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なぜ学び続けなければならないのか?

就職すると忙しい毎日に追われます。それでも短い時間をうまく使えば少しずつ知識を蓄えたり、情報感度を高めたりすることができます。机に向かわなくても学び続けることは可能なのです。

松本の座右の銘は「学び続ける情熱を持つ」です。

これは龍谷大学時代の恩師・松谷先生から授かった言葉で、何歳になっても好奇心を持ち、熱量を保ち続けなさい…という意味だと解釈しています。

ところで、根源的かつ本質的な疑問があります。なぜ学び続けなければならないのでしょうか。学ばなくても生きてはいけますよね。誰にも迷惑はかけないでしょう。なぜ人には「学び」が必要なのでしょうか。

超久しぶりに意識の高い話を書いてみました。ちょっとエモいので、苦手な人は苦手なnoteです。


教養こそが王様である

源氏物語を10文字以内で纏めると「ヤリチン野郎の一生」なのですが、それを補って余りある800首弱の和歌、心理描写の巧さ、文章の美しさ、美的センスの秀逸さなどから、日本文学史上最高の傑作と評されています。

言い換えれば、1000年以上経つのに、源氏物語を上回る文学は誕生していないとも表現できます。

自身の内心や目の前の状況を相手に伝えるために思考し、的確な言葉で表現する。それを国語と言います。時代が変われば、激おこがチョベリバや気色ばむ等の表現に変わるだけで、本質は変わりません。

それは数学も同様です。日本の教育現場では一瞬だけπが約3と表現されましたが、本当に3になったわけでも無い。何百年、何千年と変わらないからこそ数式が解けるのです。

つまり、数学と国語は陳腐化しない学問だと私は考えます。もし陳腐化しているなら数千年一貫して同じ数式が使われることは無いし、源氏物語はとっくに読み捨てられ、心を揺さぶらない駄文として忘れ去られています。

殆どのものは、やがて古くなり、新しいものにとって変わりますが、変わらない領域があり、その代表例が数学と国語ではないでしょうか。

数学と国語を学ぶ理由は、本質を見る目を身に付けることではないか、とすら思います。食物や材木の劣化も、流行も、月の満ち欠けも、それらは本質がもたらす現象、結果でしかありません。現象や結果だけを見て、大変だと騒いだり、新しいものを取り入れなきゃと慌てたり、祇園精舎の鐘の声と嘆いたりする人を「滑稽」と表現すると私は思います。

ところで、数学と国語を体系立てて学ぶ学問が存在します。「リベラル・アーツ(liberal arts)」―すなわち「教養」です。

古代ローマにおいて、技術(artes)は2つに分類できました。1つ目は職業人の諸技術(artes mechanicae)、すなわち「専門技術」です。2つ目は自由人の諸技術(artes liberales)、これこそ「教養」と呼ばれています。

ちなみに自由人とは、古代ローマが侵略により吸収・合併した土地に住む住民の中でも奴隷に当たらない人を指します。奴隷と言っても、日本の徳川時代で言うところの外様大名のような立場で、医師ですら奴隷が就く職業の1つでした。実際、何かの職に就いている人間は、だいたいが「奴隷」だったのです。現代では専門技術の持ち主として重宝されている医師も、その昔は自由人の諸技術を持たない人間が就く、位の低い職業でした。余談まで。

リベラル・アーツは、文法、修辞学、論理学、算術、幾何、天文、音楽から構成されています。前半の3つは国語、主に三学と呼ばれています。後半の4つは数学、主に四科と呼ばれています。リベラル・アーツは日本では三学四科として知られているかもしれません。

天文や音楽は数学ではない、というツッコミが飛んで来そうですが、星の位置や日食、月の満ち欠けを計算するのに数学は欠かせませんし、音楽はそもそも五線譜の中に七つの音の音符が描かれ、拍手も音譜も全てが数字で言い現わされています。数学なのです。

13世紀から14世紀にかけて欧州各地に大学が設立される際、神学や法律などの専門学問を学ぶ前に身に付けておくべき学問として、リベラル・アーツは世に広まることになります。

なぜならリベラル・アーツが無い人は、原因と結果を混同する「滑稽」な人間だからです。どれほど専門知識を身に付けたとしても、表面ばかりに目を奪われて本質を見失ってばかり。

