見出し画像

転勤?否「転身」せよ。~転勤先という「精神と時の部屋」の話~

 Potage代表取締役 コミュニティ・アクセラレーターの河原あずさです。海外転勤とコロナ禍が人生を変えた40歳経営者です。

 今回は「転勤」をテーマに取り上げたいと思います。日経COMEMO編集部からのお題です。実はこのお題の〆切はとっくに過ぎているのですが、書きたいことがあるので、筆をとってみました。

 リモートワークが当たり前になった世の中において「転勤」の意味が見直されているといいます。こちらの記事では、転居を伴わずにリモートワークで勤務先にアクセスする「リモート転勤」の事例を取り上げています。

 このような時代において「転勤」の価値が見直されるのは必然かなと思います。かつての転勤といえばユニコーンの「大迷惑」という曲の世界観そのままに、会社の辞令ひとつで個人の生活が侵食されるリスクをはらんだものでしたが(社内結婚して住宅ローンを組んだ直後に狙い撃ちで転勤辞令が出る会社もあったという噂もよく聞いたものでした。都市伝説の類かもしれませんが……)こちらの記事を見る限り、今は従業員に働き方を選択する余地が生まれているわけで、いい時代になったなと素直に思います。

 一方で、古い考え方かもしれませんが、転勤が「育成」において大事だという捉え方もあります。たとえば私がお付き合いのある会社で言うと、全国全世界に支局があるメディア企業や、商社ではその色合いは濃く、色々な土地や事業を経験してもらうことで従業員の成長を促そうという「親心」に近いものを転勤の辞令からは感じます。また、そのような会社だと転勤が頻繁にある前提で就職しているので、従業員側も「次のステップだ!」と歓迎するむきがあります。

 結局、「転勤がいい転勤か」を判断する上で大事なのは、当たり前の話ですが「従業員個々人の意思にそった辞令なのか」ということです。組織側がきちんと従業員の立場に立って、彼ら彼女らの意向もききながら出した転勤の辞令を出せていれば、従業員側も前向きに受け取っていい変化を自身に促しますし、嫌々受けた転勤でいいパフォーマンスが出るかというと、そんなことはないですよね。

 さてこの記事では「転勤」が「育成」すなわち「ビジネスパーソンの成長」においてなぜ大事なのかを、自身の体験談から読み解こうと思います。

 後でも述べますが、私は「いい転勤」の要件は「いい転身」がそこにあることだと考えています。

 「転身」を辞書で引くと「身をかわすこと・主義や生活方針、職業をがらりと変えること。」と記載がありますが、ここで私が言う「転身」は「自分自身の価値観をアップデートし、行動の変化を促すこと」を指します。

 環境の変化による強制アップデートが「いい転勤」の効果効能です。そして、それは私自身の身にも起きたことでした。以下自身の体験談をベースに「環境の変化と"転身"がビジネスパーソンにもたらす意味」について記します。何かのご参考になれば幸いです。

転勤先は「精神と時の部屋」

 今の自分のキャリアの転機は? とよく聞かれますが、必ず「サンフランシスコに駐在していた3年間」と私は答えます。

 過去のCOMEMO記事でも何度か触れている通り、私は2013年から2016年の間(33歳から36歳の間)、サンフランシスコに転勤し、シリコンバレーで新規事業づくりにいそしんでいました。

 意気揚々と渡米したものの、1ヶ月も経ち引っ越しハイから抜け出す頃に大きな壁の存在を実感することになります。それまでのルールが通用しない、会社の名前も通用しない、「新規事業をつくりにきた」と自己紹介をするたびに「それであなたは何をしたいのですか?何ができるのですか?」と英語で繰り返し問われる……そのようなしんどさに直面しました。

