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続・ブレグジットQ&A~結局どうなったのか?~

ブレグジット関連のレビュー、Q&A
下記のnoteで英国のEU離脱(ブレグジット)についてQ&A方式で論点整理を行ったところ、多くのご好評を頂きました:

あれから2週間が経過し、注目されたEU首脳会議(10月15~16日)も終わりました。しかし、やはり確たる結論には至らず、むしろ両者の溝は深まったようにすら見受けられます。会議前同様、会議後についてもQ&A方式で論点整理して欲しいというリクエストを複数頂きましたので、今回もそのように進めさせていただきたいと思います。

Q1.首脳会議でEUはどのような結論を出したのか?
10月15~16日に開催されたEU首脳会議は「今後数週間の協議継続を英国に要請すること」並びに「協議妥結に必要な措置を英国に求めること(calls on the UK to make the necessary moves to make an agreement possible)」という方針を示して閉幕しました:



会議後、フォンデアライエン欧州委員長はツイッターに「最善は尽くすが、どんな犠牲を払ってもというわけではない(We will do everything we can - but not at any price)」と投稿しています。こうした「合意が望ましいが、合意なしでも構わない」という姿勢は他のEU首脳の言動からも確認されています。この声明文はあくまで英国側の譲歩を求める内容であったわけですが、事前に報じられた草案はもっと穏当な内容だったと言われています。草案では「集中的な協議を行う(intensified negotiations)」との表現が使われ、これが合意に向けて努力をするというEUの意思表示だと理解されていました。実際、EU首脳会議前に行われたフォンデアライエン欧州委員長とジョンソン英首相の電話会談後、英政府から発表された声明文には「溝を埋めるために集中的な協議を行う(work intensively in order to try to bridge those gaps)」とやはり「intensive」という単語が使われていました。

しかし、実際の声明文は「協議を続ける(continue negotiations)」という簡易な表現に変わっており、これは上述した英国への譲歩要請と合わせて、EUの交渉態度が硬化したシグナルと理解されています。最後のチャンスであるはずのEU首脳会議を経て、両者の溝は深まったという印象です。

Q2.Q1を受けて英国側の交渉姿勢はどうなったのか?
 EU首脳会議の声明文を受け、英国側のフロスト首席交渉官はツイッターに「失望した(disappointed)」、「EU側がもはや『intensively』に協議を進めるつもりがないことに驚いた」と投稿しました。さらに同氏は「合意に至るための全ての動きが英国側から出てこなければならないというという提案にも驚いた」と連投しています。こうした投稿はEU首脳会議直後に見られ、やはり声明文における「intensive」問題は相応に根が深かったことが窺い知れます。

ちなみに英政府は9月、国内市場法案の提出をもって離脱協定の中で規定されたアイルランド問題を蒸し返しましたが、下院こそ通過したものの上院採決は10月に入ってからも先延ばしにしています。また、最大の争点の1つである国家から企業への補助金問題も自由貿易協定(FTA)の中で双方が受け入れ可能な規則を設けることで譲歩の姿勢を示していました。

こうした英政府の動きは「ここで譲っておけば、もう1つの大きな争点である漁協権問題でEU側が譲歩してくれる」との期待があったからだと思われます(※補助金問題やアイルランド問題、そして漁業権問題などの論点については冒頭で紹介した過去のnoteが詳しいのでご参照下さい)。「intensive」な議論はそのためのものだと考えていた節もありました。しかし、結果は一方的な英国の譲歩を求めるものでした。経緯を踏まえれば、英国にとって相応にショックだったのではないかと推測します。

会議直後の16日、ジョンソン英首相は声明文を公表しており、「EUが真剣に交渉することを拒否した。EU首脳会議がはっきりとカナダ型合意(≒FTAに基づく貿易関係)を排除してきたことを踏まえ、私は2021年1月1日をもってオーストラリア型合意に近い、より簡素な自由貿易合意(≒要するに、WTOルールだけに基づく合意なし離脱)の準備をすべきだとの結論に至った」と意思表示しています。この声明文には協議継続の意思も見え隠れするのですが、それも「EU側のアプローチに根本的な変化が無い限り(unless there is some fundamental change of approach)、カナダ型合意が難しいことはEU首脳会議を見る限り、明らか」と対抗姿勢を崩していない。やはり、EU首脳会議が互いの溝をさらに深める機会になってしまったようです。

 なお、10月21日、バルニエ首席交渉官が欧州議会で英国の主権の重要性を強調したことを受け、英首相官邸は交渉を再開させる意思表明をしています


声明文には「仮に合意に至るのだとすれば、双方からの歩み寄りが必要(movement would be needed from both sides in the talks if agreement was to be reached)」と明記され、明らかにEU首脳会議の声明文への当てこすりのような箇所がありました。今回、交渉を再開するのは、この点をEU側が認めたから、というのが英国の立場なのです。

