収支が赤字化に向かうことが想定されます。過去10年余りに関して中国の貯蓄率および投資率の推移を見ると、リーマンショック後に投資率が急騰する一方、貯蓄率は徐々に低下し、その結果として経常黒字が急縮小してきました。これも図を見れば明らかです:

 これは危機対応として大型投資が実行されたものの、その後に続く有効な需要に乏しかった様子を示しています。過剰な投資によって過剰な供給能力(設備や雇用)を生んでしまったという言い方にもなるでしょう。IMF予想に従えば、今後、投資率は低下に向かいそうですが、人口動態に応じた貯蓄率がより早いペースで低下するので、経常収支の黒字も圧縮されることになりそうです。

経常赤字は混乱のトリガーになる
 中国政府が最も警戒する事態は2015年8月以降に経験したような制御不能な資本流出とそれに伴う(人民元相場を含めた)国内資産価格の大幅な下落です。その意味で経常収支と同時に金融収支(≒証券投資+直接投資+その他投資)の状況に注意を払うことが必要です。人民元相場の安定という観点からは、経常収支と金融収支(および誤差脱漏)の合計としての資本フローが一方的な流出に転じないように配慮しながら政策を運営する必要があります。資本フローは以下の図の通りです:

 この点、近年の中国では海外への資本流出を取り締まる一方、国内への資本流入を促すような施策が展開されています。具体策について本欄で仔細に扱うことはしませんが、例えば前者については個人ないし機関投資家に対する投資規制が実施される一方、後者についてはA株の主要ベンチマーク(MSCI)への組み入れを通じて株式市場への海外投資家参入を促す施策などが見られています。上で見てきたような状況を背景に経常収支の黒字が失われ、断続的に赤字に陥るような事態となれば、資本フローの仕上がりはその分、純流出に傾きやすくなります。

ここで主従関係としては金融収支における資本フローが「主」、人民元相場の動きが「従」であると考えるのが普通でしょう。ですが、人民元相場については政策当局の管理(意図)が残る分、現状の水準と市場の思惑との間に齟齬があった場合、人民元相場が「主」、資本フローの動きが「従」となりやすい面もあります。つまり、人民元相場が「何らかの理由」で軟調地合いとなった場合、これを見て金融収支が流出超となる事態も考えられるのです。

チャイナショック時は、その「何らかの理由」が人民元基準値の計算方法の変更でした。現在では米中貿易戦争を巡る懸念が「何らかの理由」に相当しそうです。経常収支の赤字が散発するとなれば、それ自体が元安を正当化する真っ当な理由になるため、自己実現的に人民元相場が下落する恐れが出てくるでしょう。それが2015年8月ほどの震度に至るかどうかはさておき、金融市場にとっては大きなリスクイベントと考えられます。

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