 もともと新規事業をつくった経験も乏しく、英語もろくにできない、細くて胃腸も弱い自分が、胸を張って彼ら彼女らにプレゼンテーションできることは何もありませんでした。それを隠すように会社の名前をつかってプレゼンしても、誰もニフティという当時の会社の名前を知らず、相手にはまったく響きませんし、親会社の「富士通」すら「ああ、デジカメつくってるね?」と言われ、カメラメーカーの富士フィルムと勘違いされる始末。日本だったら会社名を出すだけでみんなが話を聞いてくれるのに、日本でのやり方がまったく通用しないのです。

 正直気がめいって、来るんじゃなかったと悩む日々でした。しかし、自分で選んだ道なのに、そうも言っていられません。そんな環境でできることは「考えること」そして「行動すること」です。

 スキルも経験もない今の自分にできることは何なのか。できることなら、すべてやりました。日本から知り合いがきたら会うことを断らず、1日アテンドしてサンフランシスコを紹介したり、ミートアップに毎晩のように通って、なんとか糸口になるネットワークを得ようとしました。しかし、闇雲に行動するだけでも、なかなか周りの人たちはついてきません。

 そんな中、接していたシリコンバレーの起業家たちを観察していて気づいたことがありました。彼ら彼女らは自分を紹介するときに「なぜそれを自分がやるのか」を明確に伝えて、自分のやりたいことを相手に主張し、仲間を増やしていたのです。サンフランシスコ・シリコンバレーでは「これを実現したい。なぜなら自分はこう思うからだ。自分はこれができるのだ」と胸を張って語ることを誇りに感じる文化があります。もともとシャイな自分でしたが、これを真似するところからはじめよう、と腹をくくったのです。

 その結果、「なぜ自分がこれをやるのか」と言語化した上で、行動する習慣が身に付きました。それをはじめたとたん「それならこうするのがいいと思う」「こういう人を紹介しますよ」と、多くの人からフィードバックをもらえるようになりました。

 サンフランシスコ・シリコンバレーは世界中からビジネスづくりに長けたビジネスパーソンや起業家が集まっています。世界でも有数のタレントである彼ら彼女らからの言葉のひとつひとつは「金言」でした。それを自分に取り込み、今度は自分なりに咀嚼しながら次の行動につなげていくことができます。その繰り返しで、本当に周りの人たちのサポートのおかげで、何者でもない自分が、なんとか成果を出すことができました。それが自信になり、自身のふるまいも更に変化していきました。

 今思うと、サンフランシスコは「転身」するための修行の場でした。時間の流れは日本とくらべものにならないくらい早く、しかしくらべものにならないくらいに濃いものでした。日々得られる体験の「密度」が違うのです。

 週刊少年ジャンプの名作「ドラゴンボール」には「精神と時の部屋」という空間が出てきます。神様の住む神殿の最下層にある部屋で、部屋の1年が、外の世界の1日分に相当する修行の場です。それに加え空気は1/4の薄さで、重力は10倍という、過酷な環境という設定です。本作では、数多くのキャラクターが、ここで修行し、戦いへと出向いていきました。

 私にとって、サンフランシスコはまさしく「精神と時の部屋」でした。1日1日を、丸裸の状態で自分や周りと本気で向き合う経験は、もともといた日本とはくらべものにならないくらいに濃い自身へのフィードバックを与えてくれたのです。

 ビジネスパーソンとして半人前だった自分が、本当の意味で自分の名前で仕事ができるようになったのは、この「修行」の経験があるからだと感じています。「転身」するための強烈なインプットの日々を、サンフランシスコはもたらしてくれたのです。

いい転勤は「転身」を伴う

 この事例から私が考える「いい転勤」の要件とは「いい転身」が導かれることです。

 もともとのやり方が通用しない場所に身を置くと、自分の持っていた常識がいったん壊れ、新しい場になんとか適応しようとあがくうちに、自分の価値観がアップデートされていきます。結果、行動が変わり、パフォーマンスがの質が変わります。

 人間は慣れ親しんだ環境では、なかなか自身の常識の殻を破ろうとしません。私自身も、渡米する前の33年間は、凝り固まった自分なりの常識や価値観の壁を崩せずに、パフォーマンスを上げることができませんでした。

