「初任給」のみ変えても、意味がない
こんにちは。富永朋信です。今回はこのお題について考えてみます。
初任給について、という問いを考えるには、そもそも「給料とは何か」という視点が大事なのではないかと思います。
ので、本稿ではまず、日本での給料の正体について考えを巡らせてみましょう。
給料は、企業全体から個々の社員へ、その利益を分配するシステムです。したがってその企業や、その企業が属する業界カテゴリーの利益水準を反映します。
給料(というよりその水準)は、対外的にその勤務先としての魅力を示すシグナルになります。なので優秀な人材を集めるために、企業は利益を削って人件費を拠出します。
給料(いうより年次・昇給率・課長/部長などの職務などにより校正される賃金体系)は、大きな企業であれば万に及ぶ従業員の報酬を効率的にコントロールして(ひとりひとりの報酬を個別具体的に決めて行ったらオペレーションが猖獗を極めます)、かつ一定の範囲に収まるようにマネジメントするシステムです。
給料は、企業と社員を繋ぐ紐帯です。高度成長期から続く(そして現在は転職の一般化や副業など働き方の多様化により薄れつつある)価値観の元では、それは社員の生活を保証し、その代わりに社員は企業へのロイヤリティを持ちます。何かと議論になる年功序列による右肩上がりの賃金構造は、給料のこの性質と関連していると思われます。
給料は、企業から個々の社員へのコミュニケーション手段です。すなわち成果への評価を昇給で表現したり、社員の行動やパフォーマンスが組織の意図に沿っていないことを昇給の見送りや減給によって示します。
給料は、企業が個々の社員のモチベーションを創生する/減衰させる/管理する仕組みになります。原則的人は評価されていると感じるとモチベーションを励起されます。この際の「評価」とは同期入社と比べて、とか、同僚と比べてという軸で行われるので、最初は横並びだった賃金に差が付くと、このような現象が起き始めます。また、評価実感だけでなく、その逆の「何くそ!」という思いで奮起する場合もあり、どちらにしろ給料は個人差をつけることにより、社員のモチベーションを管理するツールになります。
金額の多寡に拘らず、その決定が公平になされていない、と社員が実感すると組織全体として、モチベーションが減衰する原因になります。(この辺りは拙書「幸せをつかむ戦略」に詳しいので、ご興味の向きは是非ご一読ください。)https://www.amazon.co.jp/dp/4296105647/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_dBsKEbJ7ET3G2
さて、今回のお題である初任給について考えてみると、初任給は基本最初横並びであり、かつその企業で支払われる金額のスタート地点(=最小金額)です。
これは上記賃金体系の観点の核となっている、年功序列的な考え方の原点です。
また、企業一般で採られている、入社後数年は横並びが継続する、という仕組みは、新入社員は戦力として活躍できるようになるまでは資産というよりむしろコストである、という考え方によるものであると同時に、差によるモチベーション管理が巧く機能するための布石であると考えられます。
エンジニア、など職能により違う初任給(そしておそらくその後の賃金体系)を採用するのは、大学からの供給が不足している分野の人材を確保するための市場原理、平たく言えばGAFAなどに優秀な人材を根こそぎ持っていかれないための作戦なんだろうと思います。
しかし既存の賃金体系を維持しながらこの作戦を始動させると、年功序列の体系コンセプトが邪魔をして、入社年次の浅い社員に思い切った金額提示がしにくくなり、対外的な魅力が相対的に低くなってしまいそうです。
また、賃金の公平性によりモチベーションが上下する組織の性質を考えると、たとえば10年前に入社したエンジニアが割を食った感覚になったら、彼らのモチベーションに影響があるかもしれず、この種の手当てに相当な手間と資源がかかりそうです。
こういった要因により、提示できる金額が競合に比べて魅力を欠けば、作戦の有効性も限定的にならざるを得ず、根本的な処方箋となるかどうかは疑問です。
これは、給料全体にかかる仕組みをあまりいじることなく、初任給の一部のみを改定することにより、作戦立案していることによるのではないかと考えます。
給料の性質のうち横並び・右肩上がりの2点は、日本にユニークであった、しかしすでに前時代的になりつつある終身雇用・一社のみで仕事をするスタイルを前提にしています。
初任給だけではなく、給与という仕組み全体を個々の社員とのコミュニケーション手段・モチベーションコントロールの手段として機能させるためには、給与を考える単位を「年次」などの集団から、個に移行させ、それを実現するための精度やシステムを準備しなければならないのではないかと思います。
そのためには一人一人の社員の意思決定、行動プロセス、その結果、ラーニング内容、チームワーク適性などを把握することが必要であり、とても遠大に見えますが、コンピュータの計算能力も上がり、データマネジメントのための仕組みも発展している現代では、それは本質的な障壁にはならないでしょう。
そのための汎用的なツールの開発もたぶんそう難しくはないのでは。となると技術的な問題はありません。
ただ、既存の給与体系からのトランジションには大きな痛みを伴います。特に年功序列を前提に高くない報酬のキャリア前半分に甘んじてきた世代には、この変化は受け入れがたいでしょう。そこにどのような働きかけをするかに、この成否はかかっているような気がします。
以上、変わる初任給、というお題から、給料の粒度を「集団」→「個」に変えないと意味がない、という結論を導いてみました。
お楽しみ頂ければ幸いです。