こうした背景もあり、教養こそが専門技術の全ての根幹であり、学問の王様として長らく鎮座することになります。

ちなみに、明治維新により欧米文明が日本にやってきたとき、リベラル・アーツも同じように輸入されます。翻訳家は、悩みに悩んで、リベラル・アーツを「藝術」と訳しました。

なぜなら「人間の手によってつくられたもの」という意味をリベラル・アーツに見出したからです。算術や論理学を藝術と表現することに違和感があるかもしれませんが、人間の手によるものだと考えれば、全く不思議ではありません。ちなみに「藝術」の反義語は「自然」であり、意訳すれば「神々の手によってつくられたもの」となります。

「職業人の諸技術」も「自由人の諸技術」も元を辿れば同じ「技術」です。「職業人の諸技術」は陳腐化しますが、「自由人の諸技術」である教養は陳腐化しません。物事の本質は、陳腐化しようがないからです。学べば学ぶほど、消えること無く積み重ねられていきます。


定年退職した次の日から何の勉強を始めるか?

学び続ける。実際にやってみると、意外に難しいです。社会人になっても勉強するなんて思ってもいませんでしたし、習慣が無ければ続きません。

ただし、学び続ける=勉強すると同義か?と聞かれると、少し違うような気もしています。「勉強」と聞けば数英国理社の5教科を連想する人もいるかと感じるのですが、もちろんそれだけではありません。

不思議なこと、興味があること、分からないことに出会えば多くの人は調べるでしょう。「何も不思議に思わない」「何も興味を抱かない」「分からないことが分からない」人たちもいると聞きますが、かなりのレアケースだと思われます。

調べることこそ、勉強の始まりに立っています。

例えば、ファッション誌を見ることは、流行だけでなく形式美や色彩の勉強に繋がります。バイクに夢中になることは、機械工学や流体力学の勉強に繋がります。

「学ぶ」の語源は「真似る」と言われています。真に似せる、つまり相手の一挙手一投足を似せる仕草が「学ぶ」の原点だと言われています。憧れの芸能人のようになりたいからファッション誌を見ること自体、勉強以外のなにものでもありません。

私は、アイドル追っかけもゲームも不良もたこ焼き屋も1日3時間の勉強を5年間続ければ立派な「専門知識」になると考えます。

時代を超えて愛されるアイドルが現れる理由、万人がパズルゲームを好きな理由、田舎の不良が村一番の女性と付き合える理由、粉と水と鰹だしの良い加減が黄金比である理由を、本質を突き詰めて考えて誰もが理解できるように答えられれば立派な「教養」ではないでしょうか。

松谷先生に「会社を定年退職した次の日から何の勉強を始めるか?」と問われてハッとした経験があります。

何のために勉強するのか。会社のためなら会社を辞めた後は勉強しないのか。自分のために勉強するのではないのか。


なぜ学び続けなければならないのか?

そのヒントは、儒教の経書でも特に重要と言われる四書五経の1つである「大学」にありました。

「大学」は、前漢末期頃の紀元前430年頃に書かれた書物です。漢の武帝が儒教を学ぶための学び舎を設置する際に、教育理念を示したものであると言われています。言うならば「このように勉強しなさい」という姿勢・方法を論じた内容です。

ただし、この時代は何かを学ぶこと自体が異例でした。今と違って職業が選べるわけでも無く、わざわざ学校に行かなくても親から教えて貰えれば全てが事足りる時代でした。せいぜい8歳程度になってから、農作業の閑散期に生きていく上で必要な基本的な事柄を学ぶ程度です。

具体的には掃除の仕方や礼儀・応接の作法、読み書き、算数などであり、それらは総称して「小学」と言われていました。

一方の「大学」とは、生きていく上で必要な基本的な事柄の積み重ね、言わば集大成として優秀な人間が15歳を向かえると、当時における最先端の専門知識である儒教を学ぶ第一歩として学ぶべきものだとされていました。

いくら頭が良くても基礎ができていなければ「中身が伴っていない」と訳知り顔で批判する大人がいますが、まずは基本的なことができてから学ばなければ、学ぶべきことも身に付かないだろうと考えるのは時代を超えて一緒かもしれません。ゆたぼん、聞いてるか?