 しかし自分にとって「アウェイ」な場所での経験は、自身の常識の殻を強制的に破ってくれます。価値観が壊れるのは、とてもハードなことで、居心地の悪さを強く感じますが、一方で自分を徹底的に見直すことで「自分が本当に信じられる価値観は何なのか」「本当の意味で自分が価値を発揮できるのはどういう行動なのか」を見定めることができるのです。

 周りの駐在員を見渡すと、必ずしも自身の常識の殻を破れる人だけではありませんでした。どうせ日本に近々帰るのだから、つかの間の海外生活を楽しもうというスタンスの方もいらっしゃいました。

 そういう方もきっと最初は、新しいことをやろうと意気込んでいたのだと思います。しかし、ある時点で、変わることを諦めたのかもしれません。

 そういう方々にとっては(本人たちはワインやゴルフを楽しめたかもしれませんが)サンフランシスコへの転勤は決して「いい転勤」ではなかったのではないかと振り返ると思います。結局「日本の大企業社員」という殻を破れずに「転身」することができなかったからです。そしてきっと、彼ら彼女らは、その後も転身がなかなかできなかったのではないかなと推測できます。

 一度「転身」した経験を持つと、自発的に物事に向き合い、そして自分自身と向き合うことが習慣になります。守るべき軸と、変えるべき部分を理解できるので、状況に応じて柔軟に行動を変えながらも、一貫性のある自分自身をキープできます。環境が変化した中でも「転身」できなかった人たちとの差は、時間を経る毎に広がっていくのです。

環境の変化を味方につけるか、現状維持か

 自分自身の「転身」を定期的に促すためには、時に周りの環境をリセットすることが大事になります。

 人は弱い生き物で、変化することに強い抵抗感を覚えます。それを乗り越えて自力で「転身」できる強く意識も高い人なら、同じ環境で自身のありようを刷新し続けられるかもしれませんが、私同様に、大半の人たちはそうではないんじゃないかなと思います。

 私が「転身」できたのは、サンフランシスコ駐在の打診を受け、好奇心おもむくままにそれを受け、異国の地に飛び込んでみたからに他なりません。環境を変えて逃げ場をなくすことで、自身に「変わらなきゃ!」という強いサインを送った結果の「変化」なのです。

 ここでは詳しくは触れませんが、サンフランシスコから帰国後も、自身に変化を促す出来事はたくさんありました。「会社が買収される」「事業を売却し転社する」「コロナ禍に会社を辞める」「会社をつくり起業する」「結婚する」「子どもが生まれる」などなどです。その度に必要以上にうろたえずに済んで「らしさ」を維持しながら着実に歩んでいけているのは、サンフランシスコという精神と時の部屋の修行を経て、大きな「転身」がはかれたおかげかなと感じています。

 一方で、そのような環境の変化を味方につけられずに、自分の殻をますます固くしてしまう方も中にはいらっしゃる気がします。結果的にひとつの価値観に凝り固まり、変化への耐性もなく、柔軟性のない「転身できないビジネスパーソン」へと変貌していくわけです。

 海外駐在や独立などの大きな変化に限った話ではありません。「勤務先が変わる」「異動になる」「昇進する」「部下ができる」などなど、どんなに保守的な組織にいるビジネスパーソンでも少なからず変化の機会は訪れます。「結婚」「出産」「家を買う」なども当然、大きな変化の機会でしょう。

 それを「転身」のチャンスととるか、そこで変わらないかの選択はそれぞれの自由です。価値観が変わらない駐在員もたくさんいたように「現状維持の自分」を美徳とするのも、私はアリだと考えています。しかし日々環境が大きく揺れ動く、何が起きても変じゃないそんな時代に向き合える人材がどんな資質を有しているのかを考えてみると「転身」という概念は、大きなヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

#日経COMEMO #転勤は本当に必要か

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?