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雇用の完全回復が見えた米国経済

ウォラー想定とテーパリング
世界中でデルタ変異株の蔓延が問題視されています。しかし、FRBの政策運営は変わらず正常化プロセスに関してファイティングポーズを解いておらず、その限りにおいて、米金利とドルの相互連関的な上昇を見込む基本認識は変える必要がないと筆者はまだまだ考えています。

8月2日、ウォラーFRB理事は「向こう2回分の雇用統計が自分自身の予想通りになれば、2022年の利上げに向けた体制を整えるため、テーパリング(量的緩和の段階的縮小)に早期に着手し、迅速に進める必要がある」と述べました。これは9月にテーパリングを決定し、10月に着手するという話を示唆したものです:

ここで今後2回分とは7月・8月分を意味しており、同理事の予想とは具体的に「その2か月間で雇用が160~200万人増加した場合、失われた雇用の85%が9月までに回復することになるため、テーパリングを長引かせる理由はない」というものでした。

この点、8月6日に発表された米7月雇用統計は非農業部門雇用者数(NFP)変化に関し、前月比+94.3万人と市場予想の中心(同+85.0万人)を超え、元々強い結果が上方修正された6月(同+93.8万人)からも加速しました:

昨年4月時点で失われた雇用は未曾有の▲2236万人に達していましたが、今年7月時点で▲570万人まで圧縮されています。これで約75%の雇用復元が完了したことになり、緩和縮小は妥当な判断に思えます:

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ちなみに、7月の失業率は5.4%と前月の5.9%から▲0.5%ポイントも低下しており、2020年3月以来1年4か月ぶりの低水準を記録しています。現在、FRBスタッフ見通しで想定される自然失業率(4.0%)までには距離があるものの、確実にそこへ接近していると言えるでしょう。2021年の雇用回復を振り返ると、年初来7か月間で平均+61.7万人/月、過去3か月間で平均+83.2万人/月となります。「2か月で160~200万人の増加」は難易度の高い予想ですが、非現実的とは言えません。今回、94万人の増加を果たしたので、8月分(9月3日発表)が70万人弱の増加ならばウォラー理事の想定が実現します。過去3か月の増勢に照らせば、十分可能性はあるでしょう。

前掲図に示すように、米国経済の雇用が減少したのはコロナ禍の初期に相当する2020年3~4月および、感染第2波によりロックダウンが実施された2020年12月の計3か月間だけです。その前後の2020年10~12月や2021年1月は雇用の増勢こそ鈍っていたものの、減少したわけではありませんでした。こうした事実は7月に全米経済研究所(NBER)が今次後退局面の「谷」を2020年4月、すなわち後退局面は2020年3月と4月の2か月間しかなかったという異例の判断を下したことと符合しています。

あと1年で雇用は完全回復へ
以下の図は筆者が参考にしている前回の後退局面との比較です:

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コロナショックを伴う今次局面とリーマンショックを伴う前回局面では雇用回復の軌道が全く異なっているのが一目瞭然でしょう。景気の「山」から起算した雇用の喪失・復元幅は今回の方が比較にならないほど大きいものです。例えば、前回局面では雇用喪失のピークは2010年2月の▲869万人でした。まずそこまで悪化するのに26か月かかっています。

これに対し、今回は「山」から2か月後が喪失のピークという異例の軌道を描いています。急性的に悪化した今次局面と、慢性的に徐々に悪化していった前回局面との対比はあまりにも鮮明です

ちなみに現在(2021年7月)は景気の「山」から起算して17か月目に相当するが、上述したように雇用喪失は▲570万人まで圧縮されています。前回局面で17か月目には▲692万人が喪失していたので、当時の回復軌道をはっきり上回ったことになります。今後、月平均で+50万人程度の増勢が続くと仮定すれば(これは足許の増勢を踏まえれば保守的な仮定ですが)、あと1年もあればコロナ禍で失われた雇用は完全に復元されることになります。すなわち来年の今頃には景気の遅行系列である雇用の「量」という面から見ても「コロナが終わった」という状態になります

2022年後半に利上げという意見も
前月比の変化に関し、NFPが+90万人を超えたり、失業率が▲0.5%ポイントも低下したりする動きは過去に経験の無いものです。そのように実体経済の回復軌道が異なるのだから、金融政策の正常化プロセスの軌道も異なってくるのが自然であり、1年かけてテーパリングを完了した前回の経験を踏襲する必要はないでしょう。

かかる状況下、2021年9月にテーパリングを決定、同年10月(遅くとも12月)に着手、2022年6月(遅くとも7月)に7~8か月かけて完了というイメージはそれほどずれたものではないように思えます。ブラード・セントルイス総裁は7月30日、今秋にテーパリングを開始し、2022年初頭に完了させ、必要に応じて2022年中の利上げ実施を可能にするため「かなり速いペース」でテーパリングを進めることにも言及していました。2022年中の利上げを前提にした政策運営はFOMCの中でも極端な意見でしょうが、雇用市場を筆頭とする米国の今の景気回復ペースを踏まえれば、それほど無理な話でもないように思えます。

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