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辞書に載ってない言葉だけど、みんなが知っている

おひとりさまから港区女子まで、社会記号は「新しいあたりまえ」を体現

最初のおひとりさまや草食男子は変わったやつだと認識されたはず
彼らは新しい価値観を体現するファーストペンギンだった

日経新聞に「令和なコトバ」っていう連載があります。この連載は令和の世の中に登場する新語を紹介し、そこから世相を読み取っています。今月はレンゲを使わずラーメンのスープを丼から直接のむ行為「デッド飲み」を紹介しています。
僕はかなり前から社会記号の研究をしてきたのでこの連載には興味津々。社会記号というのは「おひとりさま」や「草食男子」みたいな辞書には載っていないけれど誰もがいつのまにか意味を理解するようになった言葉です。
社会記号は生活者の新しい嗜好や、世の中の新しいスタンダードを表現します。「新しいあたりまえ」を体現する言葉といってもいいかもしれません。例えば、「おひとりさま」は、それまで旅行や食事に行くのは友達や同僚と行くのがあたりまえという常識に対して、いやいや旅行も食事も一人で行きたいの!という新しく生まれた欲望を表す言葉になりました。

デッド飲み。

記事を読むとレンゲを使わずに直接スープを飲む人が増えているらしいんですね。人間は不器用なので自分の欲望をなかなか言葉にできません。言葉にできないけれど、行動を起こしてしまうことがあります。今まで名付けられることがなかった人々の新たな行動は、新しい欲望の発露であるケースも多いのです。スープを直接飲む行為は、いったいどんな人間の心境の変化や欲望を反映しているんでしょうか? とても気になってしまいました。

マーケッターは社会記号に敏感になった方がいいのに、そのメカニズムをあまり知らなくないですか?

イクメンが浸透するとパパ向けの子育てサービスも普及するはず

社会記号がなぜ生まれるのか? 一橋大学の松井剛教授と社会記号の誕生から定着までのプロセスを「欲望する言葉〜社会記号とマーケティング」(集英社新書)という本にまとめたことがあります。マーケッターがそのメカニズムを知ることで、有利な戦略が立てられるかもしれないと思ったからです。
例えば、皆さんがベビーカーを売る会社のマーケティング担当だとしましょう。「イクメン」という概念が世の中に広まっていた方が、パパもベビーカー選びに参加してくれる可能性が生まれますよね。
もし、皆さんが商業施設のイベント担当だったら、「朝活」という概念が広まっていたら、午前中のイベントを企画しやすくなるはずです。
では一体イクメンや朝活という言葉は誰が生み出して、どう普及していったのでしょう? その仕組みはあまり知られていないのではないでしょうか?

社会記号は広告のコピーのように生まれる言葉ではありません。多くの社会記号はメディアが世の中の現象を捉え報道するプロセスで普及・定着して行きます。
メディアは専門誌紙でない限り、個別の商品のスペックを紹介したいわけではありません、メディアは世の中の現象を報道したいんです。つまり、高価なキャンプグッズを紹介したいのではなく、グランピングという「現象」を捉えたいわけです。
観光地の武将隊が人気だ。戦国武将が登場するソーシャルゲームが売れている。女性誌で歴史の特集が組まれた。そんな類似する商品やサービスが注目を集めると「歴女」という現象を体現する言葉がメディアに登場します。

社会記号が生まれると、一体何が起きるのか?

社会記号が生まれると、何が起きるのか?

1 実践者が注目されます

最初はおかしな行動をとっていると思われたかもしれない人が、社会記号の誕生で注目の存在にシフトします。地元が大好きな「マイルドヤンキー」は、普通は都会に憧れない?と最初は不思議な存在だったかもしれませんが、「マイルドヤンキー」という言葉が普及することで逆に注目の存在になるわけです。

2 フォロワーが生まれます

実は、私も一人でご飯を食べたかったの。「おひとりさま」の普及によってフォロワーが続々誕生します。

3 社会が存在を許容します

新入社員がなんだかナヨナヨしているよなと思っていたけれど、あれが「草食男子」なんだと理解して、周りが新たな価値観を持った人たちを受け入れるようになります。

4 報道量が一気に増えます

社会記号の話をすると、最初にその言葉を作った人は誰ですか?という質問をよく受けますが、社会記号の定着に関して言えば、最初誰が言ったかより、どれくらい後追いの報道があったかが重要です。多くの人が、「確かにそういう人たちいるよね」と思ったり、「そういうライフスタイルいいかもしれない」という気持ちを起こさせる社会記号はメディアによって何度も何度も取り上げられるのです。

5 関連商品・サービスも生まれます

「コギャル」が普及すれば、コギャル向けのプリクラなどの商品開発が行われます。「おひとりさま」が普及すればレストランのおひとりさま向けメニューやおひとりさま向け旅行プランなどが続々開発されるわけです。

おひとりさまというビジネスフレームができるといろんなプレイヤーが参入したくなる
おひとりさま焼肉、おひとりさま終活、おひとりさま結婚式・・・ってどうやるの?

つまり、社会記号の普及は文化と市場を生み出すと言っていいでしょう。

これから誰が社会記号を生み出して行くのだろう

社会記号は企業の広告コピーではないと書きましたが、1980年はテレビCMで使われた言葉がそのまま社会記号になるケースもありました。
「カエルコール」や「朝シャン」などがその代表格。80年代はCMを拠点に新たな行動様式を生み出すことができた時代だったんです。
その後、90年代以降になると雑誌が大量に社会記号を生み出しました。「コギャル」、「コマダム」、「エビちゃんOL」、「ちょいワルオヤジ」・・・。
メディアは次々と新しい生活様式や人々のクラスターを記号化して行きました。
ネット時代の今、社会記号はどこで形成されるようになるのでしょうか?そもそも、みんなが見るメディアが少なくなって行く中で、誰もが知る社会記号は生まれるのか?社会記号ウォッチャーとしては気になるところです。



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