古典を長きにわたって研究されてきた伊與田覺さんは、自著「己を修め人を治める道」で「大学」について、もっと発展的な見解を示されています。小学とは小人の学問であり、大学とは大人の学問であるという解釈です。

小人は「しょうにん」と読み、普通の人という意味があります。ごく普通の人が知っておくべき、世間で十分に通用する学問の列挙こそ「小学」です。

日本を代表する企業家である松下幸之助は尋常小学校中退ですし、待望論が常に止まない田中角栄元総理は高等小学校卒業です。その昔は、小学校出身であっても何ら恥じることは無かったですし、むしろ小学を学んでいれば世間で通用して当然だったのだと考えます。

大人は「だいじん」と読み、周囲に強い影響を与える力量のある人という意味があります。カリスマ性を持つ人間が「悪」に染まってしまうと、その強い影響力のおかげで周囲までもが「悪」に染まってしまいます。そうならないよう、周囲に良い影響を与えるために最後に学ぶべきが「大学」です。帝王学の基礎として位置づけても良いかもしれません。

誰もが学ぶべき「小学」に対して、「大学」は強い影響力を与える人間が、その力を正しく行使できるために身に付けておくべき学問だと伊與田さんは言います。そのために必要な学は専門知識だけではありません。本質を見抜く目=教養も必要になります。

西洋のように、教養の上に専門知識が載るという考えよりも、並列して並んでいるという考え方を伊與田さんはされているようです。

さて、その「大学」ですが、次のような一文で始まります。

大學之道、在明明德

「大学の道は明徳を明らかにするに在り」と読みます。「徳」とは、儒教の観点、道教の観点、仏教の観点など様々な立場によって微妙に捉え方は違うのですが、私はそれらを俯瞰して「自己の最善を他者に尽くす心」だと理解しています。

例えば、自分自身が医者だったとします。目の前に患者が運ばれて、苦しそうな顔で「助けて!」と叫びました。何と思うでしょうか。自分の最善を尽くして、目の前の患者を助けようと思うのではないでしょうか。

或いは、自分自身がある会社の製造部に所属していたとします。営業部が発注を無事に済ませたけど、納期が間に合うか間に合わないかというギリギリのタイミングで、営業部が全員揃って頭を下げて「何とか間に合わせて欲しい」と言いました。何と思うでしょうか。その心意気を買って、何とか間に合わせようと思うのではないでしょうか。

徳とは、そうした自分のベストを何かに尽くそうとする心の在り様、もっと格好良く言えば、自分の志のために努力する生き様だと解釈しています。

そして「明徳」とは徳を磨くこと、「明明徳」とは明徳をより一層輝かせることを意味しています。

ちなみに、明徳という言葉の付いた学舎が随分多いのは、この「大学」に由来しています。学問に関する単語の多くが、論語とりわけ「大学」に由来しているのは偶然ではありません。それほど、このテキストには「学ぶ」という志が詰まっているのです。

繋げて読むと「学問の集大成として学ぶべきは、自己の最善を他者に尽くす心を磨き、それをより一層、輝かせることに在る」という意味になります。つまり「大学」とは、心を磨き、心を輝かせるために存在するのです。

勉強はしなければならないものでは無く、したいと思うものです。自分自身がなりたいと願う姿であり続けるために、自分の志のために、勉強をするのです。

漫画「ONE PIECE」に、あまりにも有名なシーンがあります。人間トナカイであるチョッパーは、師であるヒルルクが余命僅かだと知り、万能薬と噂されるアミウダケをボロボロになりながらも手に入れることに成功します。ヒルルクはそれを美味しく頂くのですが、何とそれは1時間で死に至る猛毒だった―という話です。

なぜチョッパーが猛毒のアミウダケを食べさせたのか。それは、辞書にアミウダケがドクロマークと共に掲載されていたからであり、以前ヒルルクから「ドクロマークは不可能をものともしない信念の象徴だ」と学んでいたからです。だからドクロマークが付いた猛毒を万能薬と勘違いしたのです。

このシーンは、なぜ徳を磨かなければいけないかを理解するのに、最も相応しいと私は考えています。というか、尾田栄一郎さんはわかって書いたな…とすら思っています。

志は大学で学び、志を支える技術は小学で学ぶ。両方必要です。自分の想いだけで先行したら結果的に人を傷付けてしまう。学ぶべきことを学ばなければいけません。

今の「知識」で、やりたいことをできる人間に果たしてなれるか。誰かのために尽くせるか。松谷先生からもらった宿題を、私は12年間ぐらいずっと考えていますが、未だに答えらしい答えを見つけていません。

だから私は、社会人になっても勉強し続けているのだと思います。

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松本健太郎
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