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為替安定は所与ではない

為替安定を所与と見るのは危うい

為替相場は非常に安定した状況が続いています。続いています・・・といっても最近に限った話ではありません。変動相場制に移行した1973年以降で見て、値幅を小さい順に並べると上位5つのうち4つが2010年以降に発生しており(しかもその4つが上位4つです)、もはやこれが当たり前のような雰囲気もあります。こうなった背景には諸説があります。日本の経常収支構造が変わったこと、電子ブローキングによって小さな値幅での高速取引(≒極小値幅を大量取引することで鞘を取る取引)が主流になってしまったことなどが指摘されます。前者についてはエコノミストとして興味深い論点ですので、別の機会に取り上げたいと思います。

為替の安定は良いことに決まっていますが、これほど安定が続いてしまうと、企業部門においても為替安定を所与とみなしがちになる恐れがあります。3月29日に内閣府が公表した「2018年度企業行動に関するアンケート調査」からもその様子は垣間見られました。本調査では輸出企業の抱く採算レートや予想レートも調べており、私は毎年注目しています。

まず、ドル/円相場の採算レートに関し、東京、名古屋の証券取引所第一部および第二部に上場する全企業で99.8 円(全産業・実数値平均、以下同)と前年度調査(100.6円)からやや円高に振れました。採算レートが100円を割り込むのは2014年以来、4年ぶりです。一方、同じ質問について資本金1億円以上 10 億円未満の中堅・中小企業(前出の上場企業は除く)を見ると107.0円と前年度調査(106.4円)から円安に振れています。上場企業とそれ以外の企業で為替に対する耐性が逆に振れていることは目を引きました。より景況感に敏感と推測される中堅・中小企業は業況の悪さを体感し始めているということでしょうか。ちなみに、回答数で見ると前者(上場企業)が2669社に対して1106 社の回答(41.4%)、後者(中堅・中小企業)が7675社に対して2975社の回答(38.8%)です。周知の事実ですが、社数として数量的には圧倒的に中堅・中小企業の方が多いことは留意しておきたいところです。上場企業については現行水準対比で10円以上のバッファーがある一方、中堅・中小企業についてはさほど余裕が無いという実情は重要です。今年正月につけた年初来高値(104.10円)は既に中堅・中小企業の採算レートを大きく割り込む水準でありました。

なお、同調査では1年後のドル/円相場の予想も尋ねています。上場企業については111.2円と前年度調査(114.3円)から3.1 円の円高予想です。調査直前月(2018年12月)の水準が112.5 円とされているため、1.3 円の円高進行を予想していることになります。中堅・中小企業については111.7円が予想され前年度調査(113.9 円/ドル)から2.1円の円高予想となりました。調査直前月対比では0.7円の円高です。同調査ではそれほどエッジの効いた(方向感のはっきりした)予想は出てこないので、ここから得られる含意は例年あまり大きいものではありません。しかし、「採算レート」と「調査直前月のレート」、もしくは「採算レート」と「1年後のレート」を比較した場合、「採算レートまでのバッファーが10円以上ある(10円円高になっても採算割れない)」という状況が今回調査を含めて6年連続となります。本調査がスタートしてからこのようなことは一度もなく、近年、輸出企業にとって極めて恵まれた為替環境が半ば所与になっていると言って良いでしょう。もちろん、厳密には採算レートと想定レートは異なるので「採算レートより円安でも想定レートよりも円高」という事態はあり得ます。しかし、4月1日発表の日銀短観(3月調査)で示された想定為替レートは108.87円であり、採算・想定のどちらのレートからも余裕のある状況です。

「円安期には円高期に備えて力を蓄える」というスタンス

私が懸念しているのは、FRBが利上げする傍ら、日銀が未曾有の金融緩和を併走させてきたことで「円高にはならない(させない)」という為替相場に対する妙な安心感が近年醸成されていないかという点です。過去、本邦最大手自動車企業の首脳が円安で高収益となってきた事実について「追い風参考記録」と冷静に評価したことがありました。変動相場制は乱高下が常態であり、近年のような「凪」状態が異常なのだから、本来はこうした「円安期には円高期に備えて力を蓄える」というスタンスが至適なのだと私は思います。そして事実、企業の円高耐性は近年高まっていると推測されます。例えば既に円安が輸出数量を押し上げる効果は限定的なのは過去5年で周知のとおりです。これは金融危機や震災を受けた超円高を経て輸出企業が海外生産移管や現地通貨建てでの価格設定などを進めてきた結果だと解説されます。要は経験から学んだ結果、日本企業が円高への耐性を高めたということに他なりません。思い返せば円安・ドル高の勢いがピークにあった2014~2015年、「過度な円安はコストになり得る」という議論は財界からも聞かれました。例えば2015年1月6日、経済三団体共催の新年祝賀パーティーにおいて榊原経団連会長は「急激な円安の進行が、地域経済や中小企業を中心に影響が顕在化しております」と述べています。経団連会長が円安への懸念を口にするというのは日本の近代を振り返っても稀なことではないでしょうか。

「採算レートまでのバッファーが10円以上ある(10円円高になっても採算割れない)」という状況が6年も続いているという調査結果を今後、当局として、どのように財政・金融政策運営に落とし込んでいくのか。政策を続けるほどに弛緩したムードが醸成され、マクロ経済全体の非効率が温存されるような結末だけは避けたいものです。

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04年慶大経卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会(EU本部)などを経て08年10月より現職。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』。所属学会:日本EU学会。※コメントは個人的見解であり所属組織とは無関係です
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