今日は、取締役会を巡る制度や社会的要請が、取締役会にどのような影響を及ぼすかを考察していきます。

＊ゴールドマンサックスの驚きの意思決定

先日、ゴールドマンサックス(以下GS)に関連した経済ニュースが話題になりました。投資銀行は、新規上場(IPO)の希望企業へ上場のためのガバナンスアドバイス、新株を購入してくれるだろう潜在株主営業、公開価格設定のためのヒアリング…とIPO支援業務として行っています。そして、投資銀行のGS代表の下記の発言が注目されています。女性取締役のいない欧米企業IPO支援をしない、と…。企業の最高意思決定機関である取締役会が多様性のある人材構成になるのは私は応援したいです。世界にはいろんな人種、性別、タイプの人がいるし、特定タイプの特定の性別の人だけで意思決定を行うことは、今のビジネス環境にマッチしていると思えないからです。

ソロモンCEOはCNBCに対し、「欧米企業で取締役候補に多様性が欠ける場合、特に女性が一人もいない場合は業務を引き受けない」と述べた。

＊データの切り取りはミスリードのもと

　でも、この手の話が出てくると下記のような論調や報道も目にする機会が多いように思います。これは、本当でしょうか？計量経済学は、このようなデータの切り取り方は、状況をミスリードさせることを教えてくれます。

「データは語ってるよ！女性取締役比率が多い企業ほど、ROEが◯%高い傾向があるんだ！女性をどんどん入れると業績が良くなるよ！」

＊相関関係と因果関係は違う！

なぜ、上述の論調はミスリードの危険をはらんでいるのでしょうか？例えば、企業で女性取締役の登用を進め、女性取締役の比率が高まるほどROEが向上するかを検証しようします。この時、企業データを用いて、RO Eと女性取締役比率の関係を分析するために、最小二乗法(回帰分析)などで推定し、女性取締役比率とROEに相関が見つかったとします。しかし、取締役会のダイバーシティが社会的な要請を受けて進んでいる昨今では、大企業や優良企業のような利益率の高い企業ほど、そうした変化を進んで受けいれられる余裕があるからこそ女性取締役を導入している可能性は否めません。その場合、女性取締役比率は、ROEから影響を受けることになります。つまり、先ほどの論調は、2つの逆の因果関係を含んでいる可能性があるのです。

「（A）女性取締役の登用によってROAが高まる」という因果関係

「（B）ROAの良い企業ほど余裕があるので女性取締役を登用できる」という因果関係

この（B）のような因果関係を「逆の因果性」と呼びます。仮に上記の２つの因果関係のうち、逆の因果性（B）の影響が強い場合、女性取締役比率とROEが相関関係があっても、検証したい因果関係（A）のエビデンスとしては使えません。この時の相関関係は、（A）と（B）の２つ因果関係の双方が反映された相関関係によってもたらされているからです。

＊本当の因果関係はどう推定するのか？

　上記のような問題が出た場合は、操作変数法という計量経済学の手法を使うと、(A)の因果関係が本当に存在するか検証できます。もちろん、非常にいろいろと大変ですが…。操作変数法を用いて検証したのがAdams and Ferreira (2009)です。ここでは、一律に女性取締役導入による企業収益への影響はないものの、ガバナンスが弱い企業ほど女性取締役導入は業績に平均的にプラスの影響があることを報告しています。背景には取締役会に多様性がもたらされることで、同性同士の空気を読み合いや意見が言いにくい環境が薄れるからとの考えも。

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0304405X0900142

働き手の多様性は、もはや短期的な収益にプラスとかそういう話と切り離して、社外として改善していく課題とも、私は考えています。今後の社会変化に注目です！

ここまで読んでくださりありがとうございます！

応援いつもありがとうございます！

崔真淑(さいますみ)

参考文献

森田果著『実証分析入門』日本評論社

山本勲著『実証分析のための計量経済学』中央経済社

Renée B.Adams, Daniel Ferreira, Women in the boardroom and their impact on governance and performance, Journal of Financial Economics
Volume 94, Issue 2, November 2009, Pages 291-309