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持続可能な社会と企業の持続可能な発展はイコールじゃない【日経COMEMOテーマ企画_遅刻組】

SDGs は世界的に全然普及していない

SDGsが国連で発表されて以来、日本企業では「Sustanable Development Goals(持続可能な発展目標)」が事業の方向性を定める重要な指針として採用されている。大企業のホームページや新規事業開発、地方創生などのプレゼンテーションで、SDGs は必須項目なのかと思われるほど必ず入れられる。学生のビジネスプランコンテストなど、収益モデルの説明は忘れるのにSDGsの説明は忘れることがないほどだ。

しかし、SDGs という概念が一般に普及しているかというと疑わしい。このことは日本だけではなく世界でも同様だ。私は、英国・ドイツ・オランダ・スウェーデン・シンガポールの社会科学系の交換留学生向けに講義を担当しているが、SDGs についてどれだけ知っていると尋ねても「そもそも、そんな言葉は知らない」という学生の方が多いくらいだ。

このことはデータでも裏付けが出ている。World Economic Forum の『SDGsの認知度に関する28か国調査』によると、全世界平均は26%だ。過半数以上の認知度がある国は、たったの4か国(インド、トルコ、中国、サウジアラビア)しかない。尚、調査対象国でぶっちぎりの最下位は日本の8%で、一桁台の知名度の国はほかに存在しない(ブービー賞のフランス・イタリア・カナダで11%)。

なぜSDGsの認知度はこれほどまでに世界的に低迷しているのだろうか。社会課題の解決に関心の高い欧州諸国であっても、まったく浸透していない。国連本部のある、言い出しっぺに近い立場にある米国ですら20%の知名度しかない。これは、SDGs で設定されていることが、実際の社会活動、特に経済活動と大きな乖離があるためだろう。

衣食足りていない状態で SDGs のことは考えられない

古代中国にあった斉の名宰相、管仲の書である『管子』に「倉廩實則知禮節、衣食足則知榮辱」という一節がある。一般的には、「衣食足りて礼節を知る」として知られている言葉で、人は生活が豊かになれば礼節をわきまえ、名誉や恥辱が如何にあるべきかを知るようになるという意味だ。

現代社会の生活は、一見すると豊かになったように見える。物質的には物が溢れ、世界中のどこに行ってもスマートフォンを使いこなす人々を目にする。つい20数年前まで100万人以上を虐殺していたルワンダが、テクノロジーの活用によって、今やアフリカでも有数のIT先進国家に急成長しているほどには、世界は物質的な豊かを手に入れている。

反面、企業や個人の生活はいつ破綻するかわからない、保証のない競争社会にもなっている。牧歌的に地道に経済活動をしていると、すぐに市場から見放されてしまう。精神的な豊かさを得ることが難しい社会にもなっている。このことは競争社会だけが要因ではない。大企業で出世街道をまい進していたエリートであっても、親の介護で10年も費やしてしまうと、どれだけ貯金があっても底をつく。企業も個人も、いつ経済的に破綻するのかわからない不安定な状況にあるのが現代社会だ。

特に、地方都市の窮状は更に深刻だ。人口減少と少子高齢化、低水準の労働賃金という地方都市は、どこの誰だかわからない「社会の持続可能な発展」なんて言っていられる場合ではない。まずは、自分たちの「持続可能な発展」をなんとかしなくては、このままでは破綻してしまうのだ。

つまり、自らの「持続可能な発展」が保証されていない状態で、社会の持続可能な発展は考えることができない。そういった意味では、SDGs の認知度が過半数を超えていた4か国は、どこも経済的に急成長を遂げている只中にあり、勢いのある国々だ。

SDGsはイノベーションのギミック

それでは、社会の持続可能な発展はこのままただのお題目にしか過ぎないのだろうか。そうではないだろう。SDGs は企業の持続可能な発展に大きく貢献できる。その貢献とは、企業がイノベーションを生み出すためのギミックに最適だ。