いずれにせよ、これによって10月16日以降、ジョンソン首相の意向で表向きには停止されてきた交渉が再開した格好です。これから当面、ロンドンおよびブリュッセルで首席交渉官を筆頭とする事務方の協議が重ねられることになります。

Q3.EUは合意なしでも構わないと考えているのか?
終わりの見えないコロナ禍の中、実体経済の大きな負担となる「合意なし離脱」を回避したいのはEUも英国も同じでしょう。しかし、一連のEUの挙動を見る限り、かなり高圧的な戦術に舵を切ってきている雰囲気はあります。上述したように、国家補助金問題で譲歩の姿勢を見せた英国は、EU側が漁業権問題で譲歩してくれるものだと期待していたはずです。筆者もそう思っていました。

しかし、基本的には有事対応の性格が色濃い国家補助金問題(英国が譲る問題)とは異なり、漁業権問題(EUが譲る問題)は当事国の漁民にとって即、死活問題になりかねません。この点、EU首脳会議直後の10月16日、マクロン仏大統領からは「英国のEU離脱のため、われわれの漁業従事者が犠牲になることはあり得ない」、「協議の末、正しい条件を見いだせない場合、将来関係について合意なし、という事態にも備えができている」と強硬な情報発信が示されました。なお、英国の排他的経済水域(EEZ)で漁業を継続したいEU加盟国の代表がフランスですが、スペインやオランダも同様の事情を抱えています。

このような強硬姿勢が交渉決裂に至った場合、これまで10得られていた漁獲高がゼロになるような結末もあり得ます。であれば、5や6で折り合いをつけようという発想が自然ですが、ここは交渉戦術として強く出ておこうというのが今のEUの方針なのかもしれません。深読みすれば、それが奏功すると期待されるほどに、今のジョンソン政権は弱っていると思われているのでしょう。これまでジョンソン政権は断続的に「合意なし離脱」をちらつかせ瀬戸際外交の末、譲歩を引き出そうとしてきました。それは英国内政治のパワーゲームの中でそうせざるを得ない面もあったと思いますが、現状はEUがそのような交渉姿勢に出始めているように見えます。土壇場でやはり優勢に立ったのは経済規模に勝るEUだったということになりましょうか

Q4.今後はどうなるのか?
EU首脳会議を終えても、今後想定すべき展開は以前のnoteにおけるQ&Aで結論付けたものと殆ど変わりません。待ち受けるシナリオは3つしかないでしょう。それは①年内に「新たな関係」で合意する、②移行期間を延長して協議継続する、③「合意なき離脱」で腹をくくる、です。以前、筆者は、コロナショックで疲弊する最中、③を選ぶほど当局者は愚かではないと論じましたが、EU側の強硬姿勢が若干ながら強まったと考えるならば、この確率はやや上がっていると見るべきかもしれません。変則的な意思決定をするジョンソン首相の気質も踏まえれば、万が一という展開は否めません。しかし、基本的には「①と②を足して2で割る」というような道が選ばれる可能性が依然優勢でしょう。すなわち、部分合意の下での協議継続が一番ありそうなシナリオです。

上述したように、現状では一応、両者は「仲直り」をした格好になっています。今後の実務レベル協議を重ねて、どこまで溝を埋められるかが模索されることになります。最終的な意思決定はEU首脳会議と英政府の合意が必要になりますが、11月にEU首脳会議の公式開催は予定されていない(公式には次回は12月10~11日)。臨時首脳会議を11月中旬に開催して、ぎりぎり年内合意と手続き完了に持ち込めるかどうかという線でしょう。バルニエ首席交渉官は欧州議会の証言で「両者が建設的に取り組み、譲歩して数日以内に対立点を解消できれば合意は手の届くところにある」と語っています。これが金融市場ではポンド急騰を促した経緯もあり、期待は膨らんでいる。もちろん、英国もそれを望んでいるはずです。ルクセンブルクのベッテル首相は16日、EU首脳会議で「勝者と敗者を決める状況ではない」と述べたようですが、その通り、双方妥協を厭わない展開が待たれます


不安もあります。というのも、10月21日に公表された英首相官邸の声明文は交渉再開を認めつつも、「交渉決裂の可能性も十分ある(It is entirely possible that negotiations will not succeed)」と書くことを忘れていません。また、声明文の最後は「合意があろうとなかろうと、変化は近づいている。英国の企業、輸送業者、旅行客は能動的に移行期間の終了に備えることが不可欠だ(It is essential now that UK businesses, hauliers, and travellers prepare actively for the end of the transition period, since change is coming, whether an agreement is reached or not)」と物騒な表現で締め括られています。直感的には本当に手の届くところに合意があるようには見えないのが実情です。

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