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マンガ・ラノベ翻訳の低賃金問題、ドイツの翻訳家が声

ドイツで日本のマンガやライトノベル(ラノベ)の翻訳業に従事する60名を超える翻訳家たちが、低賃金問題の改善に向けて公開質問状(オープンレーター)を発表しました。背景には翻訳家個人とマンガ翻訳出版社による協議に限界があるようです。今回は、当事者の1人でもある翻訳家のアニャ・ヂュォンさん(以下、アニャさん)にインタビューを行い、クールジャパンの現場で今、何が起きているのか、話を聞いてきました。

公開質問状の内容

ドイツにおける翻訳業界団体、ドイツ語圏文学学術協会(VdÜ)は2024年10月付で、ドイツのマンガ出版社に宛てられた公開質問状「ドイツ語圏のマンガ・ライトノベル翻訳における報酬事情について」(ドイツ語)をホームページに掲載しました。

ざっくりとその内容を紹介してみます。業界団体が実施したアンケート調査によると、マンガとラノベの翻訳者の57%は今の報酬条件で働き続けることが難しいと考えています。かつてないほどのブームとなったドイツのマンガですが、業界総売上高は2018年の3,800万ユーロから2022年には1億600万ユーロと3倍近く拡大しました。一方で、翻訳報酬はほぼ増えておらず、昨今の物価上昇によるインフレを加味すれば、10年前と比較して3割減少していると翻訳家たちは指摘します。
こうした事情を受けて、翻訳家たちはマンガ出版社を相手に、基本報酬の引き上げや印税の受取権利、インフレを考慮した定期的な報酬額の見直しなどを要求しています。

一体、ドイツのマンガ・ラノベ翻訳業界で何が起きているのでしょうか。公開質問状に署名した翻訳家のアニャさんがインタビューに応じてくれました。

アニャ・ヂュォンさんに聞く

アニャさんは会議通訳者でありアニメの翻訳(字幕/吹替え用台本)も手掛けており、新海誠監督の『すずめの戸締まり』のドイツ語音声用の台本翻訳で注目され、直近ではアニメ映画『ルックバック』のほか、『チェンソーマン』、『外科医エリーゼ』など様々なジャンルのアニメを翻訳しています。

ドイツの翻訳家アニャ・ヂュォンさん

アニャさんはマンガやラノベ翻訳には直接関わってはいないものの、近い分野の翻訳家として「同僚」の苦悩を耳にし、声を上げるべきだと助言しました。アニャさんが所属する字幕翻訳者協会(AVÜ)では、人工知能(AI)問題に関する公開質問状を発表しており、今回の運動のきっかけになりました。

さて、その公開質問状の反響ですが、マンガやラノベの読者からは好意的に受け取られ、署名サイトでは800人ほどの署名がすぐに集まりました。(10月20日現在1,692筆)

一方で出版社の反応は鈍く、理解を示す小規模な出版社もあったものの、大手の対応は渋いと言います。公共放送から問い合わせがあって初めて、コメントを寄せた事例はあるものの、実際にはここ20年でわずかに1、2ユーロ上昇した程度とアニャさんは話します。

この賃金問題に関する運動ですが、業界団体のVDÜに加えて、ドイツの大型労働組合「統一サービス産業労働組合(ver.di)」からもすでに支援を取り付け、運動を継続していくそうです。

インタビューはここまでです。

魅力を伝える「最後の砦」

改めて考えてみると、世界でアニメやマンガが大人気!今こそ海外で積極展開するべきだ!と喧伝するのは良いですが、こうした日本語のコンテンツがどれほど優れていても、海外展開する過程のいわば「最後の砦」ともなる翻訳で手を抜けば、せっかくの良質な作品が正しい評価を得ることは難しいでしょう。

日経新聞でも翻訳分野における人工知能(AI)の活用は度々報じられています。

産業情報を伝える用途であれば、AI翻訳は必要とされるクオリティを確保できるのかもしれません。しかし、アニメやマンガ、ラノベの分野では人間によるクリエイティブな仕事が重要な役割を果たしており、適切な報酬が支払われるべきではないでしょうか。

みなさんはどう思いますか?

最後に、ドイツの出版社と書籍流通業の業界団体、ドイツ図書流通連盟(Börsenverein des Deutschen Buchhandels)のカリン・シュミット=フリードリヒス代表によるスピーチの一部を紹介してみます。このほどフランクフルトで開催された国際書籍見本市「フランクフルト・ブックフェア」の開会式で述べられたものだそうです。

業界の未来のテーマにはAIも含まれます。プロセスを支援し簡素化するものですが、驚きや感動するコンテンツを生み出すことはありません。創造性には報酬が与えられなければなりません。


タイトル画像:ドイツのマンガ翻訳の低賃金問題を訴えるフライヤー
取材協力:アニャ・ヂュォン

(2024.10.20)修正情報>「マンガ翻訳出版者」→「マンガ翻訳出版社」(冒頭)


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