AdobeStock_229193242-_更新済み_

データを経営に活かすなら、まずは経営学を学ぼう【後篇】

前篇では、経験と勘による意思決定から卒業するために、定型化された事実法則に基づいた意思決定をするためにデータを活用しようと、エビデンス・ベースド・マネジメントの考え方について述べた。後篇では、HRアナリシスと呼ばれる、組織内のデータや従業員データの活用について考えてみたい。


組織内のデータや従業員データの活用について、世の中の流れを見ていると、従業員の行動データを収集して効率と生産性を向上させようという試みを数多く目にする。例えば、東急不動産の記事にあるように、従業員に脳波センサーを装着させ、仕事中の集中度合いを測定したりする。

経営者の理屈で言えば、従業員の作業効率と生産性を高めるために無駄を排除し、最低限のインプットで最大のアウトプットを出したいという期待はわかる。その反面、従業員の理屈で言えば、たとえ就業時間中とはいえ、会社から四六時中、自分の活動を監視されるのは真っ平御免だろう。そのため、この議論には賛否両論が渦巻き、永遠に結論が見えない平行線をたどる。

尚、筆者の個人的な見解としては、従業員の行動データを収集することに否定的だ。行動データの収集は、従業員の創造性を損なうように思われるためだ。従業員の創造性を高めたい、発揮して欲しいと思うのであれば、従業員を監視するような行動データをとるのではなく、働き方の自由度を高め、権限移譲して従業員を信頼することに注力すべきだろう。例えば、ZAPPOSやNIKEなどの米国企業を中心に、就業期間中の昼寝を推奨する企業が増えている。その日の体調や個人差によって、最適な働き方は変化するのだから、仕事中に昼寝することが生産性を高めることもある。自分で自分の働き方を決める自由度の高さを推したい。


それでは、組織内のデータや従業員データはどのように活用すべきか。従業員のモチベーションや目標設定理論の研究で著名なトロント大学のゲイリー・レイサム教授は、優れた業績を出す従業員をマネジメントするためのツールやテクニックとして活用すべきだと述べている。

例えば、優秀な人材を採用したいと考えた時、どのような手法が用いられるだろうか。データを活用したエビデンス・ベースド・マネジメントでは、効果的な手法として「状況面接」を勧めている。

「状況面接」とは、実際の業務で直面するような意思決定の場面を再現し、どのような意思決定や思考をするのか判断する質問方法だ。データは、質問で用いる意思決定の場面を特定するために活用される。優秀な人材と平均的な人材、好ましくない人材の考え方や意思決定の違いが如実に表れる状況を特定するために、職務分析(Job Analyses)を行う。状況面接の評価は、既存の優秀人材との類似性や再現可能性を評価することになるため、採点をAIによる自働化することもできる。

また、日常業務におけるマネジメントでは、事業戦略に対する理解の浸透やモチベーション・マネジメントで活用することができる。例を挙げると、近年、脚光を浴びている 1 on 1 ミーティングに代表されるように、管理職の役割は部下の業績やタスク管理よりも、コミュニケーションや人材育成に比重が置かれるようになってきている。その際、上司と部下のコミュニケーションやフィードバックが健全かつ適切に行われているのかを把握するために、1 on 1 ミーティングの内容をデータベースに入力する。データベース化することで、上司と部下の理解に齟齬がないかを確認し、部下が成長するマネジャーの行動特性を特定するためのデータ分析が可能となる。

このように、エビデンス・ベースド・マネジメントにおけるデータは、従業員の行動を管理するためではなく、より良いマネジメントを行うための証拠(エビデンス)を得るために活用される。その場合、常に従業員の行動データを収集することは必要なく、必要な状況で必要なデータだけを収集すれば良い。つまり、データと優れたマネジメントの因果関係の仮説を立てる仮説立案と仮説検証の能力が、組織内のデータや従業員データを活用するアナリストや人事担当者に求められる。


日経新聞のテーマ企画のお題である『データが導く「正解」を信じますか?』に対する、筆者の答えは「正解を求めるようなデータの活用をしてはならない」だ。データを経営やマネジメントに活かそうとするのであれば、まずはエビデンス・ベースド・マネジメントを学び、「定型化された事実法則に基づいた意思決定」を身に着けることから始めるべきだろう。そして、データと優れたマネジメントの因果関係の仮説を立て、データによる検証と実務への応用という実証過程を繰り返すことで、自社における「定型化された事実法則」を見出すことが要諦となる。

データ分析が注目されている時代の流れは、非常に好ましいものと言えるだろう。2010年までの企業経営は、「勘と経験の時代」であった。卓越した経営者やマネジャーの天才性に依存するところが多くあった。しかし、データが経営の意思決定に活かされることで、企業経営は個人の天才性に依存するのではなく、チームや集団による集積知(Collective Genius)が主流となっていく。データは、チームや集団の行動の結果から得られるものだからだ。21世紀に優れた競争力を持つ企業とは、データを活用し、チームや集団による集積知をうまくマネジメントに応用できることが条件となるだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?