5つのQ&Aで整理する植田総裁の初会見
4月10日に行われた植田総裁による初の記者会見を踏まえ、注目される(すべき)論点を整理しておきたいと思います:
初の記者会見は終始安全運転に徹し、タカ・ハト双方のバランスを取りながら無難に切り抜けたという印象を受けました。しかし、所々に今後のヒントとなり得る発言もあったように感じられたので、そのあたりをQ&A方式で紹介してみたいと思います。
Q1:大規模緩和の修正はありそうなのか?
A1:基本的に修正は否定されています。初会見における最大の注目点は当然、現行の大規模緩和、とりわけ10年国債利回りを制御するイールドカーブコントロール(YCC)についての修正意思でした。この点に関しては「現状の経済・物価・金融情勢に鑑みると、現行のYCCを継続することが適当」とまずは現状維持の姿勢が明示されています。
しかし、額面通りは受け取れない部分もあります。というのも、YCCは修正の予告ができない枠組みとして知られています。例えば現状では日本の10年債利回りはYCCによって許容変動幅が「ゼロ%±0.50%ポイント」に設定されている。仮に今後、YCCの撤廃(もしくは許容変動幅の拡大)が日銀から予告された場合、その決定に至る前に先回りして日本国債を投機的に売り込む動きが盛り上がることは必至でしょう。そうなれば当然、金利は急騰します。結果、日銀は10年債利回りを許容変動幅に収めるために大量の国債購入を強いられることになるはずです(昨年12月や今年1月のように)。
枠組みの性質上、修正の事前予告ができないのだとしたら、その撤廃や許容変動幅の拡大は「ある日突然に決まる」はずです。植田総裁自身も、過去の日本経済新聞「経済教室」(2022年7月)への寄稿において「長期金利コントロールは微調整に向かない仕組み」と述べていた経緯があります。会見で否定されたからと言って、それを額面通り受け止めるのは危険です。
Q2:4月27~28日の初会合はどうなりそうか?
A2:今のところ、現状維持の可能性が非常に高い。植田総裁はYCC修正の可能性について質された際、正確には以下のように述べている:
● 経済、物価、金融がどうかで決めていく。そのもとでメリットと副作用を比較考慮して決める。海外金利が低下してイールドカーブの形状はスムーズになってきているが、今後も見極めていく。YCCは市場機能に配慮しつつ、経済にとって最も適切なイールドカーブの形成を実現するしくみ。現行のYCCを継続することが適当だ。
既に紹介したように、メディアのヘッドラインは上記のうち「現行のYCCを継続することが適当」という部分がクローズアップされており、この発言以降、円安・ドル高が進んでいます:
この発言を額面通り受け止めれば、「海外金利が低下してイールドカーブの形状はスムーズになってきているので、円金利上昇に対して日銀が無理筋な国債購入を強いられることもなく、副作用も抑制されているのでYCC修正を急ぐ状況にはない」ということになるでしょうか。また、YCCに限らず、大規模緩和全体の継続可否について質問された際も「現状では継続する」と断った後で副作用や検証といった修正を匂わせるフレーズを口にしています。
総じて「短期的には考えていないが、長期的にはあり得る」という時間軸を意識した言いぶりに徹しているように見えました。
その真意は汲み取りにくいものの、少なくとも会合の2週間前となる会見時点で現状維持が適当と述べているのですから、4月27~28日の初会合で動く可能性は相当低くなったと見るのが妥当でしょう。会見終了後から円安が進んでいるのは少なくない市場参加者が4月修正の可能性も排除していなかったためでしょう。これには3月初頭のシリコンバレー銀行(SVB)破綻に端を発する国際金融不安の高まりなども影響していると思われます。植田総裁もこの点については「市場の不安感、不透明感が完全に払拭された状態ではない」と述べています。
Q3:政府・日銀の共同声明はどうなるのか?
Q3:現状維持が濃厚です。植田総裁は会見直前に岸田総裁と会談し、政府・日銀の共同声明修正について明確に否定している。同日以降、円安が進んでいるのは植田総裁が会見でYCCの早期修正を否定したこともありそうですが、こうした共同声明の修正が否定されたことも影響していそうです。岸田首相との会談を終えた植田総裁は「政府と日本銀行の共同声明について、直ちに見直す必要はないとの認識で一致した」と記者団に語っています。翌11日には岸田首相も同じことを強調しています。
昨年を振り返ると岸田首相やその周辺の談話として共同声明の修正を示唆するような報道がありました。しかし、ここにきてそうした政治的な動きはトーンダウンしているように見えます。
その理由は定かではないですが、①政府・与党内に残るリフレ派(≒保守派)へ配慮したいこと、②現行の共同声明を広義に解釈すれば変更は不要とも言えること、③国際金融不安が依然燻っているのでタカ派的なアクションは控えたいこと、などが考えられます。
なかでも、やはり②の広義解釈という道を取ることにしたのかもしれません。確かに、現在の共同声明で「2%の物価目標をできるだけ早期に実現する」ことが明記されていることが無理筋な金融政策運営にお墨付きを与えているという批判は根強いものがあります。ですが、「できだけ早期に」の意味は、あらゆる副作用への批判を顧みずに走ってきた黒田体制と、市場との対話を重視するだろう植田体制では必然的に異なってくるはずです。植田総裁も会見で「有限の時間内に達成するという見通しは申し上げられないが、できるだけ早く持続的、安定的な2%目標の達成を目指す」と述べ、「できるだけ早期に」のニュアンスは活かしています。
植田総裁が適切と考える規律を守った上で「できるだけ早期に」物価目標達成を狙うのだとしたら、共同声明の修正は不要です。そもそも総裁が変わるたびに共同声明を修正する構図は不健全であり、声明文自体を廃棄できないのであれば済し崩し的に広義解釈で乗り切るのは一案だと思います。
Q4:「直ちに見直す必要はない」の真意は?
A4:共同声明にしてもYCCを含めた大規模緩和の処遇にしても、「直ちに見直す必要はない」の真意は考えておく必要はあるでしょう。実際、会見では緩和修正の可能性も示唆されました。例えば以下の部分が注目されました:
●「現在の金融緩和が非常に強力なのは間違いない。基調的なインフレ率が本当に安定的、持続的に2%に達する情勢かどうかを見極めて、適切なタイミングで正常化にいかなければいけないし、それが難しければ副作用に配慮しつつ持続的な緩和の枠組みを探る。長い目で点検や検証があってもいいと思う。
副作用や点検・検証といった論点に関しては、会見に同席していた内田副総裁も「デメリットで市場機能が低下することがあり、特に目立ったのが昨年後半からだった。副作用への対応を見極めていくフェーズにある」と前向きな姿勢を示しています。
また、既に紹介した「イールドカーブの形状がスムーズになっている」という発言も、額面通り受け止めればYCC修正の可能性を否定するものですが、邪推すれば、そのような状況だからこそYCCの修正をしても(例えば変動幅を完全撤廃しても)長期金利が暴騰することが無い状況とも読めます。
というのも、植田体制がYCC修正に踏み込む際、日銀は間違いなく「引き締めではなく緩和路線の継続」を強調するでしょう。しかし、そうした主張は、昨年12月のように「修正→金利急騰」となってしまえば詭弁にしか映りません。海外の経済・金融情勢が脆弱性を増し、円金利を含め世界の金利が低下傾向にある時こそ、YCC修正のハードルは下がっているとも言えるという側面はあります(修正しても何も起こらなければ緩和路線の継続だという主張は説得力を増すわけですから)。
このように考えると、「直ちに見直す必要は無いが、直ちにでなければ見直しはあり得る」というのが真意に近いように思えてきます。
Q5:動くとすればいつか?
A5: 「直ちに見直す必要は無いが、直ちにでなければ見直しはあり得る」というのが真意だとした場合、今後の会合スケジュールに当てはめると「4月会合はなくとも6月会合ないし7月会合での見直し(手始めにはYCC修正)はあり得る」と構えておくのが順当でしょうか。具体的にはFRBが利上げ停止を決める一方、ECBがまだ利上げを模索している可能性のある6~7月頃はYCC修正の時期として頃合いに映ります。
というのも、FRB、ECBが明確にハト派路線へ転じている状況で、日銀だけがYCC修正のようなタカ派寄りの決定に踏み切るのはやや躊躇する面もあるでしょう。かといって、FRBやECBがインフレ高進に苦慮しながら利上げに邁進している時期ではYCC修正と共に円金利も暴騰の恐れがあります。欧米中銀の政策運営が端境期を迎えそうな夏場というのはYCC修正の余波も抑えられ、決断もしやすい時期ではないでしょうか。
そこまでやった上での次のステップが正真正銘の引き締め措置であるマイナス金利解除です。これはさらにその先の出来事になるでしょう。年央以降に欧米中銀の利上げ停止が確実視されるような状況を前提にすると、日銀が年内にその正反対の動きに踏み切る難易度は非常に高いように思えます(不可能に近いと言っても良いかもしれません)。いったん欧米中銀で利上げ停止が決定されれば当面(3~6か月)は据え置き(もしくは利下げ)が予想されることから、少なくとも2024年上半期まではマイナス金利政策は温存されると考えておくのが妥当ではないでしょうか。
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