シュンペーター博士が唱えるように、イノベーションとは既存の要素の「新結合」によって生み出される。そして、「新結合」はできるだけ常識にとらわれず、その道の専門家からは「常識外れだ!あり得ない!」という発想が好ましい。

例えば、スタンフォード大学のティナ・シーリグが起業家精神育成プログラムで実施し、あまりに突飛な方法で叱られて二度と実施できなかったエクササイズがある。それは、生徒に5ドルを渡して、「2時間後までに、その5ドル紙幣をできるだけ増やしてこい」というエクササイズだった。そう言われれば、多くの人々は「この5ドルを何かに使って(投資して)価値を大きくしよう」と考えるだろう。しかし、最も稼ぎの多かった学生たちは、この5ドルには手をつけなかった。5ドルよりも「スタンフォード大学生の2時間」という時間の価値の方が多いと考えた学生たちは、「ブレインストーミングの壁打ち相手をします」とビジネス街で募集し、報酬を得た。

それでは、このような常識にとらわれない発想はどのように生まれるのだろうか?もちろん、天才的なひらめきで生み出す人もいるが、心理学では常識を外すための誰でもできる思考法テクニックを紹介している。数ある中でも最も有名なものはSCAMPERだ。SCAMPERは、7つの問い(代用・結合・応用・修正・転用・削除・逆転)の英単語の頭文字を組み合わせた造語だ。このようなテクニックの基本ロジックは、如何にして思考に制限を加えるかということだ。

人は、まったく自由な状態から独創的なアイデアを出すことが難しい。これは、心理学者のキース・スタノヴィッチとリチャード・ウエストの研究が明らかにしている。人の思考は熟慮せずに判断するシステム1がデフォルトであり、熟慮して考えるシステム2は意識的に行わないといけない。ジャズのアドリブセッションのような芸術的な創造性はシステム1から生まれる。しかし、システム1は自分の価値観や常識からくるバイアスが大きい。バイアスを取り除くためには、システム2で考える必要がある。ビジネスで求められるような叙述的な創造性は、システム2のような熟慮が求められる。そのため、芸術的な創造性は認知的能力(知能)とは相関がないが、ビジネスや叙述的な創造性は認知的能力(知能)と高い相関を持つ。

つまり、イノベーションの源泉となるアイデアを発想するためには、システム2で創造的な思考をするためのギミックが必要なる。そして、SDGs はそのための制約として最適だ。

イノベーションは二律背反の同時実現から生まれる

過去の革新的な製品やサービスは、二律背反(トレードオフ)とされてきた常識を壊すことから生まれてきた。例えば、日本の誇るクール宅急便は「足の速い生鮮食品の長距離輸送は無理」という当時(80年代)の常識を壊した。生鮮食品と輸送距離は二律背反の関係にあった。京都名物の夏の鱧料理は、海のない洛中まで生きたまま運べる魚介類が生命力の強い鱧しかなかったためだ。それほど、生鮮食品の長距離輸送は歴史ある課題だった。それならば、トラックの荷台に冷凍庫を載せてしまえという発想は流通革命を起こした。

SDGsで設定されている課題は、どれもが自由な経済活動に対して二律背反に位置する。そのような制約がなく、自由に経済活動をしたほうが企業にとってはストレスがない。しかし、ストレスのない経済活動からは従来の常識を壊すようなイノベーションは生まれない

企業が持続可能な発展を遂げ、従業員にも持続可能な将来を描かせるために、SDGs を活かす余地は大きい。SDGs は事業の目的として使用してはいけない。SDGs は、常識にとらわれない発想を生むためのギミックとして使おう。まずは企業と個人が持続可能な発展を描くことができなければ、社会の持続可能な発展の重要性をいくら説いたところで、社内の協力を得ることができないどころか、市場からも相手にされない



Appendix: SDGs をギミックに使う例

SDGs Goal 1: 貧困をなくそう x 不動産投資

「地方の空き家を活用した生活困窮世帯向けの家賃ゼロ学生寮」:日本の想定的貧困はG8中で米国に次いで2番目に高く、特に「こどもの貧困」はOECDの42か国中21番目と深刻な問題だ。厚生労働省によると、子供の7人に1人が貧困状態にあり、まともに子育てができる環境にない。一方で、日本の教育環境は世界有数の充実度を誇る。日本全国のどこであっても、高校までは大学進学要件を満たすレベルの教育を受けることが可能だ。

また、地方都市は空き家問題と若年層の人口流出が深刻な問題だ。特に、2040年には全国896の市区町村が消滅可能性都市に該当すると国土交通省が試算を出している。なお、消滅可能性都市の要件は20~39歳の若年女性の減少と地方から東京圏への若者の流出だ。つまり、若年層が移住してきさえすれば、消滅可能性都市の問題は解決する。

そこで、地方の空き家物件を小中高校生向けの無料学生寮として、貧困家庭の子供たちが生活できるようにする。幼稚園や小学校の幼少期から教育のために寮生活をすることは、英国のパブリックスクールやインドネシアの学園都市など、諸外国の施策としては古くから存在する。長期休暇で、子供は親元に帰省したり、親が遊びに来たりする。子供たちの生活は、近所の高齢者やNPO、地域おこし協力隊が援助する。財源は、行政の空き家対策費や企業や富裕層からの献金で賄う。返礼品目的のふるさと納税を辞め、代替として「子供の貧困支援納税」として住民税として扱う。

ブロックチェーンの技術を使えば、学生寮として使う空き家の価値を仮想通貨で市場形成し、不動産投資として扱うこともできるだろう。スマホのソーシャルゲームをブロックチェーンで仮想通貨市場の投資案件にするくらいなら、子供の貧困を救う不動産市場の仮想通貨市場とした方が生産的だ。

SDGs Goal 2: 飢餓をゼロに x  JAシステムの途上国輸出

国連によると、2018年の世界の飢餓人口は約8億人であり、全世界人口の9人に1人である。内訳は、アジアが最も多い5億人で、アフリカの2.5億人、ラテンアメリカの0.4億人と続く。アジアでも、その多くは南アジアに集中する。

飢餓には、主に3つのタイプがある。1つ目は、自然災害による飢餓だ。食料不足に苦しむ8割以上が、自然災害が発生しやすい場所で生活をしている。2つ目は、紛争による飢餓だ。人口の4分の1以上が緊急の飢餓状況にある国のほどんどが紛争状態にある。3つ目は、慢性的貧困による飢餓だ。小規模農家が貧しさのために、農業をするための水、種、土地を確保する資金を持たずに自給自足ができず、教育投資もできないために現状から抜け出せない。

3つ目の飢餓の状態は、終戦直後の日本も同じ状況にあった。GHQ主導の農地改革で193万町歩の農地が、237万人の地主から買収され、475万人の小作人に売り渡された。その結果、日本は今に至るまで小規模農家が中心となるが、改革直後は混迷を極めた。しかし、突然、小規模農家として独立することになった農家には独自に農業を行うためのノウハウも資金力もなかった。そこで、小規模農家を援けるために市区町村規模の農業協同組合が1947年の農協法施行からたったの1年間で約1万4千も乱立した。しかし、作ったは良いものの、農協にも農家支援のノウハウも資金力もなく、直ちに経営破綻を引き起こす結果となる。その結果、政府介入によって農協は再建することになり、日本の食糧難を解決する制度を確立した。これらの農協の歴史は、小規模農家の支援に特化したノウハウを有しており、大規模農家による資本力がベースの他の先進諸国にはないものだ。

日本の農協は「小規模農家の支援」に特化した組織であり、優れたノウハウと仕組みを有する。この仕組みをグローバル化し、途上国政府と協力しながら、農業協同組合を海外展開することで、慢性的な飢餓の解決に貢献する。


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