「DX銘柄2020」から何を学ぶか
「DX銘柄」というのをご存じだろうか?
2020年から、経済産業省と東京証券取引所が共同で、デジタル技術を活用したビジネスモデル等の抜本的な変革、成長・競争力強化を行っている企業を、「デジタル・トランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」として選定しているものである。
「銘柄」と呼ばれていることからも分かる通り、単に企業を選定しているというだけでなく、株式を公開している企業(ここでは東京証券取引所一部、二部、ジャスダック、マザーズに上場している企業)を対象としており、投資対象の参考にしてもらおうという趣旨であろう。(昨年までは「攻めのIT経営銘柄」と呼ばれていた。)
つまり、このDX銘柄を見れば、日本でDXの取り組みが先進的である企業が分かるというわけである。2020年のDX銘柄には35社が選定され、うち2社が「DXグランプリ」に選ばれている。その2社は、小松製作所とトラスコ中山であった。
DXの定義と評価項目
本レポートにはいくつか参照をお勧めしたい理由がある。一つは、DXの定義が示されていることだ。DX銘柄2020の報告書によると、DXは以下のように定義される。
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること
つまり、対顧客サービスの変革と、企業内部の変革の両面を対象とし、その目的を「競争上の優位性を確立する」ことに置いている。また、評価にあたっては、以下の6分類に従って質問票への回答を評価する方法が採られている。
1)ビジョン・ビジネスモデル
2)戦略
3)組織・制度等
4)デジタル技術の活用・情報システム
5)成果と重要な成果指標の共有
6)ガバナンス
これらの項目を見ていくと、個別のデジタルサービスの革新性や、ユーザーへのインパクト、得られた利益、普及状況というよりも、企業全体としての制度化や取り組み、ガバナンスなどが評価対象の中心となっている点には注意が必要だ。
DXへの取り組みが好業績につながっているか?
DX銘柄2020レポートの分析結果によると、DX銘柄に選定された企業のROE(Retrun on Equity, 自己資本利益率)が高く、「DXへの積極的な取組がROEの改善につながっている」ことが示唆されている。
但し、ここは注意が必要である。DXへの取り組みが好業績をもたらしているのか、好業績の企業だからDXに取り組む余裕がある(逆の因果関係)という可能性もある。
あるいは、優れた経営陣という隠れた要因があり、それが好業績とDXへの取り組みの双方をもたらしている(交絡因子)という可能性もある。
そのため、DXの取り組みが優れた企業が、将来の高ROEを判断するための重要な材料となるかは、可能な限り交絡因子などを含めるとともに、操作変数法などを用いて精緻に分析する必要があるだろう。
DX銘柄企業の評価すべきポイント
さて、DX銘柄に選ばれた企業の取り組みの概要はこちらの報告書で見ることができるため、関心のある方はぜひお読みいただきたい。ここでは私なりに日本企業のDXの興味深い点をいくつかピックアップしてみたい。
1.課題ドリブンの取り組み
今回評価されている企業のDXは、現場の課題から着想した取り組みを行っているところが多い。DXグランプリを獲得した小松製作所であれば、深刻な労働力不足という課題から「安全で生産性の高いスマートでクリーンな未来の現場」というスマートコンストラクションのビジョンを掲げた取り組みを行っている。
繊維製品の東レは、製品開発においてバーチャル試作を取り入れることで、研究開発を大幅に効率化しているほか、検査・監視業務にAIを導入し、作業者を単純作業から解放する取り組みを行っている。同様に、ブリジストンも高分子複合体技術の設計にAIやマテリアルインフォマティクスを活用し、開発の効率化を進めている。
自社の業務に直結し、顕在化している課題に対してデジタル技術で解決を目指す取り組みが見られる。
2.サイバーフィジカルの融合
フィジカルな変化に対してセンサー技術で把握・分析し、フィードバックに活かす「サイバーフィジカル融合」の事例も注目される。
JFEホールディングスは河川水位の予測をAIを用いて行うサービスを開発し、これまでの河川情報のレベルを一段階引き上げたと言える。また、焼却炉の燃焼状態をAIで解析することにより、自動運転システムの開発も行っている。
また、コニカミノルタは介護において、属人的なノウハウを画像IoTでデータ化しているだけでなく、データに基づいて介護現場を運営するという発想から、業務全体を見直し、ケアディレクターという新しい職種の提案を行っている。
精密機器のトプコンは「農業の工場化」にも取り組んでおり、農機の自動運転やレーザー式生育センサーなどを開発し、農業のプロセスをデータで一元管理し、生産性・品質の向上に取り組んでいる。
このように各社の得意分野・得意技術を伸ばし、フィジカル領域をデータ化・一元化することで、プロセス全体の効率化・高度化を目指す取り組みが見られる。
3.シームレスな企業間の連携
JR東日本の複数の企業にまたがる取り組みも興味深い。JR東日本はシームレスな移動の実現を目標に掲げ、タクシーやシェアサイクルなど複数のモビリティサービスを一つのアプリケーションに統合したRingo Passを提供している。JR東日本は移動のための検索、手配、決済を一括して行えるようにする「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」を掲げている。
今後スマートシティの取り組みが注目されていることもあり、ユーザーにとってシームレスなサービスを誰がどのように作るのかという観点からも、興味深い取り組みである。
今後の日本企業のDXの課題
上記のように、今後DXに取り組む企業にとって参考になるポイントが多くある一方、世界基準で考えた時には課題もある。今回のDX銘柄は東証上場企業全体を母集団としており、必ずしも元々ITを専門としている企業ばかりではないということは割り引いて考える必要があるが、今後の日本の国際競争力を考えた際に、以下の点も考慮していくと良いのではないかと考えている。
1.世界中の人々や企業を変えるサービスの発想
DX銘柄の取り組みは、自社や自社顧客の課題から発想し、着実に成果を挙げようとしている取り組みが多く見られた。しかし、デジタル技術のメリットを活かし、これまでの顧客の定義を見直し、世界的なスケールで新たな顧客層の課題を解決するという取り組みはあまり見られなかった。
例えば、スイスのビジネススクールIMDでは、ブロックチェーン技術を活用することで、コロナ後の世界で安全に旅行できるようにできないかということが議論されている。もしこのような技術が実現すれば、世界の旅行者に利用されるものになる可能性がある。
自社の現在の視点だけでなく、より広い視点で世界の課題を解決するというストーリーを描くことも今後期待したい。
2.ネットワーク効果を活かした指数関数的な成長戦略
今回、データを収集して分析し、フィードバックするという取り組みは多く見られた。その一方で、プラットフォーム経済の視点から、多くのユーザーを獲得することで、別のユーザーグループを惹きつけ、それらが循環的に互いの拡大を生み出すネットワーク効果を意識したような取り組みは見られなかった。
データが中心の時代においては、グローバルな競争環境の中ではスケールメリットも重要となるが、データをテコにしながらどのようにユーザーのエコシステムを作り、それを強化していくのかという道筋が見える取り組みも期待したい。
DXの次なるステージに向けて
日本のDXには様々な課題が指摘されており、その一つは経営課題化やビジョンの設定とされる。
今回のDX銘柄には、そうした評価項目は織り込まれており、特に先進的な企業では経営課題としての認知は広がっているようだ。また、各企業が直面する課題へのデジタル技術の活用は進み始めており、中には技術的に高度なものも見られる。
こうした着実な課題ドリブンのDXをさらに進め、広げていくことに加え、今後は国際競争力やデータのエコシステムという視点を持って取り組んでいくことが必要ではないかと